voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール14…『賭け』

 
「外が騒がしくなってきたみたいだね」
 と、研究者と名乗る男が呟いた。
 
アールは黙ったまま、この状況からどう抜け出そうかと思考を巡らせる。
 
「どうしたんだい? 口数が少なくなって、急に怖じけづいたようだね」
「……私を食べるってどういう意味?」
「そのままの意味さ。召喚した彼等との契約の証として、彼等が好む人肉を僕がはじめに喰らう。そして奴等に分けてやるのさ。僕がお前たちのリーダーだと教えてやらないとね。そして彼等を従わせ、この僕が、世界を変える……」
  
隣の部屋からは、物が倒れる音や、本が崩れ落ちる物音が続いていた。待ち切れない魔物達が暴れているのだろう。
 
「今、何時?」
 と、アールは時間が気になって尋ねた。
「5時35分だよ」
 と、 腕時計を見て答えながら、男は柔らかな笑顔を見せた。
 
6時まで30分を切っている。外からは人の叫び声が聞こえる。警報も流れた。アールはこの騒ぎならルイ達はもう気付いているだろうと考えた。しかし、魔物の数は30……一斉に放たれたらルイ達は街の住人を守るだけで精一杯かもしれない。最初から助けを当てにしちゃだめだ。自分の身は自分で守らなければ。
 
「無駄さ……」
 と、男が呟く。
「え……?」
「何処に逃げても、彼等(魔物)は追いかけ捕まえる。一匹残らず平らげるさ」
 
アールはホッと胸を撫で下ろした。自分の心の中を読まれたのかと思ったからだ。
 
「……あのっ、私の武器、返して下さい」
「わかった。……とでも言うと思ったのかい?」
 と、鼻で笑う。
「私、手も足も縛られてるし、近くに持って来てくれるくらいいいでしょ……?」
「どうするつもりなんだ?」
「どうもしない。あれは私の大事な物だから、どうせ死ぬなら側に置いておきたいだけ……」
「ふんっ。君の願いを叶える必要がどこにある?」
 と、意地悪く男は言った。
「もういい!」
 
武器が側にあったところで、どうすることも出来ない。ただ、チャンスがあればと思っていたのだが、呆気なく失敗に終わった。
焦る気持ちだけが先走る。時間が無いと思えば思うほど、パニックになる。このままでは確実に殺される。アールの体は男の手によって斬り刻まれ、男の歯で噛みちぎられ、男の胃の中へと納められるのだ。
アールは恐怖で体が強張り、小刻みに震えていた。胃が締め付けられて、吐き気さえしてくる。
 
「この世界は……救われる」
 と、アールは突然、呟いた。
「僕の味方にでもなったつもりかい?」
「ううん……救われるけど、この世界を救うのは、あなたじゃない」
 アールがそう言うと、男は血相を変え、アールの首元へと手を伸ばした。ギリギリと首を締め付ける。
 
アールはみるみるうちに顔が赤くなり、苦しそうに呻いた。
男は顔を近づけ、言った。
 
「なんだと? なら誰が救えると言うのかなあ?」
「……わたし」
 アールがそう言うと、男は目を丸くし、手を離して高笑いした。
「あっはっはっは!! 何を言い出すかと思えばっ!!」
 
アールは酷く咳込み、苦しそうに呼吸を繰り返した。──頭がクラクラする。
 
「笑いのセンスだけは、認めてあげるよ」
 男がそう言うと、アールは呼吸を整えてから言った。
「悪いけど……、私は本気だから」
「ふん。最期の悪あがきか」
「なら、勝負してみる……?」
 と、アールはこの時を待っていたように言った。
「……勝負?」
「どっちが世界を救う者として相応しいか。隣の部屋にいる魔物、30匹。私一人で倒してみせる」
 そう強気で言っては見たものの、声の震えを抑えることに必死だった。
「無理だ」
「どうかな、やってみなきゃ分からないじゃない」
「時間の無駄さ」
「──私に勝てる自信がないんじゃないの?」
「なんだと……?」
 
アールは、これだけプライドが高そうな男のことだから、挑発には乗るはずだと思ったのだ。それに興奮している男は冷静な判断が出来ないだろうと思ってのことだった。
それにこの挑発に乗ってくれたら、一先ず手足を縛っているロープを解いてもらえる。手も足も出せない現状を変えられるならなんだっていい。
 
「もし、私が負けたら、なんでもする」
「なんでも……か」
 男は腕を組み、案の定、気持ちが揺れ始めているようだった。
  
男には男のプライドというものがある。女からの挑発に乗るのは不本意だろうが、断って逃げていると思われるのも不本意だろう。なんでもするというオマケ付きならどうだ? と、アールは考えた。
 
「なんでも。あなたの手下にでもなるよ。その変わり、私が魔物を倒したら、貴方には罰を受けてもらう」
「罰……」
「禁忌を犯したんでしょ? その罪を認めてもらう」
 アールは内心、断られるんじゃないかと不安だった。それを悟られまいと、男の目を見据えた。
「……ふん。まぁいい。そのお遊びに、付き合ってあげるよ」
 その言葉に、心底ホッとしたが、顔には出さなかった。
「どうもありがう。じゃあ縄を解いて」
「……いや、その前に結界を張り替える。今のままだと、6時になれば自動的に魔物が外に出てしまうからね。君の勇姿を見れなくなってしまっては勿体ない」
 そう言うと男は一先ず部屋を出て行った。
 
アールは大きなため息を零した。この賭けに、自信があったわけではなかった。寧ろ不安の方が遥かに大きい。それでも、何も出来ないまま殺されるよりはマシだった。それに、少しでも魔物の数を減らすか、ダメージを与えられれば、ルイ達の負担が減ると思ったからだ。
 
暫くして戻って来た男は、目の前に獲物があるのにお預けをくらった獣のような目をしていた。手にナイフを持ち、アールを縛っている手足の縄を解いた。
 
「さて……、ゲームの始まりだよ。見物客もいるようだ」
 
男はそう言うと、隣の部屋にいた魔物達が一斉に唸り声を上げた。
 
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──数分前。
 
「どうだ?」
 と、走って来たルイにシドは尋ねた。
「裏に回って見ましたが、建物を覆うように結界が張られていて、侵入は不可能ですね……」
「じゃあ俺らはこの結界が解けるのを黙って待つしかねぇのかよ……」
「戦闘部隊も来てくださりましたし、何がなんでもこの場で食い止めましょう」
「おまえ結界張って食い止めらんねぇのか?」
「これだけの人数とあの魔物を囲むスペースの結界を張るのは、今の僕だけの力ではとても……」
 
ルイ達の後ろには、50人程の戦闘部隊が武器を構え、整列していた。
 
「おい、誰か中にいるぞ!」
 シドが館内にいる人影に気づいて叫んだ。
 
ルイはガラスドア越しに図書館内を見遣ると、うごめく魔物達の中に人の姿が見えた。
 
「犯人のお出ましだな」
 シドはそう呟いて刀を抜いた。
「えぇ……。20代後半の痩せ型男ってところでしょうか」
 その男は、暫く外の状況を眺め、ガラスドアに手を添えた。
「結界を外す気か……?」
 と、シドは警戒する。
「時限結界ですよ? わざわざ出向いて外す必要は……」
「時間を速める気なんじゃねぇのか」
「……僕、行ってきます」
「おいっ!」
 ルイは、男がいる図書館の出入り口へと走った。
 
中では所狭しに“その時”を待つ魔物達が、唾液を垂らしながら前足で床を引っ掻いている。
男は近づいてきたルイを訝しげに見つめた。
 
「貴方がこの魔物達を召喚したのですね」
 ルイが問い掛けると、男は俯いてニヤリと口元を緩ませた。
「そうさ。君は、魔導士か……僕は“魔術使い”だよ」
「目的は何だ?!」
 と、ルイの後ろからシドが近づき、男を睨みつけた。
「そのうち分かるさ。馬鹿な“女の子”とのゲームが終わったらね」
「女の子……?」
 と、ルイの脳裏にアールが浮かんだ。
 
男は結界を張り替え、すぐに奥へと消えてしまった。
 
━━━━━━━━━━━
 
「さぁ、行くんだ。何匹倒せるか、見物だね」
 と、男はアールに言った。
「分かった」
 アールは恐怖で怖じけづきそうな心境を悟られないように、心を落ち着かせた。
 
ドアの横に立て掛けてあった武器を腰に掛け、剣を抜く。ふと、今振り返って男を脅すことを考えた。でもその考えは直ぐに消し去った。魔物を召喚できる男だ。どんな力を秘めているかわからない。あっという間にまた捕まってしまうかもしれない。そうなれば、男の計画通り自分は餌になり、魔物は街へと放たれる。
 
ドアノブに手を掛けようとした時、男が小馬鹿にしたように言った。
 
「少しは楽しませてくれよ?」
 
──ここで死んだら 二度と帰れない 二度と会えない……。
 
アールは大きく深呼吸をして、魔物がうごめく部屋へと飛び出した。
 
 

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