voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール16…『ロス』

 
胸元に痒みを感じたアールは咄嗟に手を伸ばして掻きむしると、ズキンッ! と激痛が走り、「痛ッ!!」と声を張り上げ体を起こそうとしてまた、今度は体中に激痛が走り、「あ”ぁ!!」と悲痛な声を出して硬直した。
 
「大丈夫ですか?!」
 と、ルイの声が隣から聞こえた。
 
アールは体を少しでも動かすと体のどこかが痛むので、まるで凍り付いたかのように硬直したまま、顔を少し動かし、辺りを見た。どこかの室内だった。
 
「病室……?」
「はい、ここは病院ですよ。アールさんが気を失った後、病院へ運びました。治療も終わり、ずっと眠っていたのですよ」
「どうしよう全身痛くてこの姿勢のまま動けないんだけど……」
 
アールはベッドの上で、胸元に激痛が走って起き上がろうとした中途半端な体勢で硬直していた。
 
「大丈夫ですか? 手を貸します」
 そう言ったルイに支えられ、ゆっくりと体を寝かせることが出来た。
「ありがとう……」
 
顔を少し動かし、胸元を見ると包帯の上から血が滲み出ていた。そして、全身包帯だらけだった。──なにこれミイラ?
 
「血が……看護師を呼んで来ますね」
 そう言うと、ルイは病室を出て行った。
「ん……痒い……」
 
体中の痛みより、包帯で蒸れているからか、傷が治りかけているからか、胸元の痒みの方が気になった。
 
──あの後どうなったのだろう。あの研究者と名乗った男は? 魔物は本当に1匹残らず倒せたの?
知りたいことが沢山あったけれど、ルイが看護師を連れて戻り、診察を受けてる間、訊けずにいた。
 
「暫く安静にしていてくださいね」
 と、看護師が言った。
 
看護師が部屋を出て行ったのを確認してから、さっそくルイに尋ねた。
 
「覚えていないのですか?」
 と、ルイは驚いたように訊き返した。
「曖昧にしか……」
「アールさん、あの魔物達を1人で倒したのですよ」
「……それは本当に?」
「えぇ。シドさんと見ていましたから。あっという間に倒し、アールさんは崩れるように倒れ……」
「あっという間に?」
「はい。シドさんと変わらない程の……いえ、シドさんより動きが速かったように思います」
「……あの男は?」
「魔術士ですか?」
「魔術士? 研究者じゃなくて……? 魔物を召喚させたって言ってた」
「僕たちには魔術使いと名乗りました。自称……ですが。彼はアールさんが気を失った後、結界を解いて外へ出てきました。戦闘部隊に取り押さえられ、刑務所へ」
「そう……」
「彼から伝言を預かっています」
「伝言?」
「はい。『闇に光が射したのを初めて見た。僕は安心して眠れる』と……」
「……闇に光?」
「意味はわかりませんが、安心したような、疲れきったような笑顔で、そう伝えてくれと頼まれました」
「……彼に与えられる罰って?」
「死刑ですよ」
「え……?」
「彼は資格も無く禁じられた黒魔術を使い、異界の魔物を召喚させた。あれ程の力を持っているというだけでも危険です。死刑は免れないでしょうね」
 
それを聞いたアールは、物置部屋で男と交わした会話を思い出して言った。
 
「ちょっと待って……確かに魔物を召喚させるなんて頭どうかしてるかもしれないけど……でも彼は……世界を救おうとしてたんだよ? やり方は間違っていたけど、世界を救おうとする私達の思いと同じだし……」
 
ルイと2人だけの狭い病室に、アールの声が響いた。
少し開いていた窓から、静かな風が流れ込み、カーテンを揺らしていた。
 
「……アールさん、魔法や魔術を甘く見ないでください。便利な力ですが……恐ろしく危険なものです。僕が以前使った攻撃魔法も、本来は邪悪な力ですし」
 と、ルイは悲しげに言った。「それに、あのままアールさんが魔物達を食い止めていなければ、ルヴィエールの人々に危険が迫っていたはずです」
 
ルイの言っていることに対して理解が出来ないわけではないが、すんなりと男の死を受け入れることなどアールには出来なかった。
 
「ルイ、ごめん……ちょっと一人にしてもらってもいいかな」
「……はい」
 ルイは気遣い、病室を出た。
 
アールは、この世界に来るまで、魔法が存在する世界は、夢があって面白そうだと思っていた。現実には魔法など存在せず、空想でしかなかったのだから仕方がない。
あの男は、自分の力で自分を陥れた。人を殺そうとしていたのは確かだ。でも、その先に見ていたのは希望の光。考えれば考えるほど、複雑な思いになる。
あの男の言う“実験”が成功したなら、世界は救えたのだろうか。魔物を従えたあの男の手で、複数の命と引き換えに、世界は救われたのかもしれない……。
 
魔法や魔術など、まだよく分からなかった。アールにはその違いすらまだ分からない。
歩けば歩くほど、問題に出くわす。考えて答えが出る前にまた歩き出しては新たな疑問を持つ。──でも、知る必要はないのかもしれない。知ったところでどうなるのだろう。
 
「ルイ……ルイ……」
 お腹に力が入らず、二度名前を呼んだ。
 
決して大きくない声は、廊下にいたルイの耳に届いたようで、ルイは直ぐに戻ってきた。
 
「呼びましたか……?」
「うん。ごめんね、お腹に力入れると痛いから大声出せなくて。シドとカイは……?」
「シドさんは、さっきまでここにいました。でもカイさんからお腹が空いたと電話があり、シドさんにお金を渡して食事へ行きましたよ」
「ルイは食べたの?」
「いえ、まだですが僕は大丈夫です」
 と、ルイは笑顔で言った。
「でも……私どのくらい寝てた?」
「7時間くらいでしょうか」
「そんなッ?! ……にぃ?!」
 驚いて叫ぶとお腹が痛んだ。
「大丈夫ですか? あまり声を張り上げないように……」
「私は大丈夫だから、ごはん食べてきていいよ。迷惑かけてごめんね。心配もかけてごめん」
「アールさんは街を救ってくださりました。感謝しています」
 そう言うとルイはアールが眠るベットの横にあった椅子に腰掛けた。
 
「……スローになったの」
 と、アールはあの時のことを思い出しながら言った。
「スロー?」
「魔物の動きが急にゆっくりになったの」
「……それは一種の余裕だと思いますよ」
「余裕……?」
「魔物の動きを読み取れる余裕が出来てきたのです」
  
 そうかな……違う気がする。武器の様子も違ったし……。
 
「今お昼過ぎくらいかな?」
 と、アールは訊いた。
「はい。えっと……1時過ぎです」
 と、ルイは腕時計を見て答えた。
「私入院するの?」
「明日には退院できますよ」
「明日?」
 と、アールは驚いて訊き返した。
 
全身包帯だらけなのに明日には退院? アールは、7時間眠っていたと聞かされたときは驚いたが、これだけ怪我をしているのなら、寧ろ短いほうだと思った。
 
「最先端治療を行いましたので、明日には傷も骨も治っているはずです。痛みはある程度治るまで続きますが……最先端治療のデメリットですね」
 そう言うとルイは苦笑した。
「最先端治療……治療費は……?」
「大丈夫ですよ、支援されますから」
「……まさか借金?」
「返す必要はありませんよ。……そうですね、シドさん風に言うと、僕達は“城で飼われているペット”ですから」
 と、ルイは人差し指を立てて笑いながら言った。
「なるほど……」
「え? 納得されてしまいましたか? 冗談なのですが」
「え……?」
 
 ルイの冗談は分かりにくい。
 
「あ、一日遅れちゃったね。今朝出発するはずだったのに」
 と、アールは申し訳なさそうに言った。
「仕方がないですよ。それにアールさんが魔物に気が付かなければ僕たちは知らずに街を出て、今頃ルヴィエールは……」
「そうだね……。でも何で私だったんだろう」
「捕まったのがですか? 僕も気になって、男が連れて行かれる前に訊きましたが、誰でもよかったようです」
「誰でも……そういえばそう言ってたような……」
「えぇ。あの宿の宿泊者なら誰でも。あの宿は図書館から近いですし、宿泊するのは他の街から来た人ばかりです。それに武器を持って宿に入っていく人の姿を見たそうですから」
「……どういうこと?」
「この街の住人や武器を持っていない者なら、魔物を見た時点で追いかけたりはしないでしょう。危険ですからね。しかし武器を持っているということは、少なくとも外から来たか、魔物を相手にしたことがある者です。魔物を見たら放っておかないでしょう。普通ならば」
「……なるほど」
「でも、今後は何かあった時は僕たちを起こしてくださいね?」
 と、ルイは心配な面持ちで言った。
「……うん、ごめんなさい」
 アールが謝ると、ルイは優しい笑顔を見せた。
 
怒ってくれた方が反省出来るのに。ルイはいつだって優しい。
 
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -