voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望7…『ライモンドの話』◆

 
「まだ可愛い子ちゃん出てこないの? それともその絶世の美女という人妻を捜してんの?」
 と、カイはソファの背もたれに寄り掛かり、話の続きを催促した。
 
ライモンドはため息をつき、言った。
 
「それでだ、二人はめでたしめでたしとはいかねんだわ。村人らに男は魔導士だってバレて二人とも追い出された」
「なんでバレたわけ? 絶世の美女が裏切ったの? 女は怖いよねぇ。でも好き」
「勝手に話を作るな。村人の男共が騒ぎ立てたんだよ、如何せん村一番の美女を知らない男に奪われたんだからな。黙ってねぇ奴が出てくる」
「あーあ、嫉妬だねぇ」
「そうだ。それで駆け落ち同様、女は魔導士の男と村を飛び出した。そして新たに生活する地を探した」
「見つけて再スタートを切ったわけですね?」
 と、カイは楽しそうに訊く。
「おう。で、子供にも恵まれた」
 
吸っていたタバコを灰皿に落しつけ、口から煙りを吐き出し、一息ついた。
 
「その子供が可愛い子ちゃん!」
「産まれた時から母親に似て可愛かったらしいぞ」
「絶世の美女から産まれたんだもん、当たり前じゃーん」
 と、鼻の穴を広げる。
「けどなぁ、普通には産まれて来なかったんだ」
「ん?」
 
ライモンドはマッティから聞いた話をそのままカイに伝えた。
 
本来ならば妊娠から出産に到るまで9ヶ月と10日ほどかかるものの、既に魔力を帯びた胎児は母体に悪影響を及ぼし、母体が耐え切れずに早産という形で産み落とされた。
未熟児として産まれた子供は高熱におかされており、母親共々生死をさ迷った。
男は子供に魔力を抑えるネックレスを付けさせ、子供の命を救うために禁忌をおかした。名の高い魔術師の力を借り、悪魔を召喚させた。子供の命を救うには代わりになる命を捧げなければならず、かろうじて意識を取り戻していた妻が名乗り出た。そして──
 
「余所から来た魔術師の姿を目撃した村の住人が騒ぎ立て、男が魔導士であり禁忌とされている生贄を必要とする魔術を行ったとして追われる身となったんだ」
「可愛い子ちゃんはどうなったの?」
「母親の命と引き替えに、救われた。男は我が子を抱いて身を隠せる場所を探した」
「落ち着けるところがないねぇ……、美人な奥さん失ったって言うのに追い出されては新しい村を探して」
「そうだな。だが村を転々としながら数年後、男は新しく女性と出会うんだ」
「おぉ、もしや再婚とかー?」
「あぁ。男は女に、前妻よりも愛すことは出来ないと告げたが、女はそれでも構わないと男を受け入れた」
「すげー、モテるじゃん魔導士ーっ。俺みたい」
「はは、そうだな」
 と、適当に相槌を打つ。「女は男の全てを受け入れ、寄り添った」
「めでたしめでたし?」
「いや……」
 
話し疲れたのか、ライモンドは目を擦り、ため息をこぼした。
 
「男は子供を連れた長旅に疲れ果てていたんだろう。やっと落ち着ける場所を見つけたが、緊張の糸が切れたのか酒に溺れたそうだ」
「えーっ、なんでそうなるのさぁ」
 納得いかない!と、カイは言う。
「妻を忘れられず、自分を責めた。我が子を救う為とはいえ、他に方法があったのではないかとね」
「ふーん……」
「アルコール依存症になった男は自分で何が正しく何が間違っているのか判断が出来なくなったんだろう、黒魔術を研究し、自ら悪魔を召喚して妻を生き返らせようとした」
「…………」
 
カイの表情から笑顔が消えた。
 
「処刑されたよ」
 と、ライモンドは呆れ果てて微笑した。
「その男、名前なんていうの?」
「ヘルマン。聞いたことあるか?」
「全くピンとこないや」
「そうか」
 と、残念そうに言う。
「可愛い子ちゃんの名前は?」
 と、カイは目を輝かせた。
「それがわかりゃ苦労しない。捜してるのはそのヘルマンの子供だよ」
「再婚相手は?」
 
ライモンドはニッと笑ってテーブルに身を乗り出した。
 
「この街にいる」
「うほっ! まじで?!」
「多分な」
 
再び背もたれに寄り掛かった。
 
「多分てなんだよぉ」
「情報を集めて辿ってきたらこの街に着いたんだよ。けどこの街に辿り着いた途端に情報が途絶えて八方塞がりだ」
「再婚相手の女性が超絶美人だったら簡単にわかるのにねぇ」
「まぁな。けど噂なんか伝言ゲームのように途中で変わるもんだから、当てにはならない。絶世の美女と言われているヘルマンの元妻も、大して美女じゃないかもしれないぞ」
「そんなのダメだよ! 絶世の美女じゃないと可愛い子ちゃんが生まれないじゃないかぁ! 今いくつくらいなんだろう??」
 と、勢いあまって立ち上がる。
「ほんとお前は面白いなぁ」
 
ライモンドはテーブルに置いていた新しいタバコに手を伸ばした。かつてアマダットの話を聞かせてくれたマッティが吸っていた銘柄と同じものだった。
 

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