voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷14…『来客』

 
「もうびっくりしました。いきなり肩を叩かれたので誰かと」
 と、アールは笑い、カップに注がれている紅茶を飲んだ。
 
本屋で立ち読みをしていたアールに背後から声をかけたのは、シェラの祖母であるカーリーだった。彼女に呼ばれてまた自宅にお邪魔している。
 
「すまないね、どうしても見てもらいたいものがあるんだよ」
 カーリーはそう言って、アールが座っているソファの前のテーブルに大きな箱を置いた。
「見てもらいたいもの?」
 アールは紅茶のカップが邪魔にならないよう、端に寄せた。
 
カーリーが箱の蓋を開けると、そこには民族衣装が入っていた。カーリーが身にまとっているものよりも刺繍が細かく、デザイン的に若者向けに思える。
 
「わぁ、可愛い!」
 アールは衣装を覗き込むと、カーリーが手に持って広げて見せた。
「是非、あなたに着てもらいたいんだよ」
「私に?! 着たいです! でも……」
 これってもしかして、シェラのではないだろうか。
「あの子が戻ってきたときのために置いておいたんだけどねぇ」
 カーリーはソファに腰かけ、膝に衣装を乗せた。シワだらけの指で刺繍をなぞる。
「じゃあ私は着れません。シェラが帰ってくるまで、大事に仕舞われてください」
 これはシェラのために用意された愛情の篭った民族衣装だから、自分なんかが着てはいけないとアールは思う。
「それがね、もうサイズが合わないと思うんだよ。購入したのは随分前だからねぇ。それにもう新しいものを注文してしまってね」
「そうですか……」
「刺繍は私がデザインしたものなんだよ。せっかくだから是非ともシェラの友達であるあなたに着てもらいたくてね」
「いいんですか……?」
「もちろんさ。お祭りが始まる前にまたうちに寄っておいで。お祭りで着ればいいさ」
「ありがとうございます!」
 
カーリーの優しさに歓喜しながら、紅茶を頂き、シェラの昔話を聞いた。
またお邪魔することを伝えて外に出たアールは、暇を潰しにまた本屋へ行くつもりだった。ところが、ふらふらと足取りが悪い女性が狭い路地を入って行ったのを見て、何と無く気になって後をつけた。
 
女性はベンチと滑り台と砂場しかない小さな公園に入ると、力無くベンチに腰を下ろし、俯いた。アールは公園の外から、声を掛けようか迷っていた。あまり他人のことに首を突っ込むのは良くないだろうか。ただ、気持ち的に元気がないならいいが、体調が悪いのなら放ってはおけない。
 
「あの……大丈夫ですか?」
 女性の様子を窺いながら、公園に足を踏み入れた。
 
女性は俯いていた顔を上げ、アールを見遣った。その頬に涙が伝う。
 
「あ……はい」
 と、女性は涙を拭った。「恥ずかしいとこ見られちゃった」
「どうかしたんですか?」
 アールは女性の隣に腰掛けた。
「たいしたことじゃないんです。彼氏と喧嘩しちゃって」
 と、女性は苦笑した。「今日一緒にカモミールに来る約束だったのに」
「あ、別の街から来たんですね。お祭りを見に?」
「えぇ、そうなんですけど今日の朝喧嘩してしまって」
「それは……辛いですね……」
「彼とは遠距離なんです。お互い仕事がありますし、休みが合わなかったりしてなかなか会えなくて。でも今日は互いに休みが取れたので会おうってことになって。ちょうどカモミールでお祭りがあると知って、一緒に行こうって」
 
悲しげに話す彼女はまだ幼さが残る顔立ちをしていた。
ミニワンピース丈でアイボリー色の薄手のニットは彼女の内面から出ている控えめでありながらも女性らしさによく合っていた。膝上まであるグレーのハイソックスにヒールのあるショート丈のブーツを合わせているところは大人っぽくもある。
 
「彼氏さんはカモミールの人ですか?」
「いえ。カモミールは私たちが住んでいる街のちょうど中間地点にあるんです」
 と、彼女は可愛らしく笑った。
「なるほど。彼は……来ないんですかね?」
 彼女の方は来ているというのに。喧嘩の内容が分からないから何とも言えないけれど。
「電話しても出ないんです。だからメールで伝えておきました。カモミールで待ってますって」
「そうですか……、来てくれるといいですね」
 ほんとうに。せっかくのお祭りなのだから、みんな楽しく過ごせたらいいのに。
「はい……。一緒に、光る樹を見たかったのに……」
「光る樹?」
 と、アールは興味を示した。
「知らないんですか?」
 
そしてアールも光る樹の噂話を聞いたのであった。
 
━━━━━━━━━━━
 
「誰だあいつ……」
  
アールが見知らぬ女性と話しているのを偶然見かけたのはシドだった。
ジョギング中にたまたま近くを通りかかり、アールの隣にいる女が気になった。と言っても一瞬誰だと思った程度で、興味を示したわけではない。ただ、また面倒なことに巻き込まれてなければいいと思う。
 
額に汗を滲ませて走り続けていると、妙な男と出会った。木陰に隠れてメモ帳を広げている。周りをしきりに気にしながらこそこそとしている様子は怪しさ満点だ。
シドは足を止めた。
 
「何やってんだ?」
 声を掛けると、眼鏡の男は驚いて体をビクつかせた。
「あ……いや……」
 挙動不審に目を泳がせ、持っていたメモ帳を隠すように背中に回した。
「怪しいな」
「そ、そっちこそ」
「あ?」
 シドは男を睨みつけた。
「い、いえ、なな、なんでもないですっ」
 生まれてこのかた喧嘩なんかしたことがなさそうな男は怯えるようにシドから目を逸らした。
「なにを隠したんだ?」
「べつになにも……」
「なーにを隠したんだって訊いてんだよ」
 と、顔を近づける。
 
端から見ればかつ上げしているように見える。
 
「調べ物をしておりました……」
 そう言って男が見せたメモ帳には、樹の特徴が書かれていた。
「なんじゃこりゃ」
 と、奪い取って見遣る。
「え、知らないんですか? 光る樹について調べてるんですよ!」
「あぁ、なんか聞いたな。これがそうなのか?」
 シドは男が隠れていた樹を見上げた。
「いえ、まだわかりません。他の樹も調べてみないと。絶対何か特徴があるはずなんです!」
「この町ん中にどんだけ木があると思ってんだよ。 つか誰かが言ってたのか?」
「いえ、誰も。だから僕が一番に見つけるつもりです! さすがに全ての樹を調べるには無理がありますが、自分の勘を信じて怪しげな樹を調べています」
「怪しげな木ねぇ……」
 男が調べていた木を見上げてみても、他の木となんら変わりなく見える。
「必死だな」
 シドはメモ帳を返した。
「そりゃあ必死にもなりますよ! 初めて出来た彼女と末永く一緒にいられるのならどんなものにも縋ります!」
「かっこわりぃな……」
 
そういえば辺りが騒がしくなってきたなとシドは思った。祭りを見に来た客が増えたのだろう。そろそろ切り上げて宿に戻ろうと思った。
 

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©Kamikawa
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