voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望8…『写真立てとティアラ』


愛とはなんですか?
愛には色んな形があるという。勿論、歪んだ愛の形も。
 
私はどうだっただろう。
私が持つ家族に対する愛は、どんな色で、どんな形をしていただろう。
 
そんなことを考えていたら、何故かふと、中学時代を思い出した。
友達と自転車で遊びに出掛けて、少し帰りが遅くなったとき、母が家の前に出て心配そうに待ってくれていたこと。
あの頃はまだ携帯電話も持っていなかった。いつから表に出て待っていてくれていたんだろう。
 
ちゃんと、ありがとうと言ってない。
 
母は私に気づくと笑顔になった。そして「おかえりー、遅かったねー」と言ってくれて。
 
それが温かくて嬉しくて、わざと遅く帰っては母が表に出て待ってくれている姿を眺めた。
 
ちゃんと、謝ってない。
 
──ごめんね、お母さん。わざと遅く帰ったりして。
嬉しかったの。待っていてくれたことが。
でもお母さんは心配で気が気じゃなかったよね。
それなのに、私の姿を見るなりホッと笑ってくれた。
 
ありがとう、お母さん。
姉と比べられたこととか、褒めてもらえなかったこととか、嫌なことばかり思い出して、貰った優しさを忘れてた。
 
お母さん、私、もっと甘えたかった。
甘えればよかった。わがまま言えばよかった。
拗ねてばかりで自ら距離を置いてそっぽ向いて、壁をつくった。
 
後悔しかないよ。

━━━━━━━━━━━
 
街の正門に近い、二階建ての一軒家。
綺麗に整頓された室内にはチリひとつ落ちていない。
 
廊下を歩く40代の女性は、下ろしたてのような白いスーツを着ている。膝より下まであるタイトなスカート、黒の薄いストッキング、白髪が混じったセミロングの茶色い髪はひとつに束ねられ、バレッタでとめてある。口には血色のよい赤い口紅が塗られ、明るめのファンデーションが浮いて見える。
40代にしては若々しい格好で、けれどもそれが逆に彼女を老けて見せた。
 
彼女は廊下を渡って寝室に入り、部屋の電気をつけた。壁際に置かれた棚の上には数えきれない程の写真立てが飾られている。
 
「ただいま」
 
彼女は写真に向かってそう言った。
 
「今日はね、6丁目の奥さんとお茶してきたの。あの人ね、親バカなのよ。娘さんが恋人を連れてきたとき、旦那さんと一緒になって追い出したんですって。『お前にはまだ早い』なんて言ってね。娘さん、激怒して家を出て行ったらしいわ」
 
彼女はスーツのジャケットをクローゼットに仕舞うと、棚の前に移動して写真立てをひとつ、手に取って眺めた。
 
「おかしいわよね、娘の彼氏を追い出すはずが、娘まで出て行っちゃうなんて。──あなたはまだ大丈夫よね? 私も奥さんと同じ目にあったら、追い出すわ。あなたにはまだ早いってね」
 
彼女は写真立てを持ったままベッドに腰掛けた。じっと写真を見遣り、抱き寄せた。
 
「だけどあなたは出ていかないで? 母親とはそういうものなのよ、いつでも子供のことを一番に考えているの。愛しているからよ」
 
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「きゃあ! ごめんなさい、大丈夫?」
 
ライモンドの家を出て、VRCまで自転車を取りに戻っていた途中、カイは綺麗な女性とぶつかり、尻餅をついた。
 
「あ、大丈夫です」
 と、すくと立ち上がる。「君は?」
「私も大丈夫です。ごめんなさい、よそ見をしていたものだから……」
 
その女性は18歳くらいでふんわりカールの髪からいい香りが漂ってくる。目はくっきりと二重で少し垂れており、鼻は小ぶりだが鼻筋は綺麗に通っている。赤みを帯びた唇が色っぽく、Tシャツにジーンズというラフないで立ちにもかかわらず人目を引くほど可愛かった。
 
「いや、気にしないでおくれ。俺にも責任がある。よそ見をする君に気づけなくて失礼した」
「そんな……私が一方的に悪いのに」
「ではこうしましょう、お互いに悪いということで。ははっ」
 
あまりの可愛さに動揺を隠しきれないカイは上手くカッコつけられずにいた。
 
「優しいんですね、ありがとう」
「いやいや、そんなことは。それより君、お名前は?」
「あ、ティアラと申します」
「ティアラ!!」
 
衝撃を受けた。こんなに可愛い女の子にまさに相応しい名前だ。
 
「あなたは?」
「俺はカイ。君ほどいい名前じゃなくて恥ずかしいがね。ははっ」
「そんな、とても素敵なお名前です」
 そう言ってニコリと微笑んだ彼女はまさに天使のようだった。
「あ、ごめんなさい私急いでるの……」
「あぁ、かまわんさ。行ってらっしゃい」
「ありがとう、すみません。それでは」
 と、駆け出す。
 
カイはハッと思い返し、彼女を呼び止めた。
 
「すまぬっ、ちょっといいかいティアラちゃん!」
「はい?」
 
足を止めて振り返る彼女に、カイは急ぎ足で駆け寄った。
 
「君のお父さんの名前、なんていうの?」
「え……?」
 と、彼女はあきらかに不審がる。
「いやいや、もしかしたら俺の知ってる人かなぁって。もしかしてヘルマ──」
「すみません、急いでいるので」
 
ティアラは深々と頭を下げ、逃げるように街中へ消えていった。
 

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