voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷17…『思い出』◆

 

 
「やばい……猛烈に可愛い……」
 と、アールは台に身を乗り出した。
「いらっしゃい。やるかい?」
 と、出店の中のパイプ椅子に座っている男が言った。
 
アールの目を奪ったのは射的の対象物が置かれた商品棚にある、小さなぬいぐるみだった。あほ毛のあるまんまるヒヨコが可愛い。
 
「ほしい……」
「じゃあ撃って取ってくれ。300ミルで5回だ」
「やる」
 
射的などやったことがない。コルク栓式の銃を持つと意外に重くて驚いた。
とりあえず見よう見真似で銃を構え、なるべく銃と同じ高さに目線を置いた。
 
「ここだ!」
 引き金を引くとこれも思った以上に衝撃があって全く狙っていない場所へ飛んでいった。それも商品が並んでいない場所へ。
「下手くそだなぁお譲ちゃん」
 と、店の人に笑われるがアールはヒヨコのことしか考えていない。
「次こそ!」
 と撃った二度目も的をかなり外した。
 
そして結局5回とも、どの商品にもかすりもしなかった。そうなると余計にヒヨコが欲しくなってくる。あほ毛が可愛い。
 
「おっちゃんもう1回」
「はいよ」
 
今度こそ……。
アールは片目を閉じてヒヨコに狙いを定める。どの辺りを狙えばいいのかさっぱり分からないが集中力だけはずば抜けていた。周りの騒がしい人々の声が遮断される。そして引き金を引こうとしたとき、耳元で低い声がした。
 
「待て」
「え……?」
 振り向くとすぐ隣にヴァイスの顔があった。
 
シャットアウトしていた周囲の音が戻ってくる。
 
「もう少し上を狙え」
 ヴァイスはアールの右後ろから右手を伸ばしてライフルの下に手を添えると、角度を調整した。「ここだ」
「え、こんなにずらすの?」
 顔が近すぎて横を向けない。
「しっかり握れ。ぶれると外れる」
「は、はい……」
 
心臓がドキドキと高鳴る。──今度こそ当たるかも。
 
「──引け」
 ヴァイスの合図で引き金を引いた。勢いよく飛び出したコルクの弾は放物線を描いて小さなヒヨコのぬいぐるみにヒットした。
「当たったーっ!」
「おめでとー、ふたりでやるのは少々卑怯だが、お譲ちゃん可愛いからまぁいいだろう」
 と、お店のおじさんは棚から落ちたヒヨコのぬいぐるみをアールに渡した。あほ毛の後ろに紐が付いていてどこかに付けられる。しかも2個セットだ。
「2個もいいんですか?!」
 アールは可愛いヒヨコを手に乗せて満足げに頬を緩ませた。
「2個もっつーか、それ一個100ミルだからなぁ」
「え……」
「まぁ非売品だから!」
 と、慌てて本当か分からないフォローをした。
「そっか! ならいいや!」
 と、アールは振り返ってヴァイスを見上げた。「見てみて超可愛い!」
「…………」
 ヴァイスにはよくわからない。
「あ、スーちゃん見てみて! めっちゃ可愛くない? ちょっと目が離れてるとことか!」
「…………」
 ヴァイスの肩にいたスーにもそのマスコットの可愛さは分からなかったが、とりあえず拍手をした。──パチパチ。
「でしょでしょ? なんかさ、私キャラクターものって可愛いとは思うけどそこまで集めたりするほど嵌ることはなかったんだけど、1年に1回くらい猛烈に心引かれるキャラクターと出会うんだよね!」
 それがあほ毛のヒヨコだったと言いたいらしい。
「よかったな」
「ヴァイスのおかげだよ! だから……惜しいけど1個あげる」
 アールは片方のヒヨコの紐を持ってヴァイスの目の前に掲げた。ヒヨコがゆらゆら揺れている。
「……いや」
「非売品だし、もう二度と手に入らないかもしれないって考えると人にあげちゃうのはちょっと惜しいけど」
「……ならば大事にもっておけ」
 要するにヴァイスは貰っても困るのだ。
「でもヴァイスがいなかったら取れなかったし! 私の気持ちだから遠慮しないで?」
 ね? と言う笑顔のアールの前でヒヨコが揺れる。
「…………」
 貰うしかないようだ、と、ヴァイスはぎこちなく受け取った。
 
「あれ? ヴァイスんなにナンパしてんのー?」
 と、人ごみを掻き分けてカイがやってきた。彼は女装していたが、ヴァイスはちらりと服装に視線を落としただけで顔色ひとつ変えなかった。
「…………」
「ん?」
 カイはアールをまじまじと頭のてっぺんから足のつま先まで見遣った。
「なに?」
 と、アール。
「アールに似てますなぁ。あ、アールっていうのはねぇ、」
「アールだよ」
「やっぱり?! チョー可愛い! 俺カイだよ!」
「見りゃわかるよ」
 アールは苦笑した。
「こんなに可愛く女装してんのに?」
 と、お尻を向けてみる。ドロワーズ風の白いフリフリパンツが見え隠れする。
「一回宿に戻ったときに見てるから。カイ寝てたけど」
「やぁーん、起こしてくんさいなぁー、感想聞きたかったわぁー」
 どういうキャラなのかまだ定まっていないようだ。
「可愛いよ、思っていた以上に!」
 本心だった。メイクが下手でケバく見えるものの、きちんとメイクを施したらそこらの女の子より可愛いかもしれない。少なくとも自分よりは可愛いとアールは思った。
「アールもきゃわわだよぉー最初誰だかわかんなかったけどー」
「そんなにかわんないよ。ヴァイスだってすぐ気づいてくれたみたいだし」
 と、アールも負けじとコスプレのようなポーランドの民族衣装に三つ編みだ。
「…………」
 
ヴァイスはなにも言わなかったが、実はアールを見つけたのはスーだった。スーが頻りに手を伸ばして射的に勤しんでいる民族衣装の女性を指していた。後ろ姿だったこともあり、てっきりこの町の住人かと思っていた。暫く様子を眺めていて気づいたのだった。
 
「ヴァイスんはアールが着ぐるみ着てても気づきそうだよ、なんか俺たちとは違う能力で」
「どんな能力よ」
 そう言いながらも少し納得していたりする。
 
ルイやシドも近くまで来ていた。カイが2人を呼びに行き、お祭り会場のど真ん中で集合した。
 
「アールさんよく似合っていますね。その衣装はどうされたのですか?」
「ありがとう。カーリーさんが貸してくれたの。シェラのおばあちゃん」
 アールは明日の朝返しに行くことも伝えた。
「じゃあ俺っち抽選行ってくるねー」
 と、カイはステージのある広場へ向かった。「おやっつーおやっつー」
「俺は焼きそばでも食ってくるわ」
 と、シドも別行動に。
 するとヴァイスも無言でどこかへ行ってしまった。
 
「では……どうしましょうか。何か見たいものなどありますか?」
 と、ルイは辺りを見回した。
「んー、一通り見ちゃった。金魚すくいとかやってみたいけど飼えないもんね」
「そうですね、旅のお供にするのは難しいかもしれません」
 
お祭りに来たものの、これといってやることがなかったりする。流れにそって歩きながら、抽選が始まったら広場に行こうということになった。
 
「あ、から揚げおいしそう!」
 匂いに釣られて見つけたから揚げ店。
「では買ってどこかでいただきましょう。アールさんは待っていて下さい、買ってきますね」
「うん、ありがとう」
 
この、一人で待つ時間が切ない。
 

 じゃあちょっと待ってて。かき氷買ってくる。あ、なに味がいい?
 
雪斗と迎えたはじめての夏を思い出す。
近場の夏祭りに、私は頑張って浴衣を着て行った。彼は可愛いと言ってくれて、帯が苦しいことなんかどうでもよくなった。彼は私服だった。俺も浴衣着てくればよかったなぁって、大袈裟なほどガックシと肩を落としていたっけ。
そしてかき氷を食べようってことになった。
 
「──イチゴかな」
 
本当はメロン味が一番好きだったけど、イチゴのほうが可愛いかなとか、メロンだと舌が緑になってしまうからとイチゴを選んだ。
 
「わかった。じゃあちょっとその辺で座って待ってて」
 
川辺のお祭りで、私は土手に上がる斜面に腰を下ろして雪斗を見ていた。列に並び、何度かこっちを向いてはもう少し待ってな、と、笑いかけてくれた。
 
「お待たせ」
 彼はイチゴのかき氷とメロンのかき氷を買って持ってきてくれた。
「ありがとう」
 私はイチゴのかき氷を受けとって、財布を出そうとした。「いくらだった? 小銭あったかな……」
「いいよかき氷くらい。大した額じゃないし」
 彼はそう言ってメロン味のかき氷を一口食べた。「うまい」
「じゃあお言葉に甘えて。いただきます」
 
いつもメロン味を買ってしまうから、イチゴのシロップは久しぶりだった。冷たくて甘いイチゴシロップが口の中に広がって美味しかった。
 
「一口食う?」
 と、彼がメロン味のかき氷を差し出してくれた。
「あ、じゃあ私のも」
 と、少し悩んで、ストローのスプーンですくって口元に運んでみた。
 
──食べてくれるかな。
 
人前だから無理かなと思ったけれど、彼は少し照れながらも私の手からかき氷を食べてくれた。
 
「ん、うまい」
 と、照れ笑いした彼が可愛くて。
「よかった」
 と、私も釣られて照れ笑いをした。
 
かき氷にマズイなんてないのにね。
 
「じゃあ……ほい」
 と、雪斗もスプーンで差し出してきた。
 
だけど私は恥ずかしくて自分のスプーンですくって食べちゃったんだよね。
ムスッとした彼がまた可愛くて、愛おしかった。
 
「来年も再来年も一緒に夏祭り来ような」
 
かき氷を食べ終えた彼がそう言った。
 
「その次は?」
「勿論その次も」
「そのまた次は?」
「そのまた次もその次も」
 と、笑って返してくれる。
「何回一緒に来れるかな」
 
返答を待つ間に花火が上がって、夜空が明るく照らされた。
 
「何回でも。一緒にいられる限りは」
「…………」
 
──じゃあ、ずぅっとだね。
 
心の中で言った。口に出して言えばよかった。
こんなことになるのなら。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -