voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス15…『うた』

 
「待って!」
 
アールがミラを呼び止めたとき、ミラはゲートボックスに入ろうとしているところだった。
 
「なあに?」
「…………」
 
アールは乱れた呼吸をなんとか落ち着かせた。
そこにアールの異変を感じたルイたちが駆け寄ってくる。
 
「訊きたいことが……あるの……」
 アールは額の汗を拭った。少ししか走っていないのに、気持ち悪い汗がじわりと溢れてくる。
「なに?」
「今の……なに? 今の歌、なんで知ってるの?」
 
決して聴き間違えではない。耳を凝らして、少女を追いかけながらそのメロディと歌詞を聴いた。
 
「アールさん?」
 後からやってきたルイが、何事かと問う。
「どうして?」
 と、ミラは首を傾げた。
「だってその歌……」
 
アールは言葉を閉ざした。
どう言えばいいだろう。例え子供が相手だとしても身分は隠さなくてはいけない。自分が本物である情報を蒔いてはいけない。
 
「私も、好きなの」
 と、笑顔をつくった。「その歌、私の周りに知ってる人がいないから驚いたの」
「そうなの?」
「うん。だから、どこで知ったのかなって」
 
動揺をひたすらに隠しながら、逸る気持ちを抑えて少女からの返答を待った。
 
「おねえちゃんに教えてもらったの」
「おねえちゃん? あなたの……?」
「ううん」
 ミラは首を振る。「ここに遊びに来たおねえちゃん」
「この村の人じゃなくて? 何歳くらいの? 名前は? なにしにここに?」
 
つい質問攻めにしてしまう。
 
「わかんない!」
 と、質問攻めにされて嫌になったのか、ミラはそう言い放った。
「あ……ごめん、ごめんね。私会いたいの、そのおねえさんに。お話がしたいなって」
 アールは慌てて気持ちを落ち着かせた。
「わかんないもん。名前しらないし、ここに来たのは、探し物をしてていろんな村を回ってるって言ってた。何歳かもわかんない」
「私より若そう?」
 と、中腰になって自分の顔を見せるが、ミラにとってもアールは十代くらいに見えるだろう。
「ううん、おねえちゃんよりおねえちゃんだと思うよ」
「…………」
 
あまり当てにはならない。
 
「他になにか……知らない? 歌を教えてもらったってことは、覚えるまで一緒にいたってことだよね?」
 サビだけなら簡単に覚えるかもしれないけれど。
「うん。でもなんにもしらない」
「そう……」
 アールは視線を落とした。
「あ! そのおねえちゃんに似てる人、違うとこで見たよ」
「似てる人?」
「うん、ルヴィエールっていう街で、お店のガラスに貼ってたの。写真。似てたよ」
「…………」
 アールは眉をひそめた。
「ポスターということでしょうか」
 話の流れをいまいち掴めないが、ルイがそう訊いた。
「うん。でもね、ここで会ったおねえちゃんはお化粧してなかったから、ちがう人かも。でもちょっとだけ、似てたよ。もう帰るね」
 と、ミラはゲートボックスへ。
「あっ……ありがとう。気をつけてね」
 
まだ訊きたいことはあった。でもこれ以上訊いてもなにも出て来ないだろう。
ミラが村を去り、再び静けさが戻った。
 
「アールさん、説明していただけますか? ただ事ではないように思えましたが」
「歌がどったの?」
 と、カイも訊く。
 
アールが振り返ると、いつの間にか全員揃っていて驚いた。
 
「あの子、歌を歌ってたの。その歌、あの子が知ってるわけないの。だって……私の世界で流行っていた歌だよ? この世界の人間が知ってるわけないんだよ」
「え……」
 
一同は訝しみ、顔を強張らせた。
 
「私以外に知ってる人がいるとしたら、タケルくらいだよ……」
 
でもタケルはいない。それにミラは“お姉さん”から教わったと言っていた。それがなにを意味するのか、まだ誰もわかるはずはなかった。
 
この世界にもうひとり、自分と同じ世界から来た人間がいるのかもしれない。
アールは意味もわからず心にもやもやとした不安や寒心が広がってゆくのを感じずにはいられなかった。
 

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