voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望6…『ルイの不調』

 
一人で自転車に乗って宿まで帰宅したアールは、フロントに預けていた鍵を受け取ろうとしたが既にルイが鍵を受け取って部屋にいると聞かされた。
 
時刻は16時20分
 
少し小腹が空いた。今日の夕飯はなんだろうと考えながら部屋に戻る。
鍵は開いており、ただいまと言いながら室内に入るが返事はない。
 
「ルイー?」
 
部屋はしんと静まりかえっていた。誰もいないのだろうかとベッドがふたつ並んでいる部屋に入り、ひとつのベッドにルイが横になっていることに気づいた。
 
「…………」
 
アールは思わず足を止めた。ルイが昼寝とは珍しい。珍しすぎて動揺する。
足音を立てないように近づき、寝顔を見た。少し顔色が悪いように思う。
ふと、視界の端に入るものを見遣った。ふたつのベッドの間に正方形の小さなテーブルがあり、上にはライトが置かれている。ライトの手前にシキンチャク袋と薬と水があった。
 
アールは布団も被らずに寝ているルイを今一度見遣り、隣のベッドから掛け布団を引っ張ってルイの体に掛けた。
ルイのことだ。少し休もうと思ってそのまま寝てしまったのだろう。
 
アールはベッドから離れて窓際に立ち、外を眺めた。お腹がぐるぐると鳴る。そして再びルイを眺めた。
部屋が随分と静まり返っているような気がする。一人でいるときは当たり前の静けさも、誰かがいるのに感じる静けさには物寂しさがあった。
 
部屋には小さなラウンドテーブルがある。
落ち着かないアールは椅子に腰掛けて、シキンチャク袋からノートとペンを取り出した。
パラパラとめくり、ホワイトメイズで描いた数ページに渡るぐちゃぐちゃの線でうめつくされたページに苦笑する。消しゴムで消せば消えるどころか真っ黒に汚れるに違いない。破って捨てようかと思ったが、ルイが起きると悪いので後ですることにした。
 
白紙のページを開き、日記を書いた。
時折こうして日記を書いているものの、読み返すことはない。
 
そういえば、と、ペンを置いてまたページをめくった。欲しいものリストを書いたページを開くと、“予備の武器”と“レシピ本”と書かれている。
アールはノートを閉じて、足音を立てないように忍び足で部屋を出た。廊下に出ると携帯電話を取り出し、シドにかけた。
 
━━━━━━━━━━━
 
VRCの戦闘部屋で、シドはバーチャル世界の魔物と戦っている。
一匹倒し終えた直後、ポケットに入れてある携帯電話が鳴ったが、全く気にする様子を見せずに次に現れた魔物に斬り掛かっていった。
 
3匹倒し終えても尚、電話は鳴り続けている。
 
「あ”ーもう! うるっせぇな!」
 
シドは苛立ちながら戦闘を中断し、電話に出た。
 
「しつけーよ!」
『え? シド、今大丈夫?』
 電話の相手は勿論、アールだった。
「大丈夫なわけねーだろ!」
『じゃあなんで電話に出るの』
「テメェがしつけーからだろ!」
『あぁ……ごめん』
 
アールはシドが電話に出るまで鳴らし続けるつもりだった。
 
「で、なんだよ」
『シド武器屋に行ったよね? 予備の武器が欲しいんだけど、いいのなかったかな』
「予備?」
 シドは眉間にシワを寄せた。
『武器奪われたときに思ったの。予備があると助かるなぁって』
「まず奪われねぇようにしろよ」
『まぁそうなんだけど……へへっ』
 と、苦笑い。
「へへっじゃねぇよ。無くはねぇが、具体的にどんなもんがいいのか決めてんのか?」
『安いやつ』
「……中古なら山積みにされてたぞ」
『おぉ! じゃあ中古でいいや』
「使えねぇもんばっかだけどな。刃はガタガタで錆びてる」
『ダメじゃん』
 
アールは壁に寄り掛かり、腰を下ろした。
 
「修理に出せば使えるだろうが、新品買ったほうが安上がりだろうな。物にもよるがこの街の武器屋は品揃え悪いぞ」
『そうなんだ、ガックシ』
「短剣ならあるだろうけどな」
『短剣? それでも丸腰よりいいけど』
「確かにな。短剣は旅人以外にも売れるから大概ある」
 と、シドは汗を袖で拭った。
『じゃあ買ってきて』
「はぁ?!」
『お金は後で払うから』
「あたりめぇだ! つかテメェがいけよテメェのだろうがっ」
『お使いが嫌なのはわかるけど、私が行ってもどれがいいのか分からないし、店員に勧められるがまま高くて使いづらいの買ってしまいそうだし、女だからって果物ナイフ売り付けられそうだし……』
 アールは肩を落とした。
「わかったわかった」
 と、面倒くさそうに言う。「ルイはいねぇのかよ」
『寝てる』
「は? カイじゃねぇよ、ルイだって」
『うん、ルイは今部屋で寝てるよ』
 
アールはVRCから戻ってからの話をシドに伝えた。
 
『かなり体調悪いみたい』
「ふーん、まぁすぐに治るだろ。金ちゃんと払えよ? 使い走り代、上乗せだからな」
『ゲッ……。じゃあついでにレシピ本も買ってきて』
「ふざけんなっ!」
 
シドは電話を切ると戦闘を再開し、襲い掛かってきた魔物を一撃でぶった切りにした。
 

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