voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望2…『ゲンゲンバッハ』

 
自分を形成するものってなんだろう。
 
━━━━━━━━━━━
 
その街はドイツのゲンゲンバッハの町並みに酷似していた。
お伽話に出てきそうな木組みの家が建ち並び、絵に描いたような三角の赤い屋根。
街を歩けば花壇に植えられている色とりどりの花に心が癒される。街の周囲は鮮やかな緑の草原に囲まれており、その草原も含めてヘーメルという街が存在していた。
 
「うわぁ、素敵」
 
アールは終始辺りを眺めながら笑顔が絶えない。
 
「でもさぁルイさぁなんで一番遠い宿にしたわけぇ?」
 と、カイは不機嫌な顔をする。
「一番安いスーパーがあるのですよ」
「武器屋もあるみてぇだしな」
 シドは特に文句はないようだ。
「でも一番高い宿じゃん」
「不満なら一番安い宿にお前だけ泊まれ」
「不満なわけじゃないよぉ」
 
宿まで歩くのが嫌なのだ。漸く街に着いたというのに街の中でも長く歩き回る気にはなれない。
 
「カイ、あとで……」
 と、アールは何かを言いかけて口を閉ざした。
「ん? デートならいいけど?」
「ううん、違う。なんでもない」
 
ルイはアールを一瞥した。どうかしたのだろうか。
アールは写真を撮りたいと思っていた。この可愛らしい町並みと自分。けれど写真を撮っても自分の世界に持ち帰れるわけじゃない。
 
「なんだよぉ気になるじゃーん」
 カイは人差し指でアールの二の腕をつついた。「あとで告白とか?」
「違う。街があまりにも綺麗だからあとで写真を撮ってあげようと思ったんだけど、面倒だなと思っただーけ」
 と、つつかれた二の腕を摩った。
「俺の写真が欲しいんですね、わかります」
「違うよ」
 
ルイは二人の会話に耳を傾けながら、足速に宿へ向かう。
 
「皆さん、移動サーカスで時間を使いすぎたので、この街は明日の朝早くに出発しましょう。やれることは今日中に済ませておいてください」
「VRCはないの?」
 と、アール。
「ありますが……あまり時間はありません」
「せわしいな。まぁしょうがねぇか。先行くわ」
 シドは先に武器屋に寄るため、走って行った。
「元気だね、シドは」
「俺も元気よー」
 と、カイが跳びはねる。
「街に着いたとき疲れたって言ってたのに。ていうかヴァイスは?」
「ヴァイスさんは街の受け付けを済ませたあと、別行動です。出発時刻は連絡しておきます」
 
──ほんとにヴァイスはひとりが好きなんだなぁ。
 
ルイについて歩きながら町並みを眺めていると、突然ルイの足が止まった。
 
「すみませんがお二人は先に宿へ行ってもらえませんか」
「え、ルイは?」
「僕はちょっと、そこの薬局で買い物をしてから行きますので」
 すぐ近くに薬局がある。ぱっと見ただけではカントリーな喫茶店かと思う佇まいだ。
「付き合うよ?」
「いえ、時間は有効に使ってください。慌ただしくて申し訳ありません……」
「ううん、誰のせいでもないよ」
 
アールとカイはルイと別れ、先に宿へ向かった。宿には街に入る受け付けから連絡済みで、既に部屋は予約してある。
宿に着き、フロントで部屋の番号を伝えるとすぐに部屋の鍵を渡してもらえた。
 
「ふたりきりだね」
 と、カイはアールと新婚旅行気分を味わっている。「窓から見える町並みも美しい。君はもっと美しい」
「VRCはどの辺かなぁ」
 
アールは床に座り、受け付けで貰った街の地図を広げた。
 
「あったここだ。ちょっと遠い……」
 宿から徒歩1時間くらいだろうか。
「じゃあVRCなんかやめて温泉にでも浸からないかい?」
 カイは窓の外を眺めたまま提案する。
「温泉あるの?! 温泉もいいなぁ。でもやっぱり少しでも旅を楽に続けたいからVRC行ってくる。お小遣い残ってるから自転車でも借りよう」
 レンタサイクルは宿の目の前にある。どの自転車も木の枝を編んで作られた籠が付いており、お花が飾られている。
「えー、俺お留守番やだよぉ」
「じゃあカイも行こうよ」
「それはもっとやだ。俺がVRCでどんな目に合ったのか忘れちゃったの?」
 
二人組の男に目をつけられてボコボコにされていた。
 
「覚えてるけど……ここは違う街だし、それに今後目をつけられても逆に倒しちゃうくらいの力をつけに行かない?」
「行かない」
「……あぁそう」
 
アールは部屋の番号をノートにメモして、部屋を出ようとした足を止めた。
見送るカイが欠伸をしている。
 
「ねぇカイ」
「んー?」
「最近のルイ、どこか余裕がないような気がしない? 笑顔が無くなったわけじゃないけど、どこか無理してるような」
「そりゃあルイも人間だからねぇ。調子悪いときくらいあるよ。薬局でなにか薬買ってるのかもねぇ」
「そっか……そうだよね。ルイは私たちの調子が悪いと治療してくれたりお薬処方してくれたり看病してくれたりするのに、私たちは何も出来ないね。ルイって自分がしんどいの隠すところあるから」
「うんうん。俺もね、悪いなとは思ってるんだ」
「え?」
「移動サーカス、行きたいってしつこく言ったの俺だからねぇ」
 と、苦笑するカイ。
 
あまり見たことがない表情だった。
 
「ルイは誰も責めてないよ。強いて言うなら自分を責めてるかな。──お互い、あんまりルイにわがまま言わないように気をつけようね」
「うん。あ、やっぱり俺も行こうかなぁ」
「ほんと?」
「アールの応援に」
「……それはいいや」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -