voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス16…『不快な夜』

 
深夜1時過ぎ。アールは閉じた仕切りの向こう側で、眠れずに起きていた。ミラが言っていた“お姉さん”が気になってしょうがない。
ポスターに写っている化粧をした女性、で思い出すのは何度かポスターや雑誌で見掛けた“エイミー”という女性だった。
 
「…………」
 アールは顔をしかめ、胸を摩った。なんだか胃がむかむかする。
 
仕切りを開けてルイたちを見遣った。みんな眠っている。深い眠りに入った頃かもしれない。
物音を立てないように気をつけながらテントの外に出た。体を前屈みにして、胃を摩りながら公園の端まで歩き、葉が落ちた木の根元で嘔吐した。
 
ふと、人の気配を感じ、ため息まじりに言う。
 
「言わないで。みんなには」
 
ヴァイスが公園の外にいた。公園を囲むフェンスに寄り掛かっている。
 
「慣れると面倒だ」
「……うん、わかってる。薬は飲んでるし、治そうと思ってるから」
「…………」
「癖になると厄介だし」
 
アールは嘔吐物に足で砂を掛けた。
 
「スーちゃんは?」
「眠っている」
「すっかり気に入られたね」
「…………」
「落ち着くのかもね」
 
夜風が公園に流れ込み、足元の砂を少しだけ巻き上げた。枯木は風に靡くことなく静かに立っている。
 
「ヴァイスには、やなとこばっか見られてるね。ヴァイスが人間の姿に戻ったときからだと、泉で溺れてる姿からかなぁ」
 と、アールは自分が情けなくなって苦笑した。
「なんかダメダメだね、私。何回気合い入れて何回前向きに頑張ろうと思って、何回落ち込んだり後ろ向きになったことか……。同じ繰り返しで全然成長してない気がする」
「人間とはそういうものだ」
 と、ヴァイスは言った。
「そう……?」
「なによりお前は人間らしい。前向きに生きようと決めたその時から、言葉通り前向きに生きられる人間のほうが珍しい」
「……それにしても私は波が多過ぎるよ。自分に疲れる。きっとみんなはもっと私に疲れてるよ」
 
愚痴を言うのは気が引ける。どうせ私は……などと言われたら不快に思うだろうなとわかってはいても、甘えてしまう。年上だというだけで愚痴を聞いてやる役目を負わされたヴァイスはきっとたまったもんじゃないだろうけれど。
 
「波が多い、それがお前だ。それを仲間は理解している」
 

──仲間は理解している。
その言葉にだいぶ救われた。
 
似たようなことを久美に言われたことがあった。
人見知りだったときに、せっかく久美が友達になってくれたのにいつまで経ってもうまく喋れなくて毎回落ち込んで帰宅して。
やっと人見知りがなくなった頃に改めて謝った。「あの頃はうまく話せなくてごめんね」って。
そしたら久美は笑いながら言ったんだ。
 
「そんなこと気にしてたの? 確かに口数が多い方じゃなかったけど、それが良子だって思ってたから別に気になんなかったよ。よく喋る友達と良子は違うんだからさ。逆によく喋る日は驚いたよ、今日はかなりご機嫌なんだなぁって。人見知りだって知ってからは頑張って喋ってくれてるんだと思ったけど」
 
せっかく久美と遊びに出掛けても無理していたせいで帰りは落ち込んだり上手く喋れなかったことを後悔していた。勿体ない。
もっと気楽に楽しめばよかった。
 
でも、人見知りだと理解してくれてるから無理してしゃべんなくてもいいや、なんて思えない。
だから無理はするけど、理解してくれている、ということは焦って空回りしてばかりいた私を落ち着かせてくれた。

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マナーモードにしていた携帯電話の振動で起きたのはルイだった。
枕元の時計に目をやり、こんな時間に誰だろうと携帯電話を確認した。ルイの表情が曇る。小さくため息をつき、電話に出るためにテントを出ようと立ち上がろうとして気づく。仕切りのカーテンが開いている。アールの姿はない。
 
「…………」
 
ルイは布団の上に座りなおし、鳴り続けている携帯電話を握ったまま膝を抱えた。
着信はしばらく続き、ようやく止んだとき、ルイは安堵して横になった。掛け布団を被りなおす。
寝苦しい夜。
もう鳴っていない携帯電話がまた振動している気がして何度も携帯電話を開いて確認するルイは、逃れられないなにかに苦しんでいた。
 

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©Kamikawa
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