voice of mind - by ルイランノキ |
「開かねぇな」
シドはドアをこじ開けようとしたが開かなかった。無理矢理開けようとしてもドアノブが壊れそうだ。
「あれかな、出口じゃなくてスタッフルームとか」
と、アール。
「だったらスタッフルームって書いとけ」
「掃除道具入れとか」
と、カイ。
「だったら掃除道具って書いとけ」
「出口だったら出口って書いてて欲しい」
アールは眉間にシワを寄せた。
そんなアールの手を取るカイ。
「ここでお手々繋いで、クーリアーって叫べば開くんじゃなーい?」
「開かなかったらクソ恥ずかしいなそれ」
と、嫌々そうに言うシド。
「まあまあ試そうじゃなーい。じゃあシドはヴァイスんと手を繋いで」
「…………」
シドはなにも言わずにルイの隣に移動した。
「子供みたい」
アールはボソリと呟いた。
「なんか言ったか?」
「別になにも」
左からシド、ルイ、アール、カイ、ヴァイスの順に並び、手を繋いだ。
「全員揃って手を繋ぎって言ってたけど、ヴァイスとシドは繋がらなくていいの?」
と、冗談半分で言うアール。
「円になれとは言ってねぇーだろっ」
「よーし、叫ぶよー」
と、カイが号令を出す。「せぇーのっ」
「クーリアー!!」
一斉に叫ぶと、ドアが内側に倒れるように開いた。
「どんな開き方だよ!」
シドが突っ込んだのもつかの間。一行は息を呑んだ。
ドアの向こう側には広々としたスペースが広がっており、キマイラという魔物が待ち構えていた。ただのライオンに見えたが、胴と頭はライオンだが尾は緑色の蛇だ。そしてよく見ればライオンの頭部の隣にもうひとつ頭があり、牙が鋭く赤い目をした不気味な山羊の頭だった。待ち構えていたキマイラの遥か奥に《出口はこっち》と看板が掛けられているドアがあった。
「うわぁあああぁあぁっ!」
カイが悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、シドに襟を掴まれた。
「落ち着けッ! 迷路に逃げたらまたバラバラになるぞ!」
「いっぱい朝ごはん食べとけばよかった……」
と、アールはお腹を摩る。巨大な魔物を前に、胃もキリキリと痛みはじめた。
「ここは魔法が使えません。回復薬を用意しておきますが、用心してください」
カイが目をまるくしてルイの背中にしがみついた。
「え……てことは結界張ってくんないの?!」
「張れません」
「絶望的じゃないかぁ!」
「行けるか?」
シドが後ろにいるアールに目配せをした。
「がんばる」
キマイラは前脚の爪を床にガリガリと擦りながら威嚇をはじめた。
「ヴァイスさん、アールさんの援護を」
「あぁ」
俺が先に行く、と、シドがキマイラを目掛けて走り出した。そのとき、山羊が鳴いた。──メェエエェエェ!
キマイラもシドの殺気に刺激され、巨大な体を揺さぶりながら向かってくる。巨大な魔物は厄介だが、体が大きい分、身の回りの視野は狭いのが欠点だ。
シドは危険を伴わずすぐにキマイラの足元へ滑り込み、刀を右の前脚に押し当てた。しかしキマイラの皮膚は思ったよりも分厚い。また、山羊が鳴いた。──メェエエェエェ!
「シド後ろっ!」
と、キマイラから距離をとって待機しているアールが叫ぶ。
キマイラの頭に気を取られていたシドの背後から、キマイラの尾である蛇が噛み付こうと跳びかかってきた。振り向きざまに刀を振るうが体を捻ってかわされる。
「私は尻尾狙おうかな……」
と、アールは武器を構え、キマイラが後ろを向いた瞬間に走り出した。
ヴァイスはアールがキマイラの影に隠れて見えなくならないように常に見える場所へ移動し、銃をガンベルトから引き抜いた。父親が愛用していた銃に違和感を覚える。これまで使い続けて来た銃とは違う。形も重みも同じで精巧に作られたモデルガンにすり変わったような、安っぽさを感じる。
ヴァイスの銃は魔銃だ。必要に応じて形を変える銃は、魔法が使えないこの場所で、突然ただのハンドガンに変わってしまった。そのせいで安っぽく感じるのだ。
「盾とかないの?」
と、ルイの背中に隠れているカイは、ルイを盾にしている。
「残念ながら。魔法が使えないこういう場所があるとわかりましたので、検討しておきましょう」
「防護服着てても怖いもんねぇ。あ、アールの防護服、ズタボロにならないねぇ」
「……そういえば最近は聞かなくなりましたね。ですが初めて見る防護服を着ていることもありますし、僕達より何着か多めに持っているのでしょう。ローテーションが増えると1枚の防護服が痛む頻度も抑えられますからね」
「あー、同じパンツばかり履いてたらそのパンツすーぐヨレヨレになるもんねぇ、お気に入りのパンツほどすぐにヨレヨレになって困るよ」
「そういえば1枚お尻の部分が破れていましたね。今度買い替えましょう」
「いつ見たの?! 変態!」
「洗濯機に入れるときにですよ」
「あぁなんだそっかー」
シドはアールが尾を斬り離そうとしていることに気づき、なるべくキマイラの気を自分に引き付けた。
「キマイラって確か……」
と、アールは呟きながら、自分に向かって伸びてきた蛇に剣を振るった。「火を噴かなかったかな……」
蛇がアールの攻撃をするりと交わすと、山羊が鳴いた。──メェエエェエェ!
「ヤギうるっせーな! つーか鳴き声羊だろ!」
と、シドは噛み付いてきたキマイラを床に転がりながら避け、体勢を整えた。「ビジュアル的にもいらなくねっ?!」
「同感」
アールは呟き、大口を開けて向かってきた蛇の首を斬り落としたが、その時に蛇の牙から噴射した液体が左目に入った。そして悲鳴を上げられない蛇の代わりに山羊が鳴いた。──メェエエェエェッ!
痛みに驚いたキマイラが突然向きを変え、アールに牙を向けた。
「──?!」
叫ぶことも出来なかったアールをひょいと抱き抱えてルイの元へ運んだヴァイス。シドはそれを追い掛けようとしたキマイラの尻を斬りつけた。
「テメェの相手はこっちだッ!」
キマイラは怒りに唸りながら再びシドと向き合った。真正面から見るキマイラは大迫力である。
「毒消しはあるか」
と、アールを下ろしたヴァイス。
「毒消し?」
ルイがアールを見遣ると、左目を押さえていた。
「目が……目が熱い……」
「擦らないでください」
ルイは慌ててシキンチャク袋から毒消しを取り出し、アールに飲ませた。
魔法は使えないが魔法の薬だけは効果そのままに使えるのは不幸中の幸いであった。
Thank you... |