voice of mind - by ルイランノキ |
燃え盛る炎は私たちを丸呑みにしようとしている化け物のようだった。
大きい口をあけて、なすすべのない私たちは足を竦ませてばかりで。助けることが出来なかったね。
でも、どんなに燃え上がっても、いつかは消える。やまない雨はないように。
大切なものを呑み込んで消える。
それでも、気づく。一番大切なものに。それは消えずにいることに。
失ったものばかりに目を奪われなければ。
そうだよね?
━━━━━━━━━━━
マルムという巨大な蝶の魔物が頻繁に現れるようになり、スイミンをかけられやすいカイのせいでルイの魔力は少しずつ、でも確実に減っていった。
魔力を温存するために眠りこけたカイをそのままシドやルイがおぶって運ぶこともある。ルイがぽつりと「空飛ぶ絨毯の購入を検討したいですね」と呟いたほどである。
眠りこけたカイを乗せて運ぶのにちょうどいい。
魔力を使わずにいればほんの少しずつ力は戻ってくるが、微々たるもの。ルイ自身が経験を積んでレベルをあげれば一度に使う魔力も抑えられるようになる。
「なんかもう蝶々見たくない」
と、アールはぼやく。
幼い頃に読んだ絵本に、女の子が大きな蝶の背中に乗って世界を旅するというものがあった。色んな動物や昆虫と出会い、その夢のある世界に憧れたりもした。
昆虫が巨大化したらこんなにも恐ろしいのだと、大人になって知る。
「よかったな、今度はモスマルムだ」
シドがそう言った視線の先に現れたのは、巨大蛾だ。
「同じようなもんだよ!」
見飽きた。普通の昆虫なら蝶は可愛くて蛾は毛嫌いしてしまうところも、巨大化して攻撃をしかけてくるのならどちらも大してかわりない。
「こっちの道はハズレだったんじゃなーい?」
と、カイが言う。「向こうの道なら魔物はいなかったかも」
「向こうの道を選んでいても同じこと言ってそうだけどね」
と、アール。
バン!と突然銃声がして振り返ると、数メートル離れた背後に現れたモスマルムをヴァイスが仕留めていた。彼の頭の上でスーが拍手をしている。
「あれだけ離れていればここまで鱗粉は飛んで来ないね、風向きもあるけど」
ルイがスキルアップしてから、さほど足止めをくらうことなく次の街へ向かっていた。
夜を迎えてテントを出し、ルイが夕飯を作っている間は自由時間になる。アールはこの自由時間になるとあることをする癖が身についていた。
仕切りを閉めて、シキンチャク袋からビニール袋を取り出し、髪を手ぐしで解く。一回解いただけでも多いときで10本近く抜けた。
「…………」
抜けた髪は一本ずつ数えながらビニール袋に捨ててゆく。抜け毛が増えはじめた頃は絶望していたが、今では前ほど絶望感はない。
ルイが栄養バランスの取れた食事を用意してくれる。だからかストレスで髪は抜けてもまた元気な髪が生えてくるんじゃないかと思えてくる。
抜け毛を捨てた後は頭皮マッサージだ。そして髪の状態をまじまじと見る。
昔はかなり傷んでいた。こっちの世界での生活に慣れないストレスと、髪を洗えないときもあったり、使い慣れていないシャンプーのせいか髪がキシキシしていたし、切れ毛も多かったが、今は枝毛も切れ毛もない。手ぐしでも普通のくしでも引っ掛かりにくいほど髪の状態はいいほうだ。
──慣れてきたんだろうなぁ。完全に。
ニキビだって減った。なのに抜け毛というものはなかなか治ってはくれない。
「よし。ルイの手伝いしてこよっと」
アールはテントを出て、外で調理しているルイの手助けをした。
どうも最近、ルイが疲れているような気がしてならない。
「ルイ、しんどいときは言ってね。お好み焼きならいつでも作るから」
「ありがとうございます」
ルイは野菜を切っていた手を止めて、にこりと笑った。「でも大丈夫ですよ」
「無理しないでね」
「……無理しているように見えますか?」
「少しね」
アールはじゃがいもの皮を剥きながら、そう言った。
じゃがいもの皮をピーラーではなく包丁でうまく剥けるようになっていた。以前は凸凹したじゃがいもほどうまく剥けず、剥き終えたときにはじゃがいもが一回りも小さくなっていたりしたものだが、今は包丁で難無く剥ける。
そんな自分を褒めてやりたくなったが、その度に悲しみが襲う。
どうせ忘れるということ。
自分の世界に帰るときには全てを忘れるのだ。この世界で得たものは全て、置いて帰る。
「新しいスキルを手に入れたからかもしれませんね……」
「え?」
「まだ身体が対応しきれていないのかもしれません」
「……あぁ、そっか、そうなんだ」
別のことを考えていたアールは、理解するのに時間がかかった。
Thank you... |