voice of mind - by ルイランノキ |
アールと反対側のロープの先を握っていたルイは、苛立っているシドと曲がり角でバッタリ出くわした。
「シドさん!」
「……やっとか」
さすがのシドもやっと一人と出会えたことに安堵した。
「なぜ刀を抜いているのです?」
ルイは不安げに訊く。
「別に。意味はねぇよ」
と、刀を鞘に入れた。
「もうすぐ21時ですね。アールさんの元へ集まりましょう」
「ちび?」
「えぇ、このロープの先に」
ルイはロープを手繰りながら、シドに伸びロープの説明をした。
「なるほどな。カイもいるのか?」
「僕がアールさんと会ったときにはまだ。もしかしたらもう会っているかもしれません。ヴァイスさんも」
「そういやもう一人いたんだったな」
シドは鼻で笑った。
「シドさん……、以前から思っていたのですが、少しヴァイスさんに対して冷たいのではありませんか?」
「お前らが異常なんだよ。お前もはじめはハイマトスを警戒していたくせに、今じゃすっかりお仲間かよ」
ロープに添ってズカズカと歩く。
「ハイマトスについて、シドさんは詳しく知っているのですか?」
「バケモンだってことはな」
「どの噂も信憑性がありませんよ。悪い噂だけが独り歩きしているような気がします」
「どーだか」
「……少なくともヴァイスさんは、大丈夫ですよ。彼も僕らと同じ、光なのですから」
「…………」
シドはうんざりしたようにため息をこぼした。
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ヴァイスはアールに言われた通り、なるべく彼女から3メートル以内に身を置き、後をついて歩いた。
アールの頭の上にいるスーが時折、後ろにいるヴァイスを見遣り、目をパチクリとさせる。
「……なんだ?」
「え?」
と、振り向いたのはアールだ。
「いや……」
「──? あ、モーメルさん元気だった?」
アールは前を向き、また歩き出した。
「あぁ、おそらく」
「おそらく? 会ったんじゃないの?」
歩きながら後ろをちらりと見遣った。
「少し顔を見ただけだ」
「そっか。……あぁ、そっか」
アールは一人で考えて納得した。ヴァイスはモーメルに会いに行ったというより、ムゲット村へ行ったのだろう。
「ヴァイスはさ……」
「…………」
「立ち入ったこと訊くけど、ヴァイスはふとした時に恋人のこと思い出したりする?」
訊きにくい質問ではあったけれど、訊かずにはいられなかった。
「……忘れたことはない」
「……うん」
わかるよ。
アールは心の中で言った。
「毎日思い出す? 毎日、意識して思い出す? それとも自然と?」
ヴァイスは黙ったまま答えなかった。この中に答えがないからではないと、アールは気づいていた。あまり語りたくはないのだと察した。
「私……最近よく思い出すんだ。意図的になのか自然となのか自分でもわからない。ただ心に蟠りのようなものを感じたと思ったらそれがきっかけのように思い出すの。その時の気分って、なぜかあまりいいものじゃないの」
「…………」
「自分がわからない。思い出したくないわけじゃない。前は思い出したくなかったけど……辛くなるから」
アールは足を止めて、俯いた。
「でも精神的に少しだけ成長したのか、思い出しても狂い泣きそうになるほど辛く感じることはなくなって、今はまた何か違う感情があるような気がして」
そう説明しながら、自分でなにを言いたいのかわからなくなった。
「なんで急に沢山思い出すようになってきたんだろう。思い出さないようにしていたからその反動なのかな」
それまで黙って聞いていたヴァイスが口を開いた。
「──忘れそうなのか?」
その質問に、アールの心臓は鈍い音を立てた。
「なに……? 忘れそう? なんで? 忘れるわけないじゃない」
ヴァイスを見遣り、苦笑した。全身に変な汗が滲んでくる。
「…………」
「なんで忘れるの……ありえないでしょ。なんでそんな質問するの?」
「…………」
ヴァイスは顔色ひとつ変えずにアールを見据えていた。自分が言った発言を訂正することも強調することもなく。
「……ごめん」
と、アールは頭を掻いた。「私今感じ悪かったね」
「いや」
「動揺なんかしちゃって、まるで図星だったみたい」
と、アールは尚も苦笑する。「変なの」
──忘れそう?
質問の意味がわからない。忘れそうだから必死に思い出そうとしてるとでも?
なんで忘れるのよ。なんで忘れそうになるの。
忘れる理由なんかないのに。
忘れる理由なんかない
本当に?
Thank you... |