voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス23…『白白白』

 
無機質な白い壁。白一色の空間。どこを見ても白い。白以外なにもない。影さえもない。
そんな真っ白い空間にいると時折動悸がして頭がおかしくなりそうになる。その度に自分を見遣った。色のある服。形のあるもの。柔らかい手触り、体温。
そしてしばらく自分から目を逸らせなくなる。真っ白くなにもない空間に目を向ける恐怖、真っ白い空間にぽつんと置かれた孤立感が芽生えてきて精神的な苦痛を感じる。
 
「…………」
 
アールは膝を抱え、顔を埋めていた。
その横には空っぽになったリュックが放り出されている。お腹の虫が鳴る。
 
あれから5日が経っていた。まだ誰とも会えていない。広い範囲を歩き回ったような足の痛みはあるけれど、もしかしたら同じ道を何度も通り、狭い範囲をうろちょろしていただけなのかもしれないと思いはじめると動く気力がなくなってしまった。
 
3日前、微かにカイの声が聞こえたような気がして大声で叫んでみたけれど、返事はなかった。その日は1日中叫び続け、翌日には声が掠れてしまい、叫べなくなっていた。
 
昨日は誰かの足音が聞こえたような気がした。また声を上げたり跳びはねて音を鳴らしてみても返答はなく、空耳だったのだろうかと絶望感に陥った。
 
食材はなるべく抑えるつもりだったが、気が狂いそうになったとき、寝ようにも空腹で眠れずに沢山食べてしまった。明日我慢すればいいと思っていたが、次の日も我慢出来ずに食べてしまった。
 
「…………」
 
今は不快感しかない。イライラしてくる。
それは全員そうだった。
 
皆へたりこんでしまい、動く気配がない。
色のない空間にいると恐ろしく無気力になってくる。
 
それでもゆっくりと立ち上がったのはルイだった。体が怠く感じる。足が重い。
 
「誰か……近くにいませんか」
 
迷路の地図を描いていたノートは真っ黒になっていた。一度眠って起きたとき、自分で描いたはずの地図が理解出来なかった。消しゴムで消しては書き足し、また新しい道を繋げ、結局また消して、どの線がどうなっているのかもわからない程に書き込んでいた。
 
次に動き出したのはヴァイスだった。
スーを肩に乗せて無言で歩く。一度どころか何度も通ったかもしれない道を選び、歩き、耳を澄ませた。近くに人がいる気配がない。
 
それからしばらくして、アールも動き出した。
何度か立ち上がろうとして、その場にへたりこむ。吐き気がして、嘔吐いた。
 
「印しさえつけられたら……」
 
空っぽになったリュックを置いて歩き出した。アールが離れるとリュックは消えてしまった。
 
「なにか……なにかないかな……なにか……」
 
壁にぶつかりながら適当に道をゆく。
 
「誰か会えたかな……カイ……ルイと会えたかな……」
 
カイの声が聞こえた気がした3日前、本当に近くにいたのだろうか。カイに自分の声は聞こえていただろうか。カイは何か役立つ道具を持っていないだろうか。スピーカーマイクとか。そういえばモーメルさんの家でおかしなおもちゃがなかっただろうか。確か吹けば近くにいる人が必ず寄ってくる笛とか。あれがあったら……。
 
「あれ……?」
 
アールは立ち止まった。笛はない。ただ、なにか貰ったはず。
 
「……花火。……あとロープ。伸びロープ!」
 
アールはシキンチャク袋から伸びロープを取り出した。興奮して手が震える。これは使えるんじゃないだろうか。なぜ5日間も思い出さなかったのか、自分が憎い。
試しにロープを伸ばしながらロープの先端から離れてみた。ロープはアールに繋がっているため、いくら離れても消えることはなかった。
 
「どこか引っ掛けるとこ……は無いか。巻き付けるとこ……もないか。引きずるしかないじゃん!」
 
“伸び”ロープの意味がない。伸ばしながらならかなり長い距離をロープを引っ張って歩けそうだ。それが出来ればある程度は同じ道ばかり進むこともなくなるしどこかでロープを見つけた仲間がロープを伝って自分にたどり着くかもしれない。
 
「スーちゃんがいたら先端持って待機しててもらえるのに……」
 
いざという時に現れてくれるスーも、今回ばかりは現れない。
 
アールはロープを引きずりながらトボトボと歩いた。そして、“繋がっていない壁”を見つけた。縦の長さは無限大、横幅は5メートルの壁だ。ここに巻き付けるとしよう。かなりロープを使うことになるが、確か1センチで1メートルは伸びるはずだ。なるべく引っ張ってくくりつけよう。
 

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