voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望5…『アマダット』

 
「アマダットを捜してるんだよ」
 
男はそう言ってタバコをふかした。
カイは首を捻りながら、虚空を見遣り、男に視線を戻した。
 
「アマダットってなに?」
「外で旅してるあんたらの方が詳しいんじゃないのか? 一応魔族の一種だが、その中でもアマダットは特殊なんだ。魔族ってのは姿が様々だろう? 醜い悪魔やドラゴンにリザードマン。動物的な魔物とは違って人間に近い脳を持っていて人の言葉を話せる。その魔族の──」
「うげっ、じゃあその美人さんは魔族で人間に化けてるってこと?!」
「いやいやだから……」
 
男は困り果て、頭をかいた。
 
「話をよく聞いてくれよ。俺は外の世界について調べたり外で旅をしているあんたらの取材をして雑誌に掲載する仕事をしているんだ」
「それは理解してるー」
「……それでだ、あるとき興味深い話を聞いた」
 
男はひとつひとつ丁寧に、わかりやすくカイに説明しはじめた。既に話したつもりだったが、カイは聞いていなかったようだ。
 
数年前、《外の世界》という雑誌の記者として働き始めたライモンドは、街をはしごしながら旅人と出会い、外の情報収集や旅の実績、旅の心得などを聞いては文章におこして書き伝えてきた。
 
そんなあるとき、アマダットという生き物の存在を知った。はじめは半信半疑で聞いていたが、聞けば聞くほど興味深く、ライモンドは忽ちアマダットの存在に心を奪われた。
 
当時ライモンドはまだ二十歳そこそこで、偶然出会った旅人もライモンドと同年代の若い男だった。
インタビューをしている中で意気投合し、近場の居酒屋へ移動してからは酒を交わしながら様々な苦悩や発見を語り合い、短時間ですっかり親友のように互いを理解し合った。
 
「──ところでよ、アマダットについては調べたか?」
 と、旅をしているマッティはカウンターに伏せながら言った。
「アマダット?」
 ライモンドは背もたれに寄り掛かかり、グラスに注がれた酒を飲む。
「なんだまだ知らないのか。魔族だよ魔族」
「魔族……魔物とは違うのか」
「違うね。……いや、よくわかんねぇ」
 と、顔を真っ赤にしたマッティは頭をかいた。
「酔いすぎだ」
 ライモンドは呆れて笑う。
「大丈夫、大丈夫。まぁ魔族も魔物っちゃ魔物だわな。その境界線はよくわかんねんだ。アマダットってのは、生まれながら強力な力をも持ってる。その力にはドラゴンの力が備わってるってんだから面白い」
「ドラゴン?」
「アマダットとはドラゴンの血を受け継いで生まれた種族さ」
「…………」
 
ライモンドは、カウンターに頭を乗せてこちらを見ているマッティを暫く眺めてから、噴き出した。
 
「ぶはっ! いやいや、さすがにそれは作り話だろう。子供の絵本でも読んだんじゃないのか?」
 
馬鹿にされたマッティはカウンターから体を起こしてグラスに残っていたビールを飲み干した。ゲフッと豪快なゲップを出す。
 
「そういうなら調べてみろよ。かつて魔導士たちがねぐらにしていた小さな村があったのを知ってるか?」
 と、真面目な顔をして話しはじめたマッティを見て、ライモンドは椅子に座り直して向き合った。
「あぁ、ボンテンプスっていう村のことか。有名だな。シュバルツによって魔導士や魔術師に対して偏見を持つ人間が増えた。村や町を追い出されて行き場を無くした魔導士らが集まってつくった村だろう?」
「さすがだな」
「まぁこれでも仕事柄情報収集は欠かせないもんでね」
 と、ライモンドは笑う。
「それでだ、その村に避難してきた一人の魔導士がいたんだ。その男は暫くその村で厄介になっていたらしいんだが、魔力という強い力を持つ者同士みんな仲良くしましょうなんて出来ると思うか?」
「まぁどんな場所にも上に立とうとするものが出てくるだろうな」
「そうなんだよ、仕切り屋さんが出てくるわけだ」
「仕切り屋さんってまた可愛い言い方だな」
 ライモンドが笑うと、マッティも笑った。
「まぁこれから悍ましい展開になるから可愛く言っておきたいんだよ」
「ほう」
「力を持つ者同士が集まると、まずは力比べから始まる。最初はいいさ、芸の見せ合いっこみたいで」
「見せ合いっこねぇ」
「人間関係、中には嫌いな奴の一人や二人いるだろう? あいつには負けたくねぇって思うわな」
「まぁな、俺も同期には負けたくねぇわ。そいつ5ページもの特集を任されたんだぜ、俺のがいい情報持ってんのに」
「はははっ、頭にきただろう?」
「キたね。とっておきのネタを上司に持って行ったさ。で、俺が特集を受け持つことになった」
「やるね。でも──」
「そうなんだよ、反感買うわな、そりゃ」
「それが“魔力”だったら悲惨さ」
「なるほど。危険だな」
「魔力ってのはその持ち主の念の強さで成長するとも言われてる。自分でコントロール出来なくなる奴もいるくらいだ。俺は魔力なんて持ってねぇから詳しくは知らないけどな」
 
マッティはズボンのポケットからくしゃくしゃのタバコケースとライターを取り出して、一本、口にくわえた。
 
「お前は?」
「いや、俺はいい」
「なんだよ、タバコ吸えないのか」
「吸えなくはないが……」
「やめたのか。なんでまた」
 マッティはライターで火をつけた。
「いいネタが入らねぇとあっという間に灰皿が吸い殻でいっぱいになる。体に悪い」
「ははっ、それもそうだな」
 
マッティはタバコをふかしながら、少し離れた場所に置いてあった灰皿を自分の目の前まで引き寄せた。
 
「それでその男がなんだ? アマダットなのか?」
「そうなんだよ」
「なんでわかるんだ」
「俺に聞かれてもね。人づてに聞いた話だからな」
「そいつは今どこにいるんだ?」
 タバコの香りが鼻をつく。
「ボンテンプス村が消える前に村から出た」
「魔導士らの争いで村が消えたってのは本当なのか」
「跡形もなく、な」
「それで?」
「村を転々と移り住んでたらしい。魔導士だってことは内緒でな。気づかれそうになったら追い出される前に姿を消した。ほら、魔導士だっていうだけで家ごと焼き殺された奴らもいるだろう?」
「あぁ……惨い時代だったな」
「で、そのひとつの村で彼は運命の女性と出会ったわけだ」
「恋愛の話になるのか」
「のちに妻になった」
「随分飛んだな」
 
狭く薄暗い店内には天井からぶら下げられている電球の明かりが揺らめいている。
二人が座るカウンター席の後ろは座敷になっており、酒を飲み交わす客で騒がしい。
 
「大体はわかるだろう、はじめは自分が魔導士であることを隠していたらしいが、女の方から想いを告げられて別れる覚悟で全て話したらしい」
「全て? 魔導士であるだけでなくバケモンだってこともか」
「酷い言い方だなぁ」
 マッティはそう言いながらも面白そうに笑う。
「アマダット、だろ?」
「そうそう、ドラゴンの血を受け継いでいるってな。聞こえはいい。バカな女はときめきそうな肩書だろう」
「信じるのか? それ」
「さぁなぁ。魔族だってことは信じたのかわからないが、魔導士だって聞いた彼女は受け入れたらしい」
「そりゃそうだろうな、後に妻になったんなら」
 
先にネタバレされると驚きもなにもない。
 
「世間から嫌われてる魔導士だって知っても愛しぬくことを誓ったんだぜ、いい女だよ」
「さっきはバカな女と言ったのに今度はいい女か。俺は変わり者だと思うね」
「お前は本気で女を愛したことがないだろ! それに、その女が絶世の美女だって噂だ」
「噂はどっかで変わるもんだ。あることないことくっついて真実より膨張する。だから真実を突き止めるのは難しいんだよ」
 
ライモンドはグラスの酒を飲み干し、マッティに言った。
 
「悪いが……」
「いいぜ」
 マッティはタバコを一本差し出した。最後まで聞かなくてもわかる。
「すまない。酒は俺の奢りだ」
「当たり前だ」
 と、マッティはライモンドがくわえたタバコに火をつけた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -