voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続1…『飼い主』

 


街から街への移動は、一ヶ月以上かかることもざらにある。
休む暇もなく次から次へと魔物と出くわす日々。シドが雑魚だと見極めた魔物はアールが引き受けていたが、戦闘は身体で覚えていくしかないというのに物覚えが悪く、彼女の成長は乏しかった。
 
「また来るぞ……」
 シドが刀を抜いてアールに言った。
「また? どこ?」
「アールぅ、シドぉ、頑張ってー!」
 ルイの結界からカイが声援を送っている。
「カイはまた結界か……」
「あいつのことは放っておけ。ほら、草むらん中だ」
 
シドが指を差す方へと目を向けたアールだったが、魔物らしき姿は見当たらない。
 
「どこ……?」
 アールは目を細めて草むらの中をしきりに確認しながら言った。
「お前……間違い探しとか苦手だろ」
 と、シドが呆れてものを言う。
「うるさいなぁ……」
 ムッとしながら目を凝らしてみると、微かに草むらの一部が揺れ動き、緑色の何かがそこにいた。
「え、あの緑の?」
「あぁ」
 
その“緑”は、ピョンと跳びはねて道の中央へと姿を現した。その姿を見たアールは、恐怖を一切感じなかった。
 
「ゼリー…?」
 
粘土をこねているような動きをするその物体は、ゼリーのように透けている。見た限りでは目もなければ口も無く、動かなければただのゼリーにしか見えなかった。──メロン味のゼリーみたいだ。
 
「アメーバだな。お前にはまだ無理か」
 と、シドが言う。
「目はどこにあるの?」
「目はねぇよ。鼻はある。説明は後だ、下がってろ」
 そう言われ、アールはルイの結界へ逃げ込んだ。
「あのモンスターはただ斬るだけでは分離して増えてしまいます」
 結界の隣でロッドを構えているルイが言った。
 
じゃあどうするのだろうかと、アールは結界の中からシドの様子を観察する。シドが刀を構えると、体から黒い蒸気のようなものが出てくるのが見えた。
 
「なに? あれ……」
「魔力を使うんだよー」
 と、アールの隣で身を潜めているカイが言った。
「魔力? シドも魔法使いなの?」
「違うよぉ。アールはおバカちんだなぁ。そんなアールも好きだけどさぁ」
 
シドの持つ刀からも、黒い蒸気のようなものが出ていた。シドはアメーバを目掛けて刀を振り下ろしたが、アメーバはピョンピョンと跳ねて攻撃を交わしている。
 
「っだぁーッ! 逃げんなめんどくせぇ!!」
 シドがイラつきながら叫ぶ。
 
シドとアメーバの追い掛けっこだ。今までは獣の魔物が現れ、緊迫感があったものの、今回はどうも緊迫も緊張も感じない。
 
「なんか……楽しそうだね」
 アールは思わずそう言ってしまう。
「でも噛まれたら毒がまわっちゃうよ」
 と、カイがすかさず言った。
「噛むの?!」
「うん、今は口を閉じてて見えないけどぉ、何か食べたりするときだけ口を開けるんだ! 大きい口でねー、小さい牙がいっぱいあるんだー」
「うわっ、きしょくわるい……」
 アールがカイとそんな会話をしていると、ルイが心配そうに、
「逃げられている今も、シドさんは魔力を消耗しているのですから大変かと」
「消耗……?」
 と、アール。
「体力も消耗されています。シドさんの場合、僕とは異なり自ら持っている力ではないので消耗が激しいのです。ちょっと行ってきますね」
 ルイはそう言うと、シドに手を貸しに向かった。
 
アールはルイがまた雷でも落とすのだろうかと耳を両手で塞いでいたが、カイがアールの肩に手を置いて言った。
 
「雷は逃げ回るモンスター向けじゃないよー、何するのかは分からないけど」
「そうなんだ……ところでカイは行かないの?」
 と、アールは参戦するように促してみたが、
「ルイ頑張れーっ!!」
 カイはアールの言葉を無視して大声で声援を送った。
 
ルイがロッドを構えてスペルを叫ぶと、アメーバがいる地面に大きな魔法円が浮かび上がった。
 
「無理すんじゃねぇぞ! 一瞬でも動きが止まればそれでいい!」
 シドがルイに向かって叫ぶ。
 
すると浮かび上がっていた魔法円の大きさが一回り小さくなった。魔法円は白い光を放ち、逃げ出そうと跳び上がったアメーバを包み込むと、アメーバはペタン! と地面へ落下し、地面の上で鈍そうに転がった。そこですかさずシドが刀で斬り付けると、アメーバは肉が焼けるような音と共に溶けて蒸発した。
 
「ふぅーむ、なるほどぉ」
 と、一部始終見ていたカイが顎を摩りながら呟いた。
「なに? どういうこと?」
 と、アールは説明を求めてカイを見遣る。
「ふぅーむ……わからん」
「なにそれ……」
 
ルイは2人の元へ戻ってくると、すぐに結界を解いた。
 
「何をしたの?」
 と、アールは立ち上がった。
「アイスにしました」
 ルイがそう答えると、微かに吹いていた風が少しひやりとした。
「シドも魔導士なの?」
「いえ。魔力を扱う力を“授かって”いるだけです。使いこなすには修行が必要になりますが。あの刀にも魔力が備わっているのですよ」
 ルイはそう言ってまたシドの方へと走り、シドの体調を気遣かっていた。
 
「ねぇ、どうゆうこと……?」
 と、アールはカイに訊く。
「魔術使いのモーメルばあちゃんに力を授かったんだよ。モーメルばあちゃんは悪魔や天使まで召喚出来るんだ!」
「それって……大丈夫なの?」
「モーメルばあちゃんは特別。国も認めてる国家魔術師でね、シキンチャク袋を開発したのもばあちゃんなんだ! いろんな魔法グッズを作ってる。ばあちゃんがシドに魔力を授けたんだよ、武器に魔力を授けるようにね」
「そんなこと出来るの?」
「誰にでもってわけじゃないよ、俺もお願いしたら、『あんたにゃ素質がないわ!』って言われたしぃ」
「素質……」
「魔力に支配されて身を滅ぼす人が殆どだよ。魔力を使い熟すのは並ならぬ精神を持つ人じゃないとねぇ」
「へぇ……。ていうか悪魔とか天使とかいるんだね」
「そりゃそうだよー、ルイが使う攻撃魔法は本来悪魔の力を借りてるんだよ」
 そう言うとカイもシドの方へと駆け寄って行った。アールも後を追う。
「大丈夫……?」
「うるせぇな。平気だ」
「無理しないでくださいね」
 と、ルイがシドに言った。
「オメェは自分の心配してろ」
 
そう言うとシドは刀を仕舞い、スタスタと歩き出した。強がってはいるけれど、額から汗が流れていた。
 
「さっきみたいなモンスター、また出るのかな……。ルイは大丈夫? 攻撃魔法使ってたけど」
「えぇ、大丈夫です。シドさんも、もう少し慣れてくれば力の使い方も加減出来、疲労は減りますから」
「そう……」
 
一行はシドを先頭に再び歩き出した。
時折吹く涼やかな風が、ほてった頬を冷やした。つなぎの中は体温の熱がこもり、アールは腕まくりをしたくなったが、我慢することにした。いつ何時魔物が襲ってくるかわからない。常に用心しておかなければならなかった。
 
オレンジ掛かった空の下、カイは足を引きずっていた。
 
「足、どうしたの?」
 と、アールが気づく。
「痛いんだよぉ……」
 その声にルイがすかさずカイの足に触れ、痛みの原因を調べた。
「ただの筋肉疲労ですね」
「足痛ぁーい! シドおんぶ!!」
「うっせーバーカ!」
「酷い!! ルイ……おんぶー」
「頑張って歩きましょうね。もう少し歩いたら休む場所を探しましょう」
「……アールぅ」
「私にまで頼まないでよ……」
 と、呆れる。さすがに170cm以上あるカイをおんぶすることはできない。
「痛いんだよぉ! 足が痛いー!!」
 そう叫びながらカイは地面に座り込んだ。
「置いてくぞ!」
 と、見兼ねたシドが言う。
「やだ! もう無理!!」
「じゃあ帰れッ!!」
 シドはいつもとは違う力のこもった声で怒鳴った。
 
どうやら本気で怒ったようだ。
カイはふて腐れ、下を向いたまま口を閉ざしてしまった。
 
「死にたくなきゃ歩け。どーせ帰る場所もねぇだろ」
 
その意味深な言葉に妙な空気が流れる。帰る場所が無いとはどういうことだろう。
 
「カイさん、おぶりますよ」
 ルイがそう言うと、カイの前に背中を向けてしゃがみ込んだ。
 
それを見ていたシドは深いため息をつき、一人でスタスタと先を歩いて行く。
 
「ねぇカイ、歩こうよ」
 と、さすがのアールもカイの態度に苛立って言った。「疲れてるのはカイだけじゃないよ」
「アールさん、いいんですよ。僕が背負って行きますから」
 と、ルイ。
「ルイだって疲れてるでしょ?」
「ですが……」
 ルイは心配そうにカイを見遣る。
「ねぇ、カイはなんで旅してるの……?」
 
そう質問したアールの声が聞こえたシドは、足を止め、振り返った。カイは黙ったまま、動こうとしない。
 
「旅の理由知らないけど、筋肉痛くらいで甘えないでよ……。情けないよ」
 
アールの言葉が気に触ったのか、カイは漸く顔を上げた。その表情は目に涙をためて悔しそうだった。
 
「歩こうよ。一人で歩いてるわけじゃないんだよ?」
 と、アールはなるべく穏やかに言ったが、カイはまだ黙り込んだまま動こうとしなかった。
 
本当に子供のようだ。男のくせに甘えん坊で、武器を持っているのに臆病で、玩具ばかり買って……。
 
「もういい加減にしなさいよ!」
 と、アールは声を荒げた。そしてお構いなしに怒鳴り続けた。
「そんなだから女の子の一人も釣れないんだよ! 私でもカイにだけは電話番号教えたくない!」
「なんか話おかしくなってねぇか?」
 シドが苦笑しながら戻ってくる。
 アールは尚も立ち上がらないカイに続けて言った。
「少しは二人を見習ったら? カイはシドみたいな男らしさも丸っきり無い! ルイみたいな真面目さも丸っきし無い! 逃げてばっか! 遊んでばっか!! 男のくせに甘えん坊で情けない!!」
「アールぅ……酷いよぉ……」
「歩くくらいは出来るでしょ! 私だって慣れてなくて足痛いんだから!」
「……わかったよ歩くよぉ」
 カイは観念し、漸く立ち上がった。
 
けだるそうに足を動かし、歩き出したシドの後ろをついていく。カイは何度も何度もため息をこぼした。
 
「思った通りですね」
 と、ルイがアールに言った。
「え、なに……?」
「アールさんも良い飼い主になれる。と言ったでしょう?」
 そう言ってルイはにこやかに微笑んだ。

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