voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望12…『遭遇2』◆

 
鼻歌を歌いながら満足げに本屋を出てきたのはアールだった。
 
「やったね、やったね、半額でいいなんて!」
 と、シドの背中を叩く。
「はいはい、よかったな」
 
宿へ戻ろうと道を渡っていると、そこに血相を変えた女の人が走り寄ってきた。シドにつかみ掛かり、怒鳴った。
 
「あんた知ってる! あんたッあんたッ!」
「うわっ! なんだよこのババァ!?」
 
シドに掴みかかったのは、写真立てに写る我が子を愛でていた女だった。
 
「あなた見たことあるわ! 旅をしてるんでしょ?! ねぇ! うちの子と! うちの……私のルイとッ!」
「え……ルイ?」
 
女の足元には買い物袋が落ちており、中から重曹やガラスクリーナーが飛び出していた。掃除に使う為に買ったのだろう。
 
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──ずっと気になっていた。
 
ルイの左腕に嵌められているバングル。
時折、思い詰めた表情で触れていた。
 
以前、ルイに聞いたことがあったね。
 
「ところでルイの髪ってなんでそんなサラサラなの?」
 と、ルイの髪が風にサラサラと靡くのを見て言った。
「え……? 唐突ですね」
 ルイは笑って、「母親に似たのかもしれません」と答えた。
「ルイのお母さんは美人そうだね」
「どうでしょうか。でも、とても温和な人で、自慢の母でした」
 
言い方が過去形だったことが引っかかっていた。
 
「温和なのもお母さん似なんだね」
 
そう言った私にルイは優しく笑ってくれたね。
 
ルイと誰かが話していた電話も、相手は恋人なんかじゃなかった。
ルイの具合が悪そうなのも、それだけ思い詰めていたんだね。
 
勝手に想像していた。
 
ルイはあたたかい家庭で育って、両親とも優しくて真面目で、いつも大切に愛されて。
きっと旅に出ると知ったときは複雑だったんじゃないかなって。大切な我が子が危険な旅に出る不安や心配、手元から離れてゆく寂しさ、でも、選ばれ、国王から指命を受けた誇らしさ。
そんな様々な感情が生まれて、ルイが家を出るとき、熱く抱きしめたんじゃないかなって。
 
そんなルイを静かに支える彼女もいて、時々電話で声を聞き合って、「愛してます」と言い合うの。
 
 
ごめんね。
なにも知らなかった。
 
言わなかったのだから、知らなくて当然なんだけどさ。
なにも知らないままあれこれ訊かなくてよかった。
 
私たちは仲間意識がありながら、上手く距離を保っていたのだろうね。
探り探り、痛いところに触れないように。
なんとなく、わかっていたから。
 

ルイの家は広々としており、隅々まで掃除が行き通っていた。それが逆に違和感を覚える。人が住んでいる家なのに、生活感がないからだ。
ひやりと冷たい空気が漂っているような、落ち着かない家だ。
 
「さぁさぁ、上がって? お茶を用意するわね。あ、紅茶がいいかしら」
 

 
「お構いなく」
 少しぶっきらぼうにそう言って、リビングに向かうシドについて行くアール。
「あの人、ルイのお母さん?」
 アールがそう訊いてしまうのは、ルイとは似ても似つかないからだ。
 
綺麗な人ではあるが、内面から醸し出す空気というか、雰囲気がルイとは掛け離れている。
 
「育てのな」
 シドは一言そう言って、リビングの四角いテーブルの座布団に座った。
 
アールはその一言で、疑問が晴れた。シドの隣に正座する。
 
「ごめんなさいね、お紅茶切らしてたみたいで。お茶でいいかしら……」
 と、シドの前に熱いお茶を置き、次にアールの斜め前に置いた。
 
アールは「いただきます」と言ってお茶に手を伸ばして引き寄せた。
熱いお茶の底に手を添えて、息を吹き掛けてから啜った。──薄い。一瞬、お湯かと思った。
 
「ところで」
 と、ルイの母親はシドの向かい側に座る。「うちのルイは?」
「あー…、お前連絡しろ」
 と、シドはアールに言う。
「あ、うん!」
 
アールは慌ててポケットから携帯電話を取り出した。さっきから落ち着かず、嫌な汗が滲み出る。
ルイに電話を掛けながら、斜め前にいるルイの育ての母親を見れずにいた。強い視線を感じる。突き刺すような、鋭い視線。
 
『はい』
 と、ルイが電話に出た。
 
その瞬間、グッと喉の奥が詰まるような感覚に捕われ、咄嗟に声が出せなくなった。
言ってはいけない。呼んではいけない。
何故かそう思った。だから──
 
『もしもし、アールさん?』
「あ、ごめんルイ、今ね、ルイのお母さんの家にいるの」
 
“ごめん”と先に出てしまった。
その意味を、鋭い視線を突き刺してくる母親が感づいた気がしてゴクリと唾を飲み込んだ。
 
『…………』
「今……どこにいるかな?」
 
ズズッと、シドは隣で静かにお茶を啜っている。
 
『今から、行きますね』
 
ルイの優しいその声は、いつもとは違う気がした。
電話の向こうで微笑んではいるけれど、額から汗を滲ませているかのような、そんな様子がアールの脳裏に浮かぶ。
 

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©Kamikawa
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