voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス31…『出口へ』

 
シドが振るった刀の刃がキマイラの牙に接触し、金属が削れるような音が響いた。その不快な音にカイが耳を塞ぎ、顔をしかめた。
 
「ひぃーっ、背筋がゾクゾクするよ!」
「アールさん、毒が体中を回るのを防ぎましたが、目に受けた刺激は暫く続きます」
「うん……左目がぼやけててよく見えない」
 と、アールは左目を瞬かせた。
「そんなにウインクしないでよぉ」
 勘違いしたカイが照れる。
「片目を頼りに戦えるかな……」
 不安げにキマイラを見据えたアールは、武器を握りしめたものの、再び立ち向かっていこうという気力が薄れた。距離感がわからないのだ。
「片目が見えないと危険ですよ、距離感が掴めなくなる上、自分の体のバランスも取りづらくなります」
「治せない?」
「魔法が使えません……薬は毒消しを飲んだばかりですし、体に負担がかかります」
 
アールは遠目にシドを見遣った。床を蹴り上げ、キマイラの背中に飛び移る。刀の刃を下に向けて突き刺そうとしたが、キマイラが暴れて振り落とされてしまう。そしてまた山羊がメェエエェエェ!と鳴く。
 
「ヤギうるせぇッ!」
 
「なんで肉食のライオンの頭の隣にヤギの頭がくっついてんだろうねぇ、グロすぎるよ」
 カイは理解が出来ないよと、首を左右に振った。
「ヤギが一番疑問に思ってると思うよ」
 アールはそう言って、斬り落とした蛇のことも思い出した。「蛇もね」
「キマイラがウンコするとき最悪だねぇ」
「蛇が食べた物はどこにいくわけ?」
「キマイラの尻から出るでしょ」
「ヤギが食べたものも?」
「胴体は同じだからねぇ」
「でもなんかあのヤギ、可愛くないよね不気味だし。血走った目をしてて肉食っぽい」
「人を喰らうと思いますよ」
 と、突然ルイが会話に加わった。
「サラリと怖いこと言うね」
「あれは動物ではなく、魔物ですから」
 
シドはキマイラの鋭い鉤爪を交わしながら再び背中に飛び乗るタイミングを見計らっていた。下手にキマイラから離れようとすればすぐに追いつかれて攻撃されかねない。
 
「まずヤギの首を落としてんだけどな……」
 
呟きながらキマイラの体の下を滑るように通り抜ける。
 
「ねぇルイ、キマイラって火を噴くんじゃないの?」
 と、アール。
「どこで知った情報でしょうか」
「どこでって……」
 
雪斗を思い出す。彼がやっていたゲームに出てきたキマイラは火を噴いていた。そのゲーム内のキマイラが弱かったのか、雪斗が操っていたキャラクターが強かったのか、あっという間に倒していたけれど。
キャラクターの大きさと比較してキマイラの体格が3倍はあったから、強そうに思ったのに呆気なく倒していたから驚いて、覚えていた。
凄いね。そう言ったとき、キマイラを倒すには弓矢を扱うキャラクターが有力なんだよと言っていた。キマイラが現れたら武器の矢に鉛をつけて口の中に放つと、火を噴いたときに鉛が溶けて喉を塞ぐことが出来る。火を噴けなくなったところで一番力が強いキャラクターで留めを刺すんだって。
 
「忘れたけど、鉛がついた矢を放つといいみたい」
 
アールはそう答えた。忘れたなど、嘘だった。娯楽とされているゲームの世界で見た、などと聞かされて良い気分にはならないだろうと思ったし、雪斗の話はしたくなかったからだ。
 
「なるほど……。残念ながら弓矢も鉛もありませんね」
「だよね……」
 
そもそも火を噴くのだろうか。アールは首を傾げながらシドの様子を眺めていた。ゲームで見たキマイラには山羊の頭などくっついてはいなかった。だから“現実”とはいくつか異なるのかもしれない。“現実”があるとは思いもしなかったが。
 
シドが再びキマイラの背中に移ろうと高らかに飛び上がり、着地すると同時に刀を突き立てた。キマイラの背中に刀のはばきまで深く突き刺さる。部屋全体を揺らすようなライオンと山羊の叫声が重なり合う。
シドが背中に突き刺した刀を引き抜いたその時、キマイラが怒気に満ちたうめき声を上げながら身をよじるように後ろ脚で立ち上がった。シドはバランスを崩しながらも自らキマイラの背中から飛び降りると、逃げる暇もなく炎が彼を包んだ。
 
「シドさんッ!」
 ルイは思わずロッドを構えたが、魔法が使えないこの場所ではなんの役にも立たない。
 
しかし炎に包まれたシドをすぐに助け出したのはヴァイスだった。シドを抱き抱え、アール達とは反対側の隅へと避難させると、向かってきたキマイラの目を目掛けて銃を放った。放たれた銃弾は右目に命中し、キマイラは声を上げながら前脚で右目をしきりに擦りはじめた。猫が顔を洗っている様子に見えなくもない。
 
ヴァイスの機敏な動きを見ていたアールは、あることを閃いた。
 
「ヴァイス!」
 
呼び掛けるとヴァイスはすぐに跳んで来た。
シキンチャク袋に仕舞っておいた伸びロープを取り出し、端を手渡した。
 
「ぐるぐる巻きにしたら動きを止められて仕留めやすいかも」
 
ヴァイスは返事をしなかったが、ロープの端を受け取って作戦に乗ったことを示した。
シドは防護服を着ていたため、火だるまやまる焦げになることは免れたが、袖をまくっていたため腕に軽い火傷を負った。ヴァイスに助けられたことが気にくわず、苛立ちを募らせる。
 
右目を撃たれて視界が悪くなったキマイラは、伸びロープによって思うように動けなくなり、自らバランスを崩して横転した。山羊がしきりに鳴きつづける。
 
「仕留めろ」
 ロープを巻き終えたヴァイスがシドの隣に着地し、言った。
「命令すんじゃねーよ」
 怒りに満ちた声で答える。
 
キマイラがまた口から火を噴いて見せた。顔に巻き付いていたロープに火が移る。シドは舌打ちをして、床を蹴った。横たわっているキマイラの体を斬り刻み、最後にずっと耳障りな声で鳴き続けていた山羊の首を斬り離した。胴体から斬り離された山羊はもう声を上げることはなかった。
 
「手間取らせやがって」
 
刀についた血を払い、鞘にしまいながら怒りを向けた先はこのホワイトメイズを案内したクラウンだった。そんなシドにルイが駆け寄る。
 
「シドさん、回復薬です」
 
シドは差し出された回復薬を奪うように受け取り、飲み干した。
ルイの後からカイとアールが歩み寄る。
 
「アールさん、目の状態は?」
「まだぼんやりしてる」
「そうですか……」
「早く出ようよぉ」
 と急かすカイは、警戒しながら息耐えているキマイラを見遣り、口から転がり落ちたアーム玉に気づいた。「ん?」
 
カイはへっぴり腰で近づき、アーム玉を拾ってルイに渡した。
 
「ライオンの口から出てきたよー」
「アーム玉……」
 ルイは受け取り、眺めた。
「なんのアーム玉?」
 と、アールが尋ねる。
「わかりません。アーム玉を持っていた人が……」
 途中まで言いかけて止めた。その先に何を言おうとしていたのか、アールは読み取った。
 
──アーム玉と一緒に食べられてしまったのでしょう。
 
それを意味するのは、自分たちの“死”。自分たちをこの迷路に招いたクラウンは、一行を死に追いやろうとしていたとしか思えない。
 
「出ましょう」
 
ルイはそう言って出口へ向かった。
 

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