voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス26…『カイの知恵』

 
「うーん……」
 
カイは履いているズボンの中を見た。そしてアイスファールカップを取り出して放り投げた。ファールカップは3メートル以上跳び、消えた。
 
「もういらなーい。俺のタマタマ復活ー。サイズは大きいままでもよかったけどまぁ良しとしましょう。アールも文句言わないでしょう」
 
ぐんと両腕を上に伸ばして背伸びをした。水筒の水を飲み、歩き出した。
 
「今日も昨日もっ迷路ー。今日も明日もっ迷路ー。坊主の頭はっタワシー。坊主の頭はっ、生え際だーらーけー」
 
歌いながら適当に道を選んでは進んでいく。バテ気味だったが局部の腫れも赤みもすっかり治まり、気分がいい。
 
「どこもかしこもっ生え際ー。だって髪の毛っ短いからー。こめかみつむじっ、ツンツン。タワシも私もっ、ツンツン。今日も昨日もっ迷路ー。今日も明日もっツンツンー」
 
5日目にしてカイがたどり着いたのは、ドアのある行き止まりだった。
左右は壁に囲まれ、目の前の壁には長方形の大きな切り込みがあるだけに見えるドアがある。真っ白いドアノブも付いているが、飾りのようにびくともしない。
 
「なんでだろう。回らないドアノブ。斬新だねぇ」
 
引っ張ってみても、逆に押してみても変わらない。
 
「ここがゴールなのかなぁ。だとしたらこの辺りで待っていた方がいいよねぇ」
 
カイはその場にしゃがみ込むと、上に向かって叫んだ。
 
「アールーっ!! 俺はここにいるよーっ!」
 
そして耳を澄ませる。返事はない。
 
「ずっと叫び続けるのも大変だよねぇ。もしかしたら旅が終わって世界を救ったあとにインタビューを受けて俺の顔を見てアイドルになりませんか? ってスカウトされたら俺断れないと思うし、そうなると綺麗な声を維持していたいし。今ここで叫び続けて喉を痛めたらアイドルになれるかもしれない夢は絶たれてしまうかも。あ、でもルイがいるんだった。喉を痛めてもルイに治療してもらえばいいかなぁ。──いや、もしそんなこと知られたら週刊誌になんて書かれるかわからない。《No.1人気アイドル、カイは喉の治療をしていた! その治療は魔法治療によるもので、喉を治す際に綺麗な声になるように魔法をかけてもらったという事実が発覚!》なんて根も葉も無いことを書かれたらファンの女の子たちに『カイ様のバカ! カイ様の素敵な歌声は生れつきだと思っていたのに! 声帯をいじったのね! 顔をいじるよりも許せないわ!』とか熱狂的なファンなら怒るだろうなぁ」
 
カイはなにかないかとシキンチャク袋をあさりはじめた。
 
「でも真のファンなら『カイ様の声が魔法によって変えられたものでも私のカイ様への想いは決して変わりません。カイ様はカイ様です。愛しています』なんて言ってくれたりするんだろうなぁ。──まぁ怒るファンもそれだけ俺を信じて好きで好きでしょうがなかったから裏切られたと感じたショックは大きかったんだろうけど。だから俺は言う。『何を書かれようが俺は、ファンを愛しているし、今回の件で俺を嫌いになったファンがいたとしても、俺は感謝する。信じてくれとは言わないさ。疑うも信じるも君たちの自由だ。俺は変わらず、ファンを愛し、ファンに感謝し続ける。それだけさ』ってね。俺は変わらないって意味で」
 
そしてカイはシキンチャク袋から音楽プレイヤーを取り出して、ボリュームを最大に上げ、リピート機能と再生ボタンを押した。
 
 朝が語りかけてくるよ、おはよー。
 俺は語り返すよ、おはよー。
 今日もいい天気だよって、朝日。
 見ればわかるよって笑う俺。
 
 昼が語りかけてくるよ、起きろー。
 俺は語り返すよ、寝かせてー。
 二度寝は気持ちいいけどねって太陽。
 なら起こすなよって笑う俺。
 
 夜が語りかけてくるよ、もうしらん。
 俺は語り返すよ、寝る時間じゃん。
 一日中寝てたねってお月様。
 何回か起こされたけどって笑う俺。
 
 嗚呼 無駄に過ごした日。
 でも 身体は休めたそんな日。
 
 明日はどんな一日になるのかな。
 予定はなんにもないけれど。
 
 ラララ、ラララン
 ラララ、ランラララ……
 
「懐かしいなぁ。俺が小さい時に録音した歌だー」
 
この音に気づいてくれたらいいなと思いながら、カイは大の字に寝転がった。
 

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©Kamikawa
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