voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール17…『迷い猫』◆

 
暫くして、シドがカイを連れて病室にやってきた。
 
「起きたのか」
 と、アールを見てシドが言った。
「アールぅ! 包帯まみれ……大丈夫ぅ?」
 と、カイはアールに駆け寄った。
「うん。ごめんね、心配かけて」
「いいんだよぉ! 心配し過ぎて食事が喉を通らなかったけどぉ……」
「残さず食ってたじゃねーかよ! 俺の分までなッ!」
 と、シドがカイの頭を叩(はた)きながら言った。
「痛いなぁ?! 無理矢理食べたんだよぉ!」
「無理矢理俺の分まで食うなッ!!」
 2人が来たせいで、煩いくらいに病室が賑やかになった。
「静かにしてくれる……?」
 と、アールは言った。
 
耳を塞ぎたくても体中が痛くて腕を上げることができない。
 
「そうですよ、ここは病院ですよ?」
 と、ルイも2人に注意を促した。
「……わりぃ。ルイ、お前飯食ってこいよ、俺らがコイツ見ててやるからよ」
 と、シドが言った。
「そうですか? でも……」
「なんだよそんなに心配いらねぇだろ、コイツ目ぇ覚ましたんだしよ」
「いえ、僕が心配なのはお二人です。僕がいなければ、誰が喧嘩を止めるんですか……?」
 
ルイの言葉に、アールは思わず笑ってしまった。──ルイが心配するのも無理はないかも!
 
「笑ってんじゃねぇよ……」
 と、笑うアールに気付いたシドが不機嫌そうに言った。
「すいません……」
「喧嘩しねぇし、大声出さねぇから行ってこいよ」
 と、シドはため息混じりにルイに言った。
「……分かりました。では、病院内の食堂で食べてきますね」
 
余程2人のことが心配らしい。
 
「くれぐれもお静かに……」
 と、ルイは念を押すように二人に注意をした。
「分かったって!!」
「わかってるよぉ……」
 と、二人はうんざりしながら言った。
  
外から流れ込むそよ風が気持ちいい。病室は静けさを取り戻していた。
シドは床に座り、壁に寄り掛かって腕組みをしたまま眠っている。カイは椅子に座って病院にあった子供向けの本を読んでいた。2人はルイの言い付けをきちんと守っているけれど、何もすることがないアールは少し退屈に思えた。
 
「ねぇ、カイ」
 と、暇をしていたアールが言った。
「んー?」
「何の本読んでるの?」
「んー」
「…………」
「…………」
 カイは本に夢中で返答がない。アールは話題を変えてみることにした。
 
カイが食いつきそうな話題はなんだろう。
 
「街で可愛い子はいた?」
 アールがそう訊くと、カイの視線は本から外れ、アールを見て、ニンッ! と笑った。
「……いたんだね」
「俺好みの子がいてさぁ?」
 と、カイは読んでいた本をパタンと閉じた。「話しかけたら無視されてぇ……次に見つけた可愛い子に声を掛けたら電話番号教えてくれたぁ!」
「へぇ、よかったね」
「でも、早速電話したら使われてない番号でぇー…」
「え……」
「次に見つけた可愛い子とお茶したぁ!」
「あぁ……そう」
「すっっごく可愛くてさぁ、俺の話をニコニコ聞いてくれてぇー、」
「番号交換したの?」
「……教えてくれなかったぁ」
「あぁ……そう……」
 と、アールは自分から話題を振っておきながら、少し後悔していた。
 

 
「みんな恥ずかしがり屋さんなんだよねぇ」
 と、カイが言う。
「……なんでそうなるの?」
「恥ずかしがりじゃなかったら番号教えるでしょー?」
「……なぜそうなるの?」
「これ以上仲良くなるのが恥ずかしいんだよぉきっと!」
「……違うと思うけど」
「えー、じゃあなんでぇ?」
 と、カイは不思議そうな顔をした。
 
 なんでって、ただ単に嫌だからでしょう……?
 
「……恥ずかしいのかもね」
 と、カイが傷つくかもしれないと思い、本心は言えなかった。
「でしょー? 他に考えられないし! カッコイイ人に頼まれて番号教えないなんてさぁ、恥ずかしいからでしょー」
「……あぁ、なるほど」
 
──なるほど。カイはナルシストだったんだ。だから、か。と、アールは納得した。
 
「はぁ? 嫌だからに決まってんだろ馬鹿か」
 と、眠っていたはずのシドがカイに言った。
 
アールがあえて言わなかったことを彼は何故ハッキリと言うのだろう。
 
「なんで嫌がるんだよぉ!」
 と、カイは納得いかずに怒鳴った。
「オメェみてぇな馬鹿に誰が教えるかよ」
「なんだとぉー?!」
「ストップ!! ……ッ!!」
 と、アールは二人の喧嘩を止めようと叫んだものの、叫ぶと体中が痛んだ。「喧嘩、しないでよね……」
 
アールにそう言われた2人は、黙ったまま睨み合っていた。
 
━━━━━━━━━━━
 
──翌日。
 
アールは青い空にふわりと浮かぶわた雲を見上げた。風に身を任せ、何処へたどり着くのだろう。上から見下ろしたこの世界は、どんな風に見えるのだろう。あの場所へ行きたいと思っても、辿り着くまでに消えてしまわないかと不安になりながら、強い風が吹かないことを願いながら、自ら動かせない体をただ、風に身を任せて空を流れる。
 
「アールさん、身体は大丈夫ですか?」
 と、ルイがアールを気遣いながら言った。
「うん、痛みはないけど、なんか……違和感が……体がキシキシしてる感じ……」
 
今朝、アール達はルヴィエールを後にした。街を救った旅人として、街の人々に感謝され、見送られながら、外の世界へとまた歩き出していた。
 
「可愛い子ゲット出来なかったなぁー…」
 と、カイがしょぼくれながら言った。
「残念でしたね」
 と、ルイが言う。
 
ルヴィエールを出る時、一行は街の住人から御礼として沢山の品物を受け取った。洋服、食料、薬品など、旅には欠かせない物ばかりだったけれど、カイは玩具が欲しいとねだり、大量の“旅のお供”をゲットしていた。
 
「おもちゃ貰ったんだからいいじゃない」
 と、アールは呆れながらカイに言った。
「そうだけどー…本当は女の子が欲しかったぁ……」
「え、何言ってんの」
 女の子に目がないカイは、“収穫”が無かったことにいつまでも悔やんでいた。
「せめて女の子の電話番号が欲しかったぁ」
 そんなことばかり言うカイに、呆れたシドが口を挟む。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇーよ」
「馬鹿ってなんだよぉ!」
「次の街はログですね」
 と、ルイが言った。
 
ルイは喧嘩になる前に話題を変えたのだ。2人の扱いには慣れている。
 
「ログ街か……あらくれもんばっかいるとこじゃねーか」
 と、シドはため息まじりに言う。
「情報を得るには一番良いところですよ」
 
アールは肝心なことをまだ知らない。世界を救うには何をすべきなのか。彼等は分かっているようだが、何故かアールに話そうとはしなかった。
 
眠れない夜、ルイが話してくれた今も受け継がれている昔話。平和だったこの世界を変えた、自分を神と名乗った男。アールはその男に会うような気がしてならなかった。
これがゲームなら、その男がラスボスになるのではないかと思った。
 
「ボーッとしてんなよ。気ぃ張り巡らせろ。いつ魔物が現れるかわかんねんだから」
 と、シドがアールに注意を促した。
「あ……うん」
 と、返事をしながらも、アールは考えていた。
 
──もしその男との戦いが待ち受けているのだとしたら、どうしてあの夜、ルイは教えてくれなかったんだろう。それとも別の、何かがある……? 言えない理由は何だろう。
 
「さっそく来たぞッ!」
 と、シドが叫んだ。
「アールさんは結界へ! まだ体が完全ではないので!」
 と、ルイがアールを結界へと誘導した。
 
ルイの結界の中は、鳥籠のようで安全な場所。ずっと中にいれば外敵から身を守れるというのに、籠の中から見える景色は無限に広く、危険な外で自由に暴れるシドがかっこよく見えた。
籠の中で飼われている鳥は、弱き鳥だ。
 
「ふんっ、手応えねぇな」
 シドはあっさりと魔物を撃退し、背伸びをした。
「お見事……」
 と、結界から出るとアールはシドにそう言った。「あ、ねぇ」
「あ?」
「図書館で『死ぬな』て言ってくれたよね? ありがとう。あの声で私……」
「なんのことだよ」
 と、シドは身に覚えがないようだ。
「え……? じゃあルイ?」
「僕も叫んでいませんが……」
「じゃあ……」
 と、カイを見ると、
「俺はずっと部屋にいたよぉ?」
 と、彼も否定した。
 
──なら、あの声は誰だったのだろう。
 
「街の住人が叫んだんじゃねーのか?」
「それか、戦闘部隊の誰かでしょうか」
 と、シドとルイが言った。
「そっか……」

アールは腑に落ちない気分だった。彼女は意識が朦朧とする中、聞こえてきたあの声に救われたのだ。だから礼を言うつもりだったのだが。
 
 

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