voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望11…『遭遇』

 
「あれ? ヴァイスは?」
 
アールは洗い物を終えてベッドルームに戻ると、ヴァイスがいないことに気づいた。
ラウンドテーブルには伸びきったスーが眠っている。
 
「出て行かれましたよ」
 と、ルイはベッドに腰掛け、広げていた財布を閉じてコートの内ポケットに入れた。「それより、洗い物まですみません……」
「いいよいいよ、私が料理したんだし。それよりルイもどこか出掛けるの?」
 ルイはベッドから立ち上がっていた。
「えぇ、買い忘れたものがありまして。すぐに戻ります」
「そっか。私が行こうか? 具合大丈夫?」
「充分休みましたし、もう大丈夫ですよ」
 と、微笑むルイ。
「わかった。じゃあ気をつけてね」
 
アールはルイをドアまで見送り、ベッドルームに戻った。
片方のベッドではカイが横になり、携帯ゲームをしている。シドは床に座り、カイに借りた漫画を読んでいる。
 
アールはラウンドテーブルの椅子に腰掛け、暇つぶしにまたレシピ本をめくった。手間が少ない簡単な料理が載っている。
最後のページに近づいたとき、アールは目を丸くした。
 
「あっ!?」
 その声にシドとカイがアールを見遣った。
「ここ見て! 破れてる!」
 と、アールは破れてるページをシドに見せた。
「おめでとう。珍しいじゃねーか」
 とシドは言い、
「わぁー、最悪だぁ」
 とカイは笑って再びゲームに没頭しはじめた。
「おめでとうじゃないよ! 返品だよ返品!」
「重要なページなのかよ」
 シドは漫画を見ながら言う。
「えっと……」
 と、よく見直してみる。「鍋が当たる応募券の切り取り線から破られてる!」
「全員に当たんのかよ」
「応募者の中から20名」
「当たるわけねーだろ。当たったとしてどこに送ってもらうんだよ城か?」
「応募するわけじゃないけど……」
「じゃあ文句足れるなよ」
 と、シドは床に寝転がる。
「でも! 600円だよ?! こんなのやだ!」
「じゃあ返品してくりゃいいだろ。つか円じゃなくてミルな」
「私が買いに行ったわけじゃないからシドが行ってきてよ」
「面倒くせーよ!」
 
体を起こしたシドはけだるそうにアールを見上げた。
 
「レシート持って行きゃいいだろっ」
「でも相手にしてくれなかったら? 女だからってナメられたら? 買った本人が言いに来いとか言われたら?」
「いちいち客の顔なんか覚えてねぇって!」
「…………」
 
アールはムスッと不機嫌な顔をして、テーブルにおでこをゴンとぶつけてうなだれた。
シドは漫画の続きを読みはじめた。
アールはおでこをぶつけたままうなだれている。
シドはページをめくった。
尚もアールはおでこをぶつけたままうなだれている。
 
「…………」
 シドは眉をひそめながら漫画を読む。
「…………」
 アールはずっと頭をテーブルに乗せたままうなだれている。
 
カイがちらりとアールを見遣り、笑いながらゲーム画面に視線を戻した。
 
「明日もうなだれてそうだねぇ」
「っだぁー! クッソ! 行きゃいいんだろ行きゃあ!」
 と、シドが立ち上がると、アールは漸く頭を上げた。
「ほんとっ?!」
 シドは黙ってテーブルの上のレシピ本を奪いとる。
「新しいのに変えてくりゃいいんだろが」
「うん! ちゃんと中身確認してね!」
 満面の笑みでお願いする。
「面倒くせぇ」
 と、シドは部屋を出る。
 
アールは慌てて追い掛けた。
 
「信用出来ないから私も行く!」
「あーうぜぇ、うぜぇ、ホントうぜぇ」
「ごめん……面倒くさいとか言うから」
 
━━━━━━━━━━━
 
ヘーメルの南西にあるメモリアル霊園。
広々とした霊園は背の高い木々に囲まれ、綺麗に整列された墓石の前には赤い煉瓦が絨毯のように敷かれている。
 
その赤煉瓦の上を、供える花束を持って一歩ずつ歩いてゆく。
そして一基の墓碑の前で立ち止まり、墓碑に刻まれた名前をなぞるように見た。
花を供え、地面に膝をついてから手を合わせた。
 
立ち上がったとき、「あの話は──」と、背後から声がして振り返る。
 
「あの話は、やはりお前だったのだな」
 声を掛けたのはヴァイスだった。
 
そよ風が霊園を囲む木々の葉を揺らした。
 
「アマダットは」
 付け足したヴァイスの言葉に、墓碑に刻まれた名前をもう一度見遣った。
 
 《H.Rakhans》
 
ヘルマン(Hermann)の「H」が刻まれている。
 
「どうしてわかったのです?」
 ルイは悲しげにそう言った。
「同じ匂いがした。お前と、この街の匂いだ」
「……鼻が効くのですね」
 と、微笑した。
 
ルイは父親の墓碑を眺めながら、語りはじめた。
 
「まさかカイさんから、アマダットの話を聞かされるとは思いませんでした。冷静を保ったつもりでしたが……」
「…………」
 ヴァイスも墓碑に目を向ける。
「何処からアマダットの生き残りがいると漏れて、何処からそれが“女性”になってしまったのかはわかりませんが、嗅ぎ回れているようですね……」
「生き残り?」
「えぇ、僕はおそらく、たった独りの生き残りです。母親の体内に命を宿したその時から強力な力を持って成長する。僕はその自分の力のせいで母親を危険にさらし、結果的に殺してしまった。父も──」
「我が子を守る為に自ら選んだ道だ。その決意も思いも踏みにじるような言い方だな」
「…………」
 
ルイはヴァイスを見上げた。ヴァイスはただ真っ直ぐにルイを見据えている。
 
ルイの母、コーリンは自ら自分の命を悪魔に捧げ、まだ幼かったルイの命を救った。その手助けをしたのが父、ヘルマンだった。魔術師を雇い、禁忌とされている魔術を行い、息子を救った。
ルイには新しい母親が出来、父は息子の為に命を落としたコーリンのことが忘れられずに酒に溺れ、再び自ら禁忌を犯した。コーリンを生き返らせようとしたのである。
 
「そうですね……」
 
ルイは自分の腕に嵌められたバングルを摩った。
 
「ゼンダさんから直々に城に招待され、グロリアの話を聞かされたときに、このバングルを頂きました。父から貰った、力を抑えるネックレスは古く、力が薄れかけていたからです。ネックレスの力が無くなれば僕は忽ち自分の力に飲み込まれ、制御出来なくなっていたことでしょう。自らの力で命を落とした者も多くいたそうです。そしてアマダットであることを知られ、黒魔術師や黒魔導士のように処刑される対象となる。だから父にはよく、決してネックレスを外すな、アマダットであることを決して誰にも話すなと言われておりました」
 
ルイは深呼吸をして、帰り道を歩きはじめた。ヴァイスは黙って後ろを歩く。
 
「母親の墓はないようだな」
「……えぇ、母の墓はどこにも。父が母の命と引き換えに僕の命を救ったあと、すぐに村を離れましたから」
「そうか……」
「父の墓に母の名前をと思いましたが……」
 ルイは言葉を濁し、言った。「なかなか思うようには」
 
ヴァイスはそんなルイの後ろ姿を眺めていたが、不意に足を止め、霊園を囲む木々に目を向けた。木々の間から去って行く男の後ろ姿が見える。
 
「どうかしましたか?」
 と、ルイは足を止めてヴァイスに言った。
「いや……」
 
霊園から去ったのは雑誌《外の世界》の記者、ライモンドであることをヴァイスが知るはずもない。
 

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