voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷13…『光る樹』

 
カイが二度寝から目を覚ましたとき、部屋にはアールの姿がなかった。窓際に寄せたテーブルの椅子に腰掛け、本に目を通しているルイ。
 
「アールんは?」
 カイはぼーっとしながら訊く。
「起きたのですね。アールさんは本屋へ行きましたよ。買い物に行く途中にあったとお伝えしたら、行きたいとおっしゃったので」
 ルイは読んでいた本を閉じた。
「俺を誘ってくれればよかったのに遠慮しちゃってぇ」
 と、欠伸をした。
「ところでカイさん、電話があったそうですね」
 ルイは席を立った。「もしや……」
「あぁ……うん」
 カイは電源を切っていた携帯電話をポケットから取り出し、ルイに渡した。
「電源を入れても?」
「自己責任でお願いします」
 と、カイはベッドの上で正座をして頭を下げた。
 
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アールはルイに教えてもらった本屋へ向かっていた。カモミールの住人は皆穏やかな顔をしていて、目が合うと挨拶をしてくれる。小さな子供からご老人まで。
 
本屋は宿から歩いて20分のところにあった。二階建てのアパートの一階につくられた本屋で、どうやら元々は倉庫だったらしくシャッターを開けてお店の前にも台を出して並べている。雨や陽が当たって傷まないようにオーニングというテントの屋根が取り付けられているが、外に出して売っている本は中古ばかりだった。
店内には新品の本が並べられ、人気がある作品は表紙を見せるようにして立てかけてある。その中には《猫背の運転手》もあった。
 
本棚の上にジャンルを書かいたプレートが置かれている。
アールは暇つぶしに何を読もうかと考えながら足を止めたのは、《ラブストーリー》のコーナーだった。
この世界でしか有り得ない恋愛模様が見れるかもしれないと思ったが、不意に雪斗との記憶が目の前をちらつき、移動した。
 
結局アールが手を伸ばしたのは、ファッション雑誌だった。この世界では今どんなファッションが流行っているのだろう。
パラパラとめくると《ルヴィエール》という文字を見つけた。ファッションの最先端をゆくのはやはりファッション店が多くあった大きな街、ルヴィエールのようだ。しかし特集ページでは小さな町をピックアップしており、その町で今流行っている物を紹介していた。また、モノクロのページでは恋についての経験談や、美容やダイエットについて書かれている。
 
──私の世界の雑誌とあまり変わらないかも。
 
そしてその雑誌の表紙を飾っている猫目の綺麗なモデルも何度か見かけたことがあった。特にルヴィエールでよく見かけた。街中のいたる所に貼られたポスターに写っていた女性だ。名前までは知らなかったが、今知ることが出来た。エイミーと書かれている。どこかで聞いたことがあると思ったがアールは思い出せなかった。
コテツとルヴィエールに訪れた時にショッピングモールの屋上でカップルが彼女の名前を口に出していたのである。エイミーが主演を務めた映画≪花嫁の指輪≫が観たいと、女性が言っていた。
 
立ち読みをしている背後から、誰かがゆっくりと近づいてくる。アールはそれに気づかず、ページをめくった。
 
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シドは町を囲む塀に沿って走っていた。
シドにとってはこの長閑(のどか)な町は退屈でしかない。ただ、絡んでくる面倒くさい輩はおらず、ジョギングに集中できた。
それでも公園の前を通るときは、子供たちに手を振られ、散歩中のお婆さんに「がんばっとるねぇ」と声を掛けられた。適当に交わして、長い距離を走りつづける。
 
一方、ヴァイスはあの星影丘に来ていた。肩には今日もスーが乗っている。
 
「人が増えてきたようだな」
 
高台からは町のゲートボックスが見える。そこから10時を過ぎた途端に人が続々とやってきた。ここ(星影丘)も時期に人が来るかもしれない。ヴァイスは新たに落ち着ける場所を探すため、階段を下りはじめた。
 
階段の中間辺りで下から上ってきたカップルとすれ違った。
 
「ほんとだって。カモミールのどこかに10時半になると光る樹木があって、その樹の下で言葉を交わしたカップルはずぅっと一緒にいられるの」
「んなの聞いたことねぇよ。うさんくせぇし中途半端な時間だな」
「もぉ!夢がないなぁ」
「はいはい、行きたいんだろ、そこに。じゃあ夜行こうぜ」
「場所がわかれば苦労しないよ。毎年違うらしいから」
「毎年?」
「お祭りの日にしか光らないの」
 
「…………」
 ヴァイスはカップルの会話を聞きながら下りていった。
 
その頃ジョギングをしていたシドも人と通り縋りに同じ噂話しを聞いた。
 
──どうせ町おこしかなんかで町の住人がつくったジンクスだろ。そんなもんにご利益あんのかよ。
 
ヴァイスと同様、無関心でしかない。
 
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カイは枕を胸に抱いて、ベッドの上で不安げにあぐらをかいていた。
ルイは椅子に座り、カイの携帯電話のリダイアルボタンを押した。
 
『──なによ。散々無視していたくせに急に話す気になったわけ?』
 電話に出た途端に相手はそう言った。
「シオンさん……ですね」
 ルイはその声を確かめるように言った。
『……ルイ、だっけ?』
「えぇ。カイさんから話を聞きました。アールさんに用があるとか」
『じゃあなんであんたが電話かけてくるわけ? さっさと女出してよ』
「…………」
 ルイは眉をひそめた。
『なにを警戒してんのか知らないけど、別に今すぐどうこうしようなんて思ってないし、ただ話しがあるだけなんだから』
「僕が伝えておきますが」
『…………』
「アールさんがなにか失礼なことでもしましたか?」
『失礼なこと? 失礼なんてもんじゃないわ。あんたたちも憎いけど』
「詳しく話していただけませんか」
 ルイはなるべく淡々と訊いた。感情的になれば相手を刺激しかねない。
『ふんっ。どうせ話したって女には伝えないんだろ? 大事そうに守ってやってるみたいだし。話さないならそれでもいいわ。警戒心のない人間に近づくの、楽で助かるしね』
 
ルイは虚空を見遣った。
どうやらシオンはなんらかの恨みを持ち、アールに接触する気のようだ。
 
「わかりました。アールさんにシオンさんから電話があったと伝え、かけ直すように言っておきます。ですが今日は……旅の休息日ですので、明日でもよろしいですか」
『わかった。連絡がなかったらそれなりの対応するから』
「はい」
 
ルイは電話を切り、ため息を零した。
 
「シオンちん、なんて?」
 と、カイ。
「わかりません。アールさんにどうしても直接言いたいことがあるようです」
「そっかぁ……アール大丈夫かなぁ」
 カイは不安げに俯いた。
「そういえば買い物をしていたら面白い話を聞きましたよ」
 と、ルイは携帯電話を返した。
「ん? 外からカッコイイ旅人が来てるとか? もちろん俺のこと」
 カイは携帯電話をポケットに仕舞った。
「違います。この町には10時半になると光る樹があり、その樹の下で言葉を交わしたカップルは長く結ばれるそうですよ。それを目的にやって来るお客さんもいるようです」
「なぬっ?! それはどこにあるのかね?!」
「毎年違うようです」
「ふむふむ……」
 カイは腕を組んで考えた。ナンパした女の子を連れて探すか、アールを連れて探すか。
「ただし、思い合っている者同士でないとダメのようです」
「ふむふむ」
 
カイにとってはあまり関係のない条件だった。なぜなら自分が気に入った女性はみんな自分に気があると思い込んでいるからだ。
 

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