voice of mind - by ルイランノキ |
皆が寝静まった真夜中の1時頃、アールはハッと目が覚めた。リアに貰った薬を食後に飲み忘れ、トイレに行きたくなったのだ。物音を立てないように気をつけながら、部屋の入口の横にあるトイレに入った。
用を済ませると、廊下から何かを引きずるような音が聞こえてきた。──なんだろう?
気になり、静かにドアを開けて薄暗い廊下を見てみると、大きな影が廊下の角を曲がったように見えた。角を曲がった先には階段がある。
なに? 今の、人じゃないよね……。
恐る恐る廊下に出てみると、微かに獣のような臭いがした。こんな所に獣がいるわけがないと不審に思い、念のため一度部屋に戻ってベッドの隅に立て掛けていた剣を持って再び廊下に出た。
あの老人が飼ってるモルモートだろうか。だとしたらこんな時間に何をしているのだろう。影を見た場所まで行くと、暗くてハッキリとは見えないが、階段の下でまた大きな黒い影が揺れた。警戒しながらゆっくり近づくと、その影はアールとの距離を保ちながら、ズルズルと不気味な音を立てつつ階段を下りて行く。
「リリちゃん……?」
老人が飼っているモルモートの名前を思い出し、小さな声で呼んでみたが、その影は止まることなく、どんどん階段を下りて行く。
段々と怖くなってきたアールは、部屋へ戻ろうかと立ち止まると、ズルズルと音を立てていた影の動きが止まった。
……なに?
腰に掛けた剣に手を添え、再び警戒しながら近づくと、影はまた進み始める。追う彼女から逃げるというよりも、まるでアールを誘導しているかのようだった。
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早朝4時。ルイの枕元に置いてある小さな時計のアラームが鳴った。
ルイは直ぐに体を起こし、アラームを止めて背伸びをした。
「ん……あれ? アールさん?」
ベッドに寝ているはずのアールの姿が無かった。ルイは部屋を見回したが、アールの姿は何処にもない。立ち上がり、トイレのドアを叩いた。
「アールさん、中にいますか?」
返答は無く、「開けますよ?」と言ってドアを開けたが、そこにもアールの姿はなかった。
部屋を出て廊下を見るも、人の気配すらない。心配になり、宿内を歩いてまわったが、どこにも彼女の姿はなく、フロントで尋ねても誰もアールの姿を見た者はいなかった。
嫌な予感がした。一先ず部屋に戻り、まだ眠っているカイとシドを起こした。
「カイさん! シドさん! 起きてください!」
「ん……なんだようるせぇな……」
と、先に目を覚ましたのはシドだった。
「シドさん、アールさん知りませんか? どこにもいないのです……」
「はぁ……?」
不機嫌そうに体を起こし、シドもルイと同じように部屋を見回した。
「トイレにもいませんし、宿内を捜したのですがどこにも」
「……風呂は?」
「一応フロントにいた女性に頼んで見て貰ったのですが、誰もいないと……」
シドは眠い目を擦り、あることに気付いて言った。
「逃げたわけでもなさそうだな」
「逃げた……?」
「いや、旅が嫌になって逃げたんじゃねぇかと思ったが、荷物置いたままだしよ、そのかわりあいつの武器がねぇな」
2人はアールの武器が無くなっていることに気が付いた。
「なにかあったのでしょうか……」
ルイの不安は増すばかりだった。
「電話は? ……って、あいつ電話置いていきやがったのか!」
ルイがアールに買ってあげた携帯電話は、ベッドの棚に置かれたままだった。
「外見てくるか。……おいカイ! 起きろ!!」
と、シドはまだ眠っているカイに呼び掛けた。
「うーん……もうちょっと……」
寝ぼけ眼でそう言うと、カイは布団を頭まで被った。
「起きろっつってんだろッ! 女がいなくなったぞ!!」
シドは叫びながら、カイの布団を剥ぎ取った。
さすがに起きたカイは、大きな欠伸をしながら体を起こした。
「んー…?」
「カイさん、アールさんがいなくなりました」
ルイは改めてカイに状況を説明した。
「……えぇぇ?!」
まだ寝ぼけていたせいか、カイは少し間を置いて驚いた。
「俺等は外見てくっから、お前は部屋にいろ。すれ違いで帰ってくるかもしんねぇからな」
「わ、わかった……」
カイは不安な面持ちで答えた。そわそわと落ち着かない。
「いいか? あいつが帰ったら直ぐ電話しろ! 絶対二度寝すんなよ?!」
「しないよぉ……」
シドとルイは、念のため武器を装備し、部屋を後にした。
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その頃、アールは明かり一つない真っ暗な部屋で、身動きが取れずにいた。
「んーっ……」
自分の体も見えない。布で口を塞がれ、手は後ろに、足は揃えて縛られている。
昨夜、影を追って宿を出たアールは、影に気を取られていたせいで、何者かに後頭部を殴られて気絶してしまったのである。そして目を覚ませばこの状況。……後頭部がまだズキズキと痛む。
程なくしてカツカツと足音が聞こえてきた。その音は段々と近付き、ドアが開く音がした。そして突然部屋の明かりがついた。急に光を浴びたアールは反射的に目を閉じた。
「──そろそろお目覚めかい?」
その声に目を向けると、見知らぬ男が立っていた。
「んッ……」
「大声出さないと約束してくれるなら、布を取ってあげてもいいよ」
フード付きの黒いコートを身に纏った20代半ばくらいのその男は、嘲笑うような笑みを浮かべていた。
アールは頷き、口を塞いでいた布を取って貰った。
「あなた……だれ?」
「そうだなぁ、研究者とでも言っておこうか」
「ここは……?」
「図書館の物置部屋さ」
辺りを見回すと、確かに埃被った沢山の本が積み重なって置かれていた。
「君にはすまないと思っているよ」
と、男は鼻で笑いながら言った。
「どういう意味ですか……?」
「僕はね、君じゃなくてもよかったのさ。そう、誰でもね」
そう言って、ドアの横に立て掛けてあるアールの剣を指でなぞった。
「それっ……私の……」
「これは危険だからね、預からせてもらうよ。それにしても、こんな物騒な物を持っているなんて、君は何者だい? 剣士……には見えないなぁ」
そう言いながら研究者と名乗る男は、アールをなめ回すように見た。
「……研究者って、何の研究をしてるの?」
「フフッ……君はその材料だよ」
「……材料?」
「僕はね、この世界を変えたいと思っているんだ。それにはまず、実験、研究をしないとね」
「世界を……変える?」
アールは男と会話を交わしながら、背中の後ろでどうにか手首の縄を解こうと試みた。でも、きつく結ばれた縄は緩みそうにない。
「この世界を救うのはこの僕だ!!」
男は急に声を張り上げ、アールの胸倉を掴んだ。アールの心臓が跳びはねる。
「……知っているかい? この世界は日に日に闇に向かって動いているんだ。このままでは、君も、僕も、その闇に飲み込まれてしまうんだよ」
男は冷静に話してはいるが、その表情は不穏で不気味だった。微かにかすれている声、芝居がかったような喋り方がより不気味さを増している。
「闇……?」
「そう……邪悪な闇さ。僕が救ってあげるんだよ。この世界の人々をね」
「闇からどうやって……?」
男はアールの胸倉を掴んでいた手を離し、自分の考えに浸るように狭い部屋を往復し始めた。
「君が“外”から来た者なら、魔物が溢れているのは知っているだろう? 魔物に対抗するには、魔物が一番だと思うんだ。それぞれの国から世界を救おうと、勇者だかなんだか知らないが、無能な人間が動いているそうじゃないか……それなのにどうだ? この世界は少しでも変わったと言えるのか……?」
「……わからない」
「 人間は、無力なんだよ 」
そう言った男の声のトーンが急に変わり、アールは背筋がゾッとした。
「だから魔物でどうにかしようって言うの……?」
と、質問したアールの声は震えていた。
「君は馬鹿だねぇ!! どうにかしよう? そんな曖昧な考えじゃないさ」
その時、ガタン! と隣の部屋から大きな音が響いた。
「なに……なんの音?」
「異界の魔物を召喚させることには成功しているんだよ」
「……魔物がいるの?」
「人はね……禁忌を犯したと言い、異界の魔物を召喚させた者に罰を下すのさ……。君は納得するかい? 魔物は最大の戦力になるというのに……」
「言ってることがよく分からないけど……あなた罰せられちゃうの?」
そう質問すると、男はアールの髪を掴み、後ろの壁に思いっ切り頭を殴りつけた。
「痛っ!!」
電気が走ったかのように激痛が襲う。一瞬、あまりの衝撃に目の前が眩んだ。
「言葉使いには気をつけたほうがいい。……僕は罰せられないさ。世界を救う英雄になるんだからね」
男は手を離し、自分の腕時計を見て言った。「6時になったら始めるよ」
「始めるって、何を……?」
「魔物達の食事会さ……」
動悸がしていた。どうにか逃げ出さなければ自分は殺されてしまうかもしれない。けれど手足を縛られている今、なにが出来るだろう。
「魔物は生き血が好きなんだよ。僕に従わせる為には、先ずは彼等の願いを叶えてあげないとね……」
人間を襲わせる気だ。止めなきゃ……でもどうやって?
「……何匹いるの?」
「まだ実験の段階だからね、たったの30匹程度さ」
十分多すぎ!と、アールは奥歯を噛んだ。
この男と魔物を阻止する方法などあるのだろうか。男は興奮して冷静さを失いかけている。
「君は……自分の心配をしたほうがいいんじゃないのかい? 自分の置かれた状況……理解出来ていないようだね」
「私をどうするつもりなの?」
男はアールに顔を近付け、不気味に笑ってこう告げた。
「君は、僕が食べるのさ。魔物達と同じようにね……」
Thank you... |