voice of mind - by ルイランノキ |
ルイは自室の隣にある客室の引き戸を開けた。メイレイが襖から布団を取り出し、敷いている。
「母さん、僕らは明日早いので、もう……」
「なに言ってるの? わざわざ宿に泊まらなくたっていいじゃないの」
メイレイはあくまでも優しくそう言った。「それにもっとゆっくりしたらいいじゃない」
「僕らには……時間がないんです。やることがあるので」
「やることって?」
メイレイは真っ白いシーツを敷布団に被せた。
「それは……」
自分達に課せられた使命のことは、家族にも口外してはならなかった。国王から直々に声を掛けられたこと、旅をしていることだけは話してあるが、その委細については話せずにいた。
「息子の仕事内容も知らされないなんて、おかしな話しよね」
「…………」
「あらやだ。シーツが一枚足りないわ。私の部屋から持って来なくちゃ」
と、客室を出ていくメイレイの後を、ルイは呼び止めるようについて行く。
「母さん、少し話しませんか」
「今話してるじゃないの」
と、廊下を進んで行く。
「ゆっくりと、です」
「じゃあ一日くらい、ううん、二日くらい、一週間くらいゆっくりしたら? ここはあなたの家なんだから」
メイレイは立ち止まり、ルイを見上げた。
薄暗い廊下はしんと静まり返っている。
「ですから、僕らには──」
「あなただけ泊まればいいじゃないの」
「…………」
「あの子たちは先に行かせて、あなたは後から合流すればいいじゃないの」
「それは出来ません。僕は彼らの仲間で、一時的にとはいえ私情で抜けるわけには……」
「あなたは私の息子よ。仕事仲間より、家族のほうが大切でしょう?」
「…………」
ルイは顔を歪め、メイレイから目を逸らした。
「──ねぇ、ルイ」
メイレイはルイの右手を掴み、言った。
「ママの部屋に来ない? 昔みたいに、一緒に寝ましょうよ」
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アールは何度も部屋のドアを見遣った。なかなかルイが戻ってこない。
それにしても、と、今度はベッド側を見遣る。カイが話していたアマダットは、ルイのことかもしれない。そんな話をしておきながら二人はまたゲームに夢中になっている。
アールは小さく溜息をついた。
確かめたい。でも確かめてどうするのだろう。そもそもカイが話していたアマダットについて、信憑性もない。“可愛い子”と聞いただけで“女の子”と決め付けたカイのことだ。他にも間違った解釈をしたまま話していたりするのかもしれない。
魔族の血って、なに。
そう疑問に思ったとき、アールは無意識にヴァイスの横顔を眺めていた。
「なんだ?」
「え? あ……なんでもない」
慌てて目を逸らしたアールを、シドがちらりと一瞥して再びゲーム画面に戻った。
それにしても本当に遅い。ルイの様子がずっと気掛かりだったアールはすくと立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。
「どこいくんだよ」
と、シドがアールを呼び止めた。
ゲーム画面にゲームオーバーの文字が浮かび、カイがゲーム機を横から奪い取った。
「ちょっと……」
「お節介焼くな」
「……トイレだよトイレっ」
と、アールはシドの忠告を無視して部屋を出た。
ルイを捜そうと隣の客室に行ってみたが、布団が敷かれているだけで誰もいなかった。一枚の敷布団だけ、シーツがない。
「どこ行ったんだろ……」
アマダットに関しても気になるところだけれど、ルイはずっと、具合が悪そうだった。その原因がこの家にあるのだとしたら。
アールは廊下を進み、突き当たりに差し掛かったところで足を止めた。突き当たりを右に曲がった廊下から話し声が聞こえてきたからだ。
「すみませんが、僕はもう子供ではないので……」
消え入りそうなルイの声がする。
「ママからしたら、いくつになっても子供よ」
小さな子供に話しかけるように優しく甘ったるい声で話すメイレイ。
アールは静かに呼吸を繰り返しながら、会話を聞いていた。
「少し……パパに似てきたわね。あたたかい目元、スッとした鼻、柔らかい口元……」
メイレイの指がルイの唇に伸びた。
「やめてくださいっ」
ルイがメイレイの手を払いのけたその時、息を潜めていたアールが二人の元に飛び出してきた。
「──あ、ルイ! ここにいたのかぁ、客室にいないからどこに行ったのかと思っちゃった」
アールは笑顔でそう言ったが、二人の異様な空気を感じ取り、割って入ったのである。
「アールさん……」
顔色の悪いルイがアールを見遣った。その後ろでゆっくりと手を下ろしながらアールを睨みつけるメイレイの顔がある。
「トイレ行きたいんだけど、お借りしてもいい?」
「ええ、トイレならこの……廊下の奥に」
言いながら疑問に思う。ヴァントル薬を飲み忘れたのだろうか。
「ありがとう。わかるかなぁ……」
「わかるわよ」
と、ルイよりも先にメイレイが答えた。「行けばわかるわ」
「……ですよね」
苦笑して、二人に背を向けたアールだったが、このままルイとメイレイをふたりきりにしてはいけない気がして頭をフル回転させた。
「あ、そうだ」
と、アールは振り返る。
「どうかしましたか……?」
「カイがね、具合悪そうだったの」
「カイさんが……?」
「まぁカイのことだから仮病かもしれないけど、一応診てあげてくれないかな」
申し訳なさそうに言ったが、もちろん嘘だった。
「わかりました。見てきます」
ルイはメイレイに軽く頭を下げ、自室へ向かった。
アールはホッと溜息をつき、用もないトイレへと一応向かう。その途中、後ろから近づいて来る足音に冷や汗を滲ませたが、気づかないふりをした。
「えっと……トイレは……」
立ち止まると足音も止んだ。後ろからついて来ていたメイレイはがしりとアールの腕を掴んだ。
「こっちよ馬鹿な女ね」
と、トイレの前まで引っ張り、トイレのドアを開けると突き飛ばすようにアールを押し入れた。
バランスを崩したアールは前のめりに個室の中で転び、痛みに顔を歪めながら体を起こしてメイレイを見遣ると、白く細いメイレイの両手が首を目掛けて伸びてきた。
「──ッ?!」
思わず全身に力を入れたが、メイレイはアールの細い首を撫でるように包み込んだ。
「邪魔しないでちょうだい」
「じゃま……?」
泣きそうな声が出る。
「久しぶりに親子が再会したの。親子水入らずの邪魔をする馬鹿がどこにいるの?」
優しく笑う顔が不気味だった。
「ごめんなさい……」
「わかればいいのよ。──トイレに用なんかないんでしょ? 早く汚い体を退かしてちょうだい。せっかく綺麗に掃除したのに」
アールは急かされるようにトイレから出た。すぐ近くの部屋のドアが開いていた。偶然視線がそこに向き、ゾッと背筋が凍る。ドアの隙間から人間の無数の顔が見えた。目が沢山ある。全ての目がこっちを見ていた。
「あら、見ちゃった?」
メイレイはアールの背中に手を回して、その部屋に招き入れた。
Thank you... |