voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス14…『ミラ』

 
「大丈夫だよ? クロちゃんをいじめたりわたしをいじめたりしなかったらなにもしないよ?」
 と、ミラは黒い塊に近づいた。
 
猫のような目が三っつついている生き物は、鉛筆でグルグルと真っ黒に塗り潰したような異様な姿だった。
 
「ただの魔物ではありませんね」
 と、ルイは眉をひそめる。
「どういうこと……?」
 と、アール。
「この世のものとは思えません。モンスターが人を襲うようになって魔物化したものでもなければ、シュバルツが作り出した化け物でもない」
「クロちゃんはね、わたしの弟なの。おかあさんがクロちゃんを産んだんだよ?」
 
そう言ってミラはブランコに向かうと、黒い生き物もミラについて行った。
 
「産んだ……? 化け物を産んだってことかよ」
 と、シド。
「父親が黒魔術師だった可能性があります。母親の体を利用して、自分に従う化け物をつくりだした……」
 ルイはブランコを漕いでいるミラを見遣った。
「ひどい……」
 そう呟いたのはアールだった。
「酷いかどうかはわかりません。両親共にムスタージュ組織の一員だったなら、母親も望んで受け入れた可能性もあります」
「そんなことって……」
「もちろん、真相はわかりません。もう二人共いないようですし……。それから、気になることがもうひとつ」
「エルナン……でしょ?」
 
アールは覚えていた。ログ街でカゲグモを飼育していた男だ。ルイの目の前で爆死した。
 
「彼はブランという名前を口にしていました。ムスタージュ組織の……黒幕かもしれません。あの子が隊長だったなら、大人を纏めるのは無理でしょう。十六部隊は何名いたのかはわかりませんが、おそらく単独行動をしていたのだと思います。中にはチームになってグロリアの存在を追い、僕らの代わりを引き受けていたゼフィル兵と対面し、敗れたのではないかと」
「じゃあさぁ」
 と、カイ。「あの写真の人も組織の一員だったのかなぁ」
 
ルイはシキンチャク袋から写真を取り出し、眺めた。この公園の噴水の前で撮られた家族写真と思われるものだ。
そして思いつめた表情で、ブランコで遊ぶミラに近づいた。ミラの周りにいた黒い生き物が一斉にルイに目玉を向ける。
 
「すみません、この人をご存知ですか?」
 ミラはブランコから跳び降りてルイの元に駆け寄ると、写真を覗き込んだ。
「知ってるよ? おとうさんの友だち」
「この、男性がですか?」
 と、写真に写る男を指差した。
「うん。おとうさんの友だちと、その家族だよ? 死んでもういないけど」
 
死んだ、と平然と簡単に口に出す少女は、人の死に慣れた環境にいたのだろう。まるで“引っ越したからもういない”とでも言うように、死んだからいないのだと説明した。
 
「でもなんでおにいちゃんがこの写真もってるの?」
 ミラは首を傾げる。
「とある街に寄る途中の荒野に袋が落ちていて、その中にあったのです」
「そっか。じゃあそこまで生きてたんだね」
「え?」
「うらぎり者なんだよ? 組織から足を洗いたいって言い出したの。だからおとうさんがずっと前に村を追い出したの。うらぎり者は消されるから、すぐに死ぬだろうっておとうさんが言ってた」
「この奥さんと息子さんは……?」
「死んだよ? バーンって弾けとんだの」
「…………」
 
居た堪れない。家族全員不要とみなされ、消された。
椅子に座っていたアールがルイに歩み寄った。
 
「あなたは……大丈夫なの?」
 ミラという少女に問う。
「なにが?」
 きょとんとミラはアールを見上げる。
「あなたには、属印、ないの?」
「ぞくいんってなに?」
 
ルイはハッとして、アールの代わりに訊き直した。
 
「体のどこかに、模様、マークのようなものはありませんか?」
「…………」
 ミラは虚空を見遣り、考えた。
 
もし少女に属印があったとして、他の仲間が誰ひとりいないとなるとまだ子供であるミラは不要とみなされないだろうか。3匹の魔物を従えているといっても、組織の戦力になりうるだろうか。
 
「あった!」
 と、ミラは言った。
「え……ほんとうに?」
「うん、おとうさんとおかあさんの腕に」
「あなたは?」
 アールは食い入るように訊いた。
「ないよ?」
「ほ、ほんとに?!」
「うん」
 
アールとルイは顔を見合わせ、ほっと胸を撫で下ろした。十六部隊隊長の後継ぎというのは名ばかりだったようだ。村人たちは彼女を取り巻く魔物に怯え、言いなりになるしかなかったと思われる。
 
「わたしそろそろ帰らなくちゃ。おばちゃんが心配するの。あのね、クロちゃんにときどき会いに来るの。クロちゃんたちは連れていけないから」
「おばちゃんとは?」
「おかあさんのおねえさんなの」
「そうでしたか、お世話になっているのですね」
 ルイは安心し、笑顔でそう言った。
「じゃあみんな、解散だよーっ」
 ミラがそう叫ぶと、黒い生き物は体を引きずりながら公園の外へ散って行った。
 
「恐ろしい子だ……」
 カイは食卓の椅子に座り、呟いた。
「気味の悪い化け物に好かれただけのガキだろ」
 と、シドは頬杖をつく。
 
ミラはカイたちに歩み寄り、バイバイと可愛く手を振った。その可愛らしさにさっきまで気味悪がっていたカイもつい笑顔で振り返してしまう。
ミラは上機嫌で駆けてゆく。公園を出て、アールたちから姿が見えなくなったとき、ミラが口ずさむ歌が風に流れて聞こえてきた。
 
  目を閉じれば 目の前に君がいて
  記憶の中の君の声が 私のすぐ耳元で囁くの
  だけど 目を開くと君の姿はどこにもなくて
  現実はなんて残酷なんだろうと 涙にくれた──
 
その歌にアールはミラを見送ったときの笑顔を無くした。微かにまだ聞こえるミラの歌声。アールの鼓動が速くなり、気が付けば走り出していた。
 
「アールさん!」
 

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©Kamikawa
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