voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷16…『楽しい時間を』◆

 
メールを見たアールは、一度宿に戻ることにした。
ルーシーと店を出ると、人の多さに驚いた。お祭りを見に来た客が増えている。
 
「ん? あの人……男の人だよね」
 アールの目に飛び込んできたのはすね毛と髭の濃いミニスカートを履いた男性だった。
「うん、イベントのひとつだね」
 そう言ってルーシーはクジのことを話した。
「牛肉?!」
 久々に聞いた響きだった。
「奮発だよね、牛肉なんかなかなか手が出せないのに」
 そのくらいこの世界では高級だということだ。
「2等は?」
「お米。3等はお菓子」
「おふっ……」
 カイなら女装してくれそうなものの、1等じゃなく3等を狙いそうだなと思った。でもまぁ参加すれば1等を手に入れる可能性もあるわけで。
「他にイベントあるの?」
「花火とダンスかな」
「花火……」
 
毎年夏に花火を見に行こう。時間が取れなかったらコンビニで花火を買って2人でしよう。──そんな約束を雪斗としたことがあった。
結局毎年とはいかなくなってしまったけれど、どこかで花火が上がるとか、何か楽しそうなイベントが近くであると聞いたら真っ先に雪斗と行きたいと思っていた。雪斗と時間が合わなくて行けないときは決まって久美を誘っていたけれど、そんな久美が東京に行ってからはそれも出来なくなって、少しだけ、寂しい思いをした。
 
「あ、電話……」
 と、ポケットから振動を感じたルーシーが携帯電話を取り出した。
「もしかして彼氏さん?」
「そうみたい!」
 ルーシーは弾むようにそう言って電話に出た。
 
アールは微笑ましく彼女から少し離れ、近くの建物に寄りかかるようにしてしゃがんだ。ルーシーの電話が終わるのを待ちながら行き交う人々を眺めた。友達同士というよりも、親子やカップルが多いように思う。
 
「アール! 彼来てるって!」
 と、全面に喜びを表に出す彼女は可愛かった。
「よかったねー! はやく会いに行かなきゃ!」
「うん! ありがとう!」
 
──よかった、よかった。
アールは彼女を見送り、宿までの道のりを歩いた。
 
━━━━━━━━━━━
 
ヴァイスを除いた4人は午後5時ごろ、宿内に揃っていた。アールはとっくに洗濯物を干し終えてルイが買ってきていたプリンをベッドに腰掛けて食べている。
カイは女装をしたまま床でお腹を出して寝ているし、シドはもうひとつのベッドであぐらをかいて座り、武器が載っているカタログを眺めている。ルイは窓際に寄せたテーブルの椅子に座り、カイにリクエストされた“内ポケット付きロングTシャツ”を作っている。
 
アールは最後の一口を食べて言った。
 
「よし。じゃあお祭り行ってくる。ごちそうさま」
 アールは空になったプリンのカップとプラスチックのスプーンを部屋のゴミ箱に捨てた。
「もうですか?」
 と、ルイは手を止めた。6時頃に行く予定だったからだ。
「うん、先に行っとくね」
「お一人で大丈夫ですか? 人が多いようですが」
「迷子確定だな」
 と、シドが言う。
「子供じゃないんだから大丈夫だって!」
「子供より頭弱いくせによく言うぜ」
「うっせー筋肉バカ!」
「アールさん、言葉には気をつけたほうが……」
「だぁって──」
「大人としてだけじゃなく女としても終わってんな」
 と、シドはカタログをめくった。
「あーもう! ルイどうにかしてよ筋肉が喋る!」
「筋肉言うな!」
「そっちこそ人をバカにすんな!」
「バカになんかしてねぇよ。事実を言ったまでだ」
「んーもぉーっ!」
 
アールは枕をぶん投げた。枕はシドの肩にぶつかったが、シドは何事もなかったようにまたカタログをめくった。
 
「シドさん、謝りましょう」
 と、ルイ。
「やだね」
「どっちが子供だよ」
 と、アールは部屋を出ようと玄関ドアに向かう。
「おめーだろ」
「…………」
 
まぁ否定し続けられないのは認めている部分もあるからで。
 
「どーせ子供ですよ! 行ってきます!」
 と、アールは廊下に出てドアを強めに閉めた。
 
シドはカタログを見ながら笑っていた。
 
「楽しそうですね」
 と、ルイ。
「あいつからかうと面白いんだよ」
「本人は面白くなさそうでしたよ」
「しらねぇよ」
 
ルイは小さくため息をついた。まぁ喧嘩するほど仲がいいと言うし、本気で喧嘩しているわけではないようだからさほど心配はいらないだろう。
 
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アールは人混みを避けながら、シェラの祖母、カーリーの家に向かい、約束通り民族衣装を着せてもらった。赤、青、ピンクの鮮やかなスカートが可愛らしく、胸元の赤い花の刺繍と頭に巻いた赤いスカーフが女性らしさを際立たせている。せっかくだからとメイク道具も貸してくれて、可愛く変身。衣装はアールの小さい身体にぴったりだった。
 

 
「似合うじゃないか」
「可愛いじゃないか」
 と、カーリーは微笑んだ。
「いつ頃返しに来たらいいですか?」
「いつまで町にいるんだい?」
「明日の朝には出発します」
「朝来れるかい? 今夜は他の街に出て行った親戚がお祭りだから戻ってきていてね、泊まりにくるんだよ」
「そうなんですか、大丈夫ですよ、明日の朝返しにきますね」
 
勝手にそう言ってしまったが、ルイならわかってくれるだろう。
アールはカーリーに挨拶をして外へ飛び出した。空は薄暗いが、お祭りのメイン会場までの道をオレンジ色の小さな電飾がズラリと並んで照らしている。人も溢れ、せっかく着替えた衣装も埋もれて見えなくなってしまっているがお祭りの楽しい雰囲気にアールの心は弾んでいた。
 
メイン会場は町の中心にある大きな通り。左右に出店が並んでも十分人が行き交える。大通りの少し外れには広場があり、ステージが作られている。ここでくじ引きの抽選や出し物のダンスなどが披露されるようだ。
 
アールは一通りどんなお店があるのか大通りを見て歩いた。日本のお祭りと変わらず、わたあめがある。カキ氷がある。りんご飴、焼きそば、たこ焼き、チョコバナナまで。そして金魚すくいに輪投げや射的といったゲームもある。
一瞬、元の世界に戻ったような錯覚に陥り、アールの顔から笑顔が消えた。
 
「たこ焼きはあんのにお好み焼きはないんかい」
 と、独り言を呟いて気を紛らわせた。
 
たこ焼きかと思ったそれは実際にはタコだけでなくイカや肉やマシュマロやチーズ、ウインナーなどもある、丸い形に焼いた“まる焼き”だった。
 

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©Kamikawa
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