voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷26…『支え』

 
宿を飛び出して目的もなく走りつづけた。
その間にこれまで出会って命を落とした人達の顔が次々に浮かび、次々に同じ言葉を口にしては消えていった。
 
  お 前 の せ い だ
 
亡くなった時の姿を見ていない人達の顔までもモノクロで苦痛に歪んでいた。
自分達の邪魔をしてくるムスタージュ組織の連中さえ、自分と関わったせいだと思えてくる。向こうから邪魔をしてきたというのに。でもそれをそう仕向けたのは自分の存在で。
 
「はぁ……はぁ……」
 
息を切らして辿り着いたのは星影丘だった。
階段を駆け上がったせいで血を吐きそうなほど息苦しいが、階段下を見下ろして随分と体力がついたなとも思い、空笑いが零れた。
 
手摺りに手を置き、体を前のめりにして呼吸を整えようとするが、心臓が激しく動いて呼吸が追いつかない。胸を押さえながら酸素を必死に取り入れる。そうこうしていると目に涙が滲んだ。
 
「どうかしたのか?」
 
その低い声にまた心臓が不自然に跳びはねる。
 
「……別に。なんでもない」
 
なんともないと言うように、アールは背筋を伸ばし、彼がいる反対側を向いた。
いつの間にか隣にヴァイスがいた。
 
「そうは見えないが」
「…………」
 
ひとりになりたかった。でも、ひとりにしてと言えば“大丈夫じゃない”と言っているようなもので。
 
ヴァイスは何も言わずにアールから人一人分空けて丘の眼下を眺めていた。ひとりになりたいアールの邪魔をするわけでもなく、何があったのか聞き出そうとするわけでもなく、ただそこに静かに居続けた。
 
それが優しさなのか、ただこの場所がお気に入りで居続けているのかアールにはわからなかったが、ヴァイスが隣にいることで崩れつつあった心が落ち着いてくるのがわかった。
 
「私の存在って……本当にこの世界を救う為にあるのかな」
 
心の中で思っていた言葉が自然と口を出る。
 
「生きているだけで人殺し……色んな人が死んでく。それって必要な死なのかな。ヴァイス、人を撃ったよね……撃つ必要あったのかな、命奪う必要あったのかな……」
「…………」
 
黙っているヴァイスの肩にいるスーは、アールに視線を向けながらパチクリと瞬きをした。
 
「わかるよ、シドが言ってた。殺(ヤ)らなきゃ殺られる。わかってるけど……」
「お前は直接人を殺す必要はない」
「……なんで? ヴァイスやシドが代わりに殺すから? そんなの押し付けてるみたいで……」
「殺せるのか? お前に、人を」
「…………」
 アールは苦痛に顔をしかめた。
「お前が生きていた世界と、この世界は違う。時代も、環境も、人も、なにもかもだ」
「でも人殺しに代わりはない……私の世界でも戦争はあった。私が住む国で起きた戦争は私が生まれる前に起きたことだけど、別の国ではまだ戦争が盛んで。当たり前のように人を殺すの。戦争なら人を殺しても罪にはならない、罪にならないから平気で殺す。命じられたから、使命だから殺す。もしかしたら中には本当は人を殺したくないと思っている人もいるかもしれないけど……キレイ事言ったところでどうにもならないけど……」
「お前は、どういう答えを貰えば納得するんだ?」
 ヴァイスの問いに、アールは首を左右に振った。
「……納得する答えなんかない。きっと」
「…………」
「人殺しだと言われようが、自分と関わった誰かが次々に死んでしまおうが、全てはこの世界を救うため。そう信じていかなきゃいけない。私にはそれができない。いつだって疑問ばかり残る。そもそもなんで私なのかわからないから……なんで私が選ばれたのか……私……」
 
言葉が喉をつっかえて、変わりに涙がこぼれ出た。
 
「私最低なんだよ……やっぱりタケルだったらよかったのにって思ってる。なんでかわかる? 怖いの。タケルのほうがしっかりしてた。タケルのほうがみんなと打ち解けてた。タケルのほうが英雄になるのに向いてる。勇気もあったし、前向きさもあった。理由はいくらでも出てくるけど今の私はただ……タケルに全部押し付けたいだけだ……」
 
星影丘に南から風が流れ込み、一つに束ねているヴァイスの髪を揺らした。
 
「どうしてほしい」
「…………」
 俯いたアールの目からぼたぼたと滴が落ちる。
「何をすればいい」
「…………」
「どうすれば……お前は楽になるんだ」
 
ルイのように支えてやる優しい言葉を上手く探せない。
シドのように一見突き放すようで背中を叩いて自分と向き合わせてやることも出来ない。
カイのようにくだらない話をして笑顔にしてやる方法も、ヴァイスには出来なかった。
 
「ごめっ……背中貸して……」
「…………」
 
ヴァイスは黙ってアールに背中を向けた。
アールはヴァイスの服を掴み、背中におでこをくっつけて泣いた。必死に声を押し殺しながら。
 
スーはそっとヴァイスの肩から下りると、近くにあったベンチに飛び乗り、目を閉じた。
 
真っ暗闇に浮かぶ三日月と星。
ベンチの後ろに立つ街灯が二人をぼんやりと照らしている。
 
 “もしも世界を救えなかったら”
 
いつもその不安は消えずにアールの心を支配していた。
 

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©Kamikawa
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