voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望9…『おつかい』

 
「おいっ買ってきてやったぞ」
 
結局、頼まれたレシピ本と短剣を購入して宿に戻ったシドは、出迎えたアールが人差し指を立てて「しぃーっ」と静かにするよう促す姿を見て、ルイがまだ眠っていることに気づいた。
 
「まだ寝てんのか」
「うん」
「珍しいな」
 
ベッドルームに移動して、ルイが寝ていないベッドに荷物を乱暴に置いた。それからポケットからくしゃくしゃに丸めたレシートを二枚取り出し、アールに渡した。
 
アールはレシートのシワを伸ばして値段を確認。短剣は2万、レシピ本は640ミルだ。
もっと安い短剣はなかったの?と思いながら、布に包まれた短剣を取り出して見遣る。短剣と言っても刃渡りは60cmほどあり、装飾も美しくグラディウスという立派な短剣だ。
レシピ本を手に取り、表紙を見てピクリと眉を動かした。《料理下手・味音痴でも簡単に作れる美味しいレシピ》と書かれている。
 
「ちょっと……」
 
誰が味音痴よ、と言いかけた口を閉じる。シドは部屋のシャワールームに入ったらしく、後ろにいたはずの姿がなかった。シャワーの水が流れる音がする。
ため息をつき、自分の財布から短剣とレシピ本の代金を抜きとって部屋に置かれたテレビの台の上に置いた。
 
それからは短剣をシキンチャク袋にしまい、ベッドに腰掛けてレシピ本をパラパラと眺めた。
今日は私が作ろうかな? と、アールは寝ているルイに目をやった。具合が悪そうだから、今日はゆっくり休んでもらうのがいいかもしれない。
 
ルイがランプの台に置いていた食材用のシキンチャク袋を拝借し、所持している食材の確認をした。
レシピの5ページ目に書かれたチーズ入りハンバーグと野菜スープに挑戦することに決め、部屋に備え付けられたキッチンに材料とレシピ本を広げる。
 
それにしてもキッチン付きの部屋が多い。
この世界では食材を持ち歩いている外から来た旅人の為の旅人用の部屋として、残った食材を使えるようにキッチンが備え付けられているようだ。
 
キッチンとルイが寝ているベッドルームは壁で遮られている。アールはキッチンのドアを開けっ放しにして時折顔を出し、ルイの様子を気にかけながら静かに調理を始めた。
そして食材を切り終えて野菜スープを煮込んでいるときにカイが帰ってきた。
 
「たっだいまぁーっ、おっかえりー!」
「しっ!」
 アールは慌ててカイに歩み寄ると人差し指を立てて口に押し当てた。「ルイが寝てるのっ」
 
小声で注意しながら、ベッドを見遣るとカイの声で目を覚ましたルイが上半身を起こしてこちらを見ていた。
 
「もうっ、起きちゃったじゃない」
「えー、まさかルイが寝てるなんて思わなくてぇ」
 と、カイは困惑した。
「すみません……少し休む予定が……」
 ルイはベッドから起き上がり、直ぐにキッチンに目を向けた。
「あ、今日は私が作るからルイは休んでて?」
 アールはルイの前に立ち塞がり、キッチンへ行くことを阻止する。
「しかし……」
「おこのみー?」
 と、カイはキッチンへ走る。
「お好み焼きじゃないよ。レシピ本買ったの。せっかく買ったから、作らせて? ね?」
 手を合わせてお願いするアールに根負けして、ルイは優しく笑った。
「わかりました、ではお言葉に甘えて今日はアールさんにお願いします」
「うん! それより具合は大丈夫? 熱とかあるんじゃない?」
 
不安げに訊くアールに、キッチンからカイが声を掛けた。
 
「アールぅ、なんか鍋がチョー沸騰してるけどいいのぉ?」
「わっ! よくない!」
 急いでキッチンへ戻り、火を弱めた。
 
ルイはベッドに腰掛けながら、心配そうにキッチンの方を眺めた。そこにシャワーを浴びていたシドがタオルで髪をわしゃわしゃと乾かしながら出てきた。
 
「起きたか。騒がしいな」
 と、シドもキッチンに目を向ける。
「今日はアールさんが夕飯を作ってくれるようです」
「大丈夫なのかよ」
 と、隣のベッドに腰掛け、テレビ台の上に置かれたお金とレシートに気づき、財布に仕舞ってから再び座り直した。
「そのお金は?」
「使いパシリにされたんだよ。予備の短剣とついでに料理本買って帰れって言うから」
「そうでしたか。──おいくらでしたか?」
「いくらでもいいだろーが」
 シドは呆れて言い返す。「自分の金の計算だけしてろよ」
「ですが……」
「それよりどっか悪いのか? だったら病院行ってこいよ。治療する側のお前が不調じゃ旅どころじゃねぇだろ」
「…………」
 
ルイは肩を竦め、「そうですね」と小さく呟いた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -