voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望10…『カイの情報』

 
今日はアールが夕飯の担当をするからと、ルイから帰ってくるように連絡を受けたヴァイスは、仕方なくBARを離れた。
 
やっと落ち着ける店を見つけたのだが、スーも帰りたそうにしていたため仕方なく宿に向かう。
空は徐々に明るさを落とし、街灯がぽつりぽつりと点き始めていた。
 
「同じ匂いがするな」
 
そう呟いたヴァイスの肩に乗っているスーは、目を瞬かせた。
 
「いや、なんでもない。気にするな」
 
━━━━━━━━━━━
 
ヴァイスが部屋に到着した頃、アールの手料理が出来上がっていた。
ふたり部屋のため、部屋にあったラウンドテーブルは小さく、テント内でいつも使用している座卓も出して3人は床に座る形での夕食。
 
ヴァイスは大勢で食卓を囲むのを好まないと判断したアールは、気を利かせて部屋のラウンドテーブルにヴァイスの夕食を運んだ。すると何故かカイも椅子に座って食べたいと言い出したので、カイの分もヴァイスと同じテーブルに運んだ。
自分とシド、そしてルイの分は座卓に運び、アールのいただきますという合図で一同は食事をはじめた。
 
「味が薄い」
 と、野菜スープを飲んだシドが言う。
「私のせいじゃない。レシピを作った人に言って」
「美味しいですよ」
 と、言ったルイに対しては、
「ありがとう! 頑張ってつくった甲斐があった!」
 と、喜ぶアール。
 
エッヘン!と不自然な咳ばらいをして注意を引いたのはカイだった。
 
「アールの美味しい美味しい手料理をいただきながら、俺が聞いた面白い話をひとつ、どうだい?」
「なにかあったのですか?」
 と、ルイは椅子に座っているカイを見上げる。
「そういえば電話でなんか言ってたね、雑誌の記者さんになんか聞いたの?」
 アールは箸でハンバーグを一口大に切り、口へ運んだ。我ながら美味しく出来たと頷く。
「雑誌の記者?」
 と、シド。
「うん。なんだっけ、なんとかっていう雑誌の」
「《外の世界》だよぉ」
 と、カイが言う。
「外の世界!」
 と声を揃えたのはシドとルイだった。
「知ってるの?」
 アールは右隣りのシドを見遣る。
「知ってるもなにも、男なら大概知ってる。俺らが生まれる前から刊行されてる雑誌だよ」
「ルイも見たことあるの?」
 と、左隣りを見る。
「古くからある雑誌だということは知っていましたが、手に取って読んだのは旅を始める前でした。外の世界について情報を知っておきたくて。なかなか面白いですよ」
「ガキの頃は魔物の特集が好きだったな」
 と、シドは笑い、ハンバーグを箸で持ち上げてかぶりついた。
「もっと味わって食べてよ」
「なら味わえる料理つくれよ」
「レシピ考えた人に言ってよ」
 
ガタン!とカイが勢いよく立ち上がった。
 
「ちょっと! 俺の話を聞いてよ!」
 
ハンバーグのデミグラスソースを口の回りに付けたカイは、雑誌の記者、ライモンドから聞いた話を語りはじめた。
 
「アマダットって知ってる? どうやらこの街にアマダットと呼ばれている魔族の血を引いたそれはそれは美しくて可愛い女の子がいるらしいんだ! しかも俺、その子に会ったかもしれないんだ!」
 
アールはスープを飲もうとしていた手を止め、首を傾げた。──アマダット。魔族の血を引いた者。それだけ聞けば悍ましいイメージが沸いて来るが、美しくて可愛い女の子だと聞き、想像が出来なかった。見た目では魔族の血を引いているなど予想も出来ないほど普通の人間とは変わらないのだろうか。それとも、ファンタジー映画などでみる、ぱっと見た限りでは普通の人間に見えるが耳が尖っているエルフ族のような感じなのだろうか。
 
シドはさほど興味なさ気に黙ったまま、ズズッと熱いスープを飲んだ。それはヴァイスも同じだった。ラウンドテーブルの中央には水が入ったマグカップが置かれ、その中でスーはぷかぷかと浸かっている。
ルイはハンバーグを口に運び、ご飯も口に入れた。半分食べたハンバーグの中からとろりとチーズが溢れ出た。
 
━━━━━━━━━━━
 
街は静かな時間が流れ、仕事を終えた住人や遊び疲れた子供達が家路に向かう。
 
街の正門付近に建っている二階建ての赤い屋根の家。
写真立てを抱いてベッドに横になっていた女性は目を覚まし、部屋の時計を見遣った。
 
「あらやだ。ちょっと休むつもりがもうこんな時間」
 
女性は写真立てを棚の上に戻し、キッチンへ移動すると夕飯の準備をはじめた。
 
「今日は何にしようかしら。お野菜を沢山買ってきたから、野菜スープがいいかしらね」
 
野菜を細かく切り、鍋に入れ、少し炒めてから水とコンソメを入れた。煮込んでいる間に食器棚から二人分のお皿とグラスを取り出した。
 
「メインはなににしようかしら」
 
鼻歌を歌いながら、テキパキと熟してゆく。
夕飯を作り終えると、お盆に乗せてリビングに運んだ。二人分の夕飯がテーブルに並ぶ。だけど、彼女以外には誰もいない。そのかわり、リビングにあった写真立てを自分の向かい側に置き、食事をはじめた。
 
「今日はね、野菜スープと、マゴイ肉の味噌炒めにしたの。どう? 美味しいでしょう?」
 
食事か終わると食器をお盆に乗せてキッチンへ。綺麗に食べ終えた自分のお皿を水に付け、一口も減っていないもう一人分のお皿を手に取り、無表情でそれを眺めた。段々と手が奮えはじめ、カッと形相を変えて流しに投げつけた。食器がけたたましい音を立てて割れ、破片が飛び散った。肉が足元にベチャッと落ちる。
スープの入った器を持ち上げ、高い位置からボタボタと三角コーナーに捨てた。空になった器を力無く流しに落とした。
 
「なんで……なんでよ……なんでよッ!」
 
狂ったように叫び、頭を掻きむしった。足元に落ちた肉を何度も踏み付け、漸く落ち着いた頃、すくと立ち上がり、床を掃除し、食器を洗って片付けた。
 
リビングに戻り、テーブルに出していた写真立てをテレビ台に戻し、「ごちそうさまでした」と笑顔で呼び掛けた。
 
「お部屋の掃除、しなくちゃね」
 
彼女は鼻歌を歌いながら、階段横を通って奥の部屋へ移動した。
そこは凄くシンプルで、整理整頓が行き通った部屋だった。本棚には文庫本、単行本、資料など別々に並べられ、作家順に並んでいる。
机の上にはなにもなく、机の棚にペン立てがひとつ、置かれていた。
ベッドには真っさらなシーツがシワひとつなくかかっており、床はチリひとつない。
机の横に置かれた黒いごみ箱には何も入っていなかった。
 
「さて、どこから掃除しましょうか」
 
腕まくりをして、部屋のドアをパタンと閉めた。
 

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©Kamikawa
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