voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス28…『ひとり、またひとり』

 
4人が合流したのは午後11時だった。カイだけがおらず、途方に暮れる。
 
「でもよかった。ヴァイスさんも一緒で」
 と、ルイは手繰り寄せてきたロープをアールに渡した。
「カイが一番心配なんだけどね……。食料とか大丈夫かなぁ」
「そうですね……。シキンチャク袋を漁ればもしかしたらお菓子など出て来るかもしれませんが、普段から整理しないので賞味期限が心配です」
「腹減った」
 と、空気を読めないのではなく、読まないシドが言う。「肉食わせろ」
「はい」
 ルイはすぐに従い、準備を始めた。
「少しは我慢するとかないの? カイはまだろくなもの食べれてないかもしれないのに。おにぎり一個で十分じゃない」
「うるせぇな。カイを捜すにも体力いるだろうが。肉食って気合い入れりゃすぐに見つかる」
「適当なことばっか言って……」
 アールは呆れて首を振った。
 
いつもはテント内に出す座卓を迷路の中央に置いて、シドは肉料理を食べはじめた。デミグラスソースの香りがアールの空腹を刺激する。
 
「本当におにぎりひとつでよろしいのですか?」
 と、ルイはノリを巻いたおにぎりをアールに渡した。
「うん。いいの」
「ヴァイスさんもよろしいのですか?」
「あぁ」
 
結局、シドだけが熱々でボリュームがある肉料理を食べた。ご飯も進み、満足し、布団を敷いて横になる。
 
「鬼っ。悪魔っ。今頃カイは空腹で泣いてるよ」
 と、アールは肩を落とした。
「そう思うならおにぎり食うの我慢してから俺に言えよ」
「おにぎりくらい許してよ!」
「まぁまぁ……」
 と、ルイは2人を宥めた。「カイさんに会えたらカイさんの大好物を沢山つくってあげましょう」
 
その日は結局カイには会えずに眠りについた。
アールは、独りからの解放に安心しきっていた。いい夢が見られそうだ。
 
  * * * * *
 
歩道のない道を二人で歩いてる。
 
「アールはさ、映画観たりする? 好きなジャンルとかある?」
 と、彼は訊く。
「あまり観る機会はないけど、地上波でやってるときは観たりするよ? ホラーとか怖いのや、難しいのじゃなければ結構なんでも」
「ホラーは俺も苦手だなぁ。観れなくはないけど」
 
アールのすぐ脇を、車が通り過ぎた。
 
「お化け屋敷とか入れたりするの?」
 と、アール。
「昔はよく友達と入って騒いでたよ。そこのお化け屋敷があまり怖くなかったってのもあるけど、お化け屋敷は面白いかな」
「えー…信じられない。私は絶対にムリだよ。お金払って怖い目に合いに行くなんて理解できない……」
「あはは、作り物だと思えば怖くないよ」
「作り物でも気持ち悪いし怖いよ……」
 
アールの横を何度か車が通り過ぎてゆく。
暫く歩き進めた頃、彼はハッとしてアールの腕を掴んで優しく引き寄せた。
 
「あ、ごめん。車側歩かせてたな、気が利かなくてホントごめん……」
「いいよいいよ、気にしてないから」
 アールは笑顔でそう言った。
「うまく女の子をエスコートとかできないんだよな……ダメダメだな、俺」
「そんなことないよ」
「これから頑張るから。もっと好きになってもらいたいしな」
 
──もう十分好きなのに、これ以上好きになったら壊れてしまいそうだよ。
 
アールは心の中でそう思った。彼の不器用な優しさに心打たれ、癒される。
 
「ありがとう、雪斗」
 
  * * * * *
 
その夢は、実際に経験した思い出の断片だった。雪斗と付き合いはじめて間もない頃の、何気ない時間。
その思い出の記憶が“今”と混ざり合い、狂いはじめる。
 
 アールはさ、映画観たりする?
 
とうとう思い出の中の雪斗は“アール”と呼びはじめた。そしてその違和感に、起きてから気づく。
 
「おはようございます」
 ルイに声をかけられ、アールは体を起こした。
「おはよ」
 
視界に入るのは真っ白い迷路空間と、仲間。カイはまだいない。
 
「めし」
 と、既に起きていたシドが言う。
 
ヴァイスも起きていて、壁に寄り掛かって腕を組んでいる。アールは布団を畳み、シキンチャク袋に仕舞った。
 
「私の分はいいよ、カイと合流するまで」
 そうは言ったものの、少し立ちくらみがした。
「無理なさらないでください。今後なにがあるかわかりません。カイさんだけでなくアールさんまで動けなくなっては困ります」
「そうだけど……」
「野菜スープだけでも飲んでください」
「うん……」
 
──カイ、ごめんね。
どこにいるの? 早く会いたいよ。
 

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