voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール18…『一時的な目覚め』

 
「あ! 後ろっ!!」
 と、突然カイが叫んだ。
 
振り返ると、魔物が1匹、アール達の方へと走ってくるのが見えた。
 
「お前ヤれ」
 と、シドがアールに言った。
「私?!」
「あいつは雑魚だ。お前でも十分だろ」
「……はい」
「アールさん、気をつけてくださいね。まだ体が完全に治ってはいないのですから……」
 と、ルイだけはアールの心配をしていた。
「……うん」
 
アールは剣を抜き、身を構えた。体がキシキシする。ずっと同じ姿勢でいた時に感じるような違和感。
魔物は2メートル前で一度立ち止まり、姿勢を屈めた。
 
「来るぞ」
 と、シドが合図を送った。
 
魔物が勢いをつけて走り出したと同時に、アールも魔物へと駆け出し、剣を振るった。
魔物はギャウ! と声を上げ、バタリと地面に倒れた。
 
 何匹目だろう。自分の手で生き物を殺したのは……。
 
まだ慣れず、心が痛む。ヤらなければヤられると分かってはいても。
 
「まだまだだな」
 と、シドが近づき、アールに言った。
「え……? 倒したのに?」
「剣捌きがなってねぇよ」
「しょうがないよ……習ってないんだから」
「俺の何を見てたんだバーカ」
 
アールがルイの結界にいるときは必ず、シドの動きを見ていたことに、彼は気付いていたのだ。
 
「俺に見惚れてる暇があったら学習しろ」
「見惚れてないしッ!!」
「何ムキになってんだ。冗談だろがバーカ」
「バカバカ言わないでよ! ムカつくなぁ」
「そうだよねぇ、シドはムカつくよねぇ!!」
 と、カイがアールの味方になってシドに言い放った。
「あーウゼーウゼー」
 シドは野良犬を払うように右手をひらひらさせて言った。
「なんだよぉ!!」
 カイはまた反撃しようとする。
「喧嘩はやめてくださいね」
 喧嘩が始まる予兆を感じたルイが、すかさず止めに入った。
 
カイとシドは直ぐ口喧嘩を始めるけれど、決して本気ではなく、基本は仲が良い。
 
「何してんだテメェ! 重いんだよ!」
「しんどいんだよぉー」
 カイはシドの背中におぶさっていた。さっきまで喧嘩になりそうだった2人とは思えない。
「今さっき街出たばっかだろッ!」
 と、カイを背中に乗せたシドが怒鳴る。
「でもしんどいんだよぉー…それに、俺をおんぶするとシドの為にもなるよぉ?」
「なんでだよ!」
「足鍛えるには良いと思うけどぉ?」
「……確かにな。……って、いいから下りろボケッ!!」
 
そんな2人の後ろを歩きながら、アールは彼等の仲良しっぷりを眺めていた。
 
「あの二人、仲良しだよね」
 と、アールは横を歩くルイに言った。
「えぇ。基本は」
「犬と猫みたいだよね」
「そうですね」
 と、ルイは笑いながら答える。
 人懐っこい犬のようなカイと、我が道を行く野良猫っぽいシド。
「ルイは……2匹の飼い主だね」
 と、アールは笑いながら言う。
「飼い主ですか? ではアールさんは?」
「私は……なんだろ」
 
──私は、迷い猫かな……と、アールは思った。
元々は飼い猫で、外に出たら家に帰れなくなって、外の世界に慣れていない飼い猫は、一人じゃ生きていけず。
 
「アールさんもいい飼い主になりそうですよ?」
 と、ルイが言った。
「え……?」
 キョトンとするアールに、ルイはニコニコと笑っていた。
 
魔物が現れるたびに、アールは複雑な心境で立ち向かっていった。
エスポワールというこの世界で初めて魔物を見たとき、咄嗟に振るった剣が運よく命中して一撃で倒すことが出来た。ルヴィエールの図書館でも、運よく一人で30匹もの魔物を倒すことが出来た。
 
──…運? 本当に運だろうか。
 
はっきりしないことばかりで苛立ちが募る。モヤモヤしっぱなしだった。
アールは暫し考えた。魔物を倒せたのは私の中で眠っていた力が何かをきっかけに、一時的に目覚めたのだろうか、と。それでも引っ掛かることがある。
 
また行く手に魔物が現れ、アールは鞘から剣を引き抜いた。握った剣を見つめ、思う。──目覚めたのは、あなたの力なんじゃない?“クロエ”……。
 
あの時「死ぬな」と聞こえた声も……。
 
 
第三章 ルヴィエール (完)

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