voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷15…『お祭りの準備』

 
午後2時を過ぎ、一度アールの携帯電話にルイから電話があった。朝食が遅かったためこの時間になったが、昼食はどうするかという内容だった。
アールは少し悩んでいた。恋人と喧嘩中の女性とあれから話し込み、意気投合していたのである。
 
「ちょっと待ってね」
 と、アールは通話口を手で押さえた。
「ルーシーはお昼どうするの?」
 
すっかり話し込んでいるうちに彼女の名前はルーシーだと知った。互いに名乗り合い、年齢やこの町に来た経緯を話した。彼女は18だった。アールは旅の途中で立ち寄り、友人の母親のお墓参りに来たと話したが、詳しくは話さなかった。
 
「彼がいたら一緒にって思ってたけど、いないから……」
 と、困ったように答えた。
「じゃあ一緒に食べない? どこか美味しいお店があれば」
「いいの? 付き合ってもらっても……」
「うん、どうせ暇だし」
 アールは笑顔でそう言って、ルイにそのことを伝えた。
 
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「え?! アールん帰ってこないの?!」
 と、床でゴロゴロしていたカイが飛び起きた。
「えぇ、お友達が出来たようで、その方と食事に行くようです」
 ルイは携帯電話をコートの内ポケットに仕舞った。
「男じゃないだろーねぇ?! あ、俺さぁ、内ポケットが欲しいんだよね!」
「女性だと思いますよ。カイさんもコート着ますか?」
「コートはヤダ。ロンティーに内ポッケ作って」
「取り出しにくいと思います」
 
カイがシキンチャク袋からスケッチブックとクレヨンを取り出してロングTシャツに内ポケットを作るデザインを考えていると、シドがジョギングから帰ってきた。
 
「腹減った。シャワー浴びるわ」
「おかえりなさい。僕達もこれから昼食をと思っていました」
「肉なら何でもいい」
 と、シャワールームに入るシド。
「俺っちもー」
 と、カイが言う。
 
ルイはメニューを見ながら肉料理を頼んだ。
 
「こんなのどーでしょ」
 スケッチブックを見せてきたカイ。そこにはロングTシャツの胸に“コ型”のジッパーが付けられており、ジッパーを開けると胸の部分が開いて内側にポケットが付いているという奇抜なデザインだった。
「……それは内ポケットと言えるのでしょうか」
「いえるのです」
「いちいちジッパーを開けなければならないのは面倒かと」
「じゃあ百歩ゆずってマジックテープでもよし」
「……暇があれば作ってみますね」
「あざーす!」
 
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アールとルーシーはラーメン店にいた。
 
「うんまぁーっ!」
 頬が落ちるほど美味しいとんこつラーメンにアールは悶えた。
「アールは本当にラーメンが好きなのね」
 と、カウンターで隣に座っているルーシーは笑う。ラーメン屋を見つけて入りたいと言い出したのはアールだった。
「だってこっち来てからぜんっぜん食べてなかったんだもん!」
 と、思わず口走った。
「こっち?」
「あ……」
 箸で挟んでいたナルトをスープに落とした。「遠くから来たもんで」
「どこから?」
「フマラ……」
 自分の身分証明書にはフマラという場所が出身地になっていると、以前ルイから聞いていた。ここから遠ければいいなと思いながら、咄嗟にそう言った。
「なんか聞いたことはあるかも。そんなに遠いの?」
「遠い遠い」
 と、適当に話を合わせた。「あまり思い出したくないからこの話は終わりね」
 
嘘を付く度に、心が痛くなる。痛みを感じている間ならまだいい。平然と嘘をつき、その異常さに気づいた時に絶望にも似た苦悶に囚われる。
 
「オッケー、私も話したくないことあるし」
 そう言ってラーメンを啜るルーシーの物分りのよさに、ほっと胸を撫で下ろした。
「彼氏さんとのこととか?」
 何気なく訊いた。無理に聞き出す気はなかった。
「彼?」
 なんのこと?という表情にアールは戸惑った。
「あれ? 喧嘩したんだよね?」
「うん」
「その理由とか、言いたくないんじゃないかなって」
「あれ? 言わなかったかな」
 と、ルーシーが笑うので、アールもつられて笑った。
「聞いてないよ、訊いちゃ悪いかなと思ったし」
「全然! むしろ聞いてよ! 彼が怒ったのは私のせいみたいで、でも納得いかなくて。光る樹の話、したでしょ? 彼は最初無関心だったんです。あまりにも無関心だから、光る樹を見るとなると11時近くまでいなきゃいけないから遅くなるし、明日は仕事だし……だからじゃあもういいって諦めたんです。そしたら『何だよそれ! 君の気持ちはそんなものだったんだね!』って」
「…………」
 
──そんなことで? と、アールは思ってしまった。
そんなことで喧嘩して、久々に会える約束を台無しにして、泣いて、それでも信じて待って……。
いや、そんなことだからだ。恋愛はくだらないことにでも振り回されるくらい、冷静さを失う。それだけ相手や恋に溺れていると言うことだ。特にまだ恋愛経験の少ない若者にとっては、周りが見えなくなって、これまでの自分とは違う自分に出会って、戸惑い、コントロール出来なくなる。
大概、恋が冷めて恋の炎が鎮火した頃、冷静になってなんであんなことで怒ってしまったのだろうとか、なんであんなクサイセリフを恥ずかしげもなく言っていたのだろうと思うものだ。
 
「大好きなんだろうね、きっとルーシーのことが」
 ズズズッとラーメンを啜る。シャーチューはまだ食べずに取ってある。
「そうかな……好きだったらこんなことくらいで怒らないよ」
「人によると思うけど、彼は不器用なだけじゃないかな。そういう人にはこっちが素直にストレートに気持ち伝えないといけないから疲れるのかもしれないね」
 受け売りだった。学生時代に、久美が言っていた言葉だ。彼は不器用で、そういう人にはこっちが素直にストレートに気持ち伝えないといけないから疲れる、と。
 
ちゃんとそっちの気持ちが伝わっていないということを伝えてあげないと、いつまでたってもこっちが彼の気持ちを読み取らなきゃいけない。しかも読み取りにくいから間違えて読み取って誤解が生まれていざこざに発展するのだからと。
 
「アールも彼、いるんだね」
 唐突に言われ、鼓動が速くなった。
「え、なんで……?」
「話をしていたらそんな気がしたんだけど、ちがった?」
「……ううん、違わないよ」
 
いないと言ってしまえば、楽だった。だけど嘘でも彼をいないものとして考えるのはあまりにも辛すぎた。ここにはいないのに、心にはいる。帰るべき場所に彼はいる。
 
「今日のお祭り、一緒に見ないの?」
「うん、彼は忙しいからね」
 忙しいのは私だ。
「そっか、残念だね」
「うん」
 うん、残念……。
「でもさ、携帯電話持ってる?」
「え、うん」
「じゃあ電話すればいいよ!」
 
やっぱり、つらい
 
「もし光る樹を見つけたら、言葉を交わすだけでいいんだから!」
 
言葉を交わすだけ。──それが出来ないんだよ。それさえも。
繋がらないんだから。
 
「そだね、掛けてみるよ」
 
━━━━━━━━━━━
 
シャワーヘッドから勢いよく出る熱いお湯が、鍛えられたシドの体をなぞって流れてゆく。
シドは頭からシャワーを浴びた後、急に襲ってきた吐き気に嘔吐した。
 
「くそっ……」
 
汚物が足元を汚し、シャワーで洗い流した。
グリーブ島で思い返していた記憶の中の女性、ヒラリーの笑顔が脳裏に浮かぶ。シドの頬に手を伸ばし、優しく微笑んだ彼女は傷だらけだった。
 
「…………」
 
そして録画していた思い出のビデオテープが再生するように次の映像が脳裏に流れる。──タケルだった。
 
「しつこいな……お前は」
 
消し去れない。記憶に爪を引っ掛けてしがみ付いている。俺を忘れるなと言わんばかりに。
シドは壁に額をぶつけ、俯いた。
ルイやカイの記憶の中ではとっくに過去の人物になっているだろうに、俺の中ではまだ今現在も付きまとっている。身体から離れたタケルの頭が今も足元で俺を睨みつけている。なにか言いたそうに。
 
シドは舌打ちをしてシャワーを浴びなおした。
 
その頃ルイは洗濯が終わったかどうか確かめに宿の裏庭に出ていた。アールの洗濯機もルイが借りた洗濯機も仕事を終えて止まっている。蓋を開け、開いている物干し竿に一着ずつ干しはじめた。
 
カイは部屋でお祭りに着ていく服を悩んでいる。ベッドにコスプレグッズを広げ、やっぱり目立つ格好がいいなぁと腕を組みながら真剣な顔で選んだ。
着替え終わったとき、ルイが戻ってきた。
 
「あれ? シドさんは?」
「俺の渾身なるコスプレは無視?」
 と、カイ。
「まだシャワーを? 珍しいですね……」
 ルイは心配になってシャワールームへ行こうとしたとき、ちょうどシドが頭にタオルを巻いて出てきた。
「シドさん……どうかされましたか?」
「別に」
 と、ベッドがある部屋に入り、目を丸くした。「とうとうそこまでいったか変態野郎」
 
カイは女装をしていた。随分体格のいいフリフリのメイドさんだ。黒のメイド服で白のフリルとリボンが可愛い。頭にはカチューシャまでしている。
 
「変態野郎とは失礼な!」
「違うんですよ」
 と、ルイが説明する。
「女装をしてお祭りに参加するとクジがもらえるそうなんです。一等は牛肉10人前だそうですよ」
「牛肉だと?! 長らく食ってねえな! つか確かな情報なのか?」
 シドはベッドに腰掛けた。
「えぇ、買い物に出たときに、ご近所の奥さんが特売品とお祭りのことを教えてくださりました。今年は牛肉だと」
「よし、お前らがんばれ。肉ゲットしてこい」
「僕は女装などしませんよ」
 ルイは困ったようにそう言って携帯電話を取り出した。
「俺は3等を狙ってるからだぁーめ!」
 と、カイは胸の前で腕をクロスさせてバツをつくった。
「3等ってなんだよ」
「お菓子のつ・め・あ・わ・せ!」
「んなもんいらんだろーが! 肉だ肉肉!」
「じゃあシドが女装しなよ! まぁ俺っちみたいに可愛くはなれないだろうけどね」
「はぁ? 鏡見たのかよマジきめぇからお前」
「はあああぁぁあぁぁ? 自分で言うのもなんだけどかなりいい線いってますけど?! 鏡で見たら抱けるとさえ思いましたけどぉ?!」
「女装してねぇルイのほうがまだ抱けるわ」
「んなぬぅ?!」
「変な会話しないでください」
 ルイはそう言いながらアールにメールを打った。
 
【洗濯が終わっていましたので知らせておきます。乾燥機もあるようでしたので、下着類はそちらをお使いください】
 

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