voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール11…『疵』

 
「うんまぁーい!! モチキジぃ!!」
 と、カイが幸せな笑みを浮かべて叫ぶ。
「どうせなら二個ずつ買ってくれりゃよかったのによ」
 
夕飯を食べ終え、ルイとカイは窓際の椅子に座り、シドは床で、アールはベッドに腰掛けてモチキジを食べていた。もちっとした食感がくせになり、ほんのり甘くて美味しい。
 
アールはモチキジを食べ終えると直ぐに立ち上がってポケットからお金を取り出すと、ルイに手渡した。
 
「これは?」
 と、ルイが訊く。
「2000ミル残ったから。もう買うもの無いし……」
「でしたら、アールさんが持っていてください。それはアールさんのお金ですから」
 と、ルイは笑顔で答えた。
「そういえば何でアールにだけ5000ミル渡したのぉ? 俺3000ミルしか貰ってない……」
 と、カイは膨れっ面で訊く。
「アールさんは女性ですし、別世界から来たので色々と必要な物があるのではないかと思いまして……」
「じゃあ一応持っとくね」
 そう言うとアールはベッドに座り、シキンチャク袋から長財布を取り出してお金を仕舞った。
「それアールの財布ぅ?」
 すかさずカイが近づき、見せてと言わんばかりに手を出した。口の中にはモチキジが詰まっている。
「そうだよ」
 財布を渡すと、カイは興味津々に中身を物色し始めた。
「お札だー! 誰これぇー」
「小さく名前書いてるでしょ? 野口英世」
「え? どこどこ……あ、ホントだぁ。これ名前なの? 偉い人?」
「……なんか研究してた人だっけ」
「何でしらねぇーんだよ」
 と、呆れたようにシドが会話に入ってくる。
「忘れちゃった」
「おまえ……可哀相にな……」
「うるっさいな!!」
「これはぁー? ふく…ざわ……」
「福沢諭吉。何した人かは忘れちゃった。──あ、確か……本書いた人」
「ふぅーん。小銭はー…キラキラで穴が開いてるし!!」
 と、カイは5円玉を持って、不思議そうに眺めた。「なんで穴が開いてるのぉ?」
「それは全然知らない。デザインじゃない? 穴開けてみようか、みたいな」
「なるほどねぇ! 良いデザインだ! 気に入ったぁ」
「……なら、あげようか? 5円だし」
「いいの?! ネックレスにしよぉー」
「それはどうかと思うけど……」
「おめぇらの会話もどうかと思うぞ。馬鹿丸だしじゃねーか」
 と、シドが鼻で笑いながら言った。
「うるさいなぁ……」
 
5円玉に穴が開いていて当たり前。携帯電話をケータイと言って当たり前。お札に偉人が載っていて当たり前。
 
「他にはー…いっぱいカードが入ってるー! ん? これはなんだろぉー」
 
当たり前のことが、此処では当たり前ではなくなる。自分の存在までも。
 
「写真だ! 小さい写真!!」
 と、叫んでいるカイの言葉にアールはハッとした。
 
カイがアールの財布から取り出した物は、プリクラだった。
 
「誰ー? アール?」
 と、カイは無神経に訊く。
「もういいでしょ!」
 アールはプリクラと財布を取り上げ、シキンチャク袋に仕舞った。
 
プリクラは、アールと雪斗が写っているものだった。──心臓がドクドクと暴れる。
 
「……なんか怒ってるぅ?」
 カイは悲しげにアールを見遣った。
 
椅子に座っていたルイも、床に座っていたシドも、アールに視線を向けている。
 
「ううん、ごめん。なんでもないよ」
 
アールは時々、音楽を聴きたくなるときがあった。ケータイに沢山の曲をダウンロードしているから、ケータイを開けば直ぐにでも聴ける。でも、開く気にはなれなかった。旅がはじまる前日、部屋でひとり、母や友人、恋人に電話を掛けていた。でも、繋がらなかった。何度電話しても、繋がることはなかった。電源は入れてあるのに、鳴らないケータイ。毎日必ず誰かからメールが来ては、音を鳴らしていたのに。
ケータイは沢山の思い出が詰まってる。今、それを目の当たりにしたら……。夢と同様、心をかき乱して辛くなるだけだ。だから“思い出”に触れたくはなかった。それなのに、思いもよらないところで目にする。アールは込み上げてくるものをグッと堪えた。
 
「明日は早いですが4時起きで、5時にはルヴィエールを出ますから、今夜のうちに部屋を出れる準備をしておいてくださいね」
 と、ルイが言うと、3人は声を揃えて返事をした。
「風呂行ってくる」
 シドが立ち上がってそう言うと、カイが続けて「俺も行くー!」と言って、二人は部屋を出て行った。
 
「ルイは行かないの?」
 と、アール。
「ちょっと調べたいことがあるので、それが終わってから入ることにします」
「そう、じゃあ私もお風呂行ってくるね。あ、洗濯物は……?」
「そろそろ乾いているかもしれませんね」
「じゃあお風呂から上がったら全部持って上がるよ」
「僕たちの分はいいですよ、量も多いですし」
「大丈夫だよ、そんなに気を遣わないで? こう見えても結構力はあるし!」
 と、腕を曲げて、ありもしない力こぶを見せた。
 ルイは優しく笑って、
「では、お願いします。でも、重かったら無理しないでくださいね? 直ぐに行きますから」
 と、アールに洗濯機のキーカードと洗濯物を入れる袋を手渡した。
「了解。じゃ、お風呂行ってきます」
 
──けれど、30分もしないうちに、アールは浴場から上がっていた。
浴場には、5人の女性が浸かっていて、思っていたとおり、また痛い視線を浴びたのだ。
 
「……ねぇ、あの子なに? 傷だらけじゃない?」
「背中見て。痣だらけよ」
 
自分の背中に痣があるなど、今まで気が付かなかった。あのツナギは衝撃を吸収してくれるのではなかったのだろうか。
 
「どこから来たのかしら。ねぇ……病気、持ってそうじゃない……?」
 
ヒソヒソと話す声に、聞こえないフリをした。けれど、平然としていられず、直ぐに風呂から上がったのだ。
怪我をしてるだけで病気を持ってるかもしれないとか、いくらなんでも酷い。
 
憂鬱な思いで洗濯所へ行き、4人分の洗濯物を三つの袋に詰めた。
 
「んっ……重っ?!」
 
予想以上の重さに、持ち上げて直ぐに床へと下ろした。一枚ずつ袋に詰めているとき、やけに彼等のズボンが重く感じた。洗濯物は乾燥までされていて、水分を含んでるわけではないというのに。
自分の分と彼等の洗濯物を別々の袋にいれたせいもあり、持って階段を上がるのはきつそうだ。エレベーターがあればいいのだが、泊まっている宿は外観からして古い。エレベーターがあるようには思えなかった。
持ち方を工夫して、どうにか持てないかと苦戦していると、洗濯所に誰かが入ってきた。
 
「あ、ルイ……」
「やはり重いですよね、僕が持って上がりますよ。お風呂、早かったですね」
 優しい笑顔でそう言ったルイは、手に着替えを持っていた。
「……今からお風呂に入るつもりだったんじゃないの?」
「えぇ。そのつもりでしたが、大丈夫ですよ」
 そう言うとルイは、洗濯物を軽々と抱えた。
「今思ったんだけど、シキンチャク袋に入れれば良かったんじゃ……」
 アールは自分の洗濯物を自分で抱きかかえながら言った。
「そうですね。でも、シキンチャク袋に掛けられた魔法は、使用回数で切れる期限が変わってくるので」
「そっか」
「あまり出し入れし過ぎると直ぐ使えなくなってしまいます。ですからなるべく使用も節約しなければなりません」
「だから安いんだね、カイが安く売ってるって言ってた」
「一番安い物で500ミルくらいです」
「安いのはやっぱり魔法の期限が短いとか?」
「はい。または入れられる物に限りがあったり、入れられる数に限りがあったり……ですね」
 
そんな話をしながら、階段を上り、部屋へと洗濯物を運ぶ。部屋のドアを開けるとシドの怒鳴り声がして驚いたアールは思わず身を縮めた。風呂から上がったカイとシドが、口喧嘩をしていたのだ。放っておけないルイは、直ぐに洗濯物を床に置いて2人の間に入った。
 
「どうしたのですか? 何が原因ですか? 他のお客様に迷惑ですから、叫ぶのはやめてください」
「シドが俺のおもちゃ踏んだんだ! 見てよぉ! 買ったばかりの大事なブロックが欠けた!!」
 と、カイは欠けたブロックをルイに見せた。
「んな所に置いてるオメェが悪いんだろッ!!」
「ちゃんと足場を確かめないシドが悪いんだぁー!!」
 
カイが叫び、シドに飛び掛かった。どっちも引かず、それを見ていたアールは子供の喧嘩としか思えなかった。
 
「そもそも何で床に置くんだ馬鹿がッ!!」
「狭いんだからしょうがないだろぉー?!」
 
口喧嘩は取っ組み合いにまで発展し、さすがのルイも呆れて言葉が出て来ないようだった。
 
「カイさん、落ち着いてください……」
「なんだよぉ! ルイはシドの味方なのぉ?!」
「そういう訳では……」
「じゃあアールはどっちの味方なんだよぉ!!」
「えぇッ?! 私?!」
 
──なんで急に私に訊く? とばっちりにもほどがある!
 
「どぉーっちなんだよぉ!!」
 カイはアールの意見を促した。
「どっちもどっちだと思うけど……」
「あ゙ぁ?!」
「えぇーっ?!」
 と、カイとシドに睨まれたアールは、完全に2人のくだらない喧嘩に巻き込まれていた。
「人が歩く場所に大事な物を置くカイもどうかと思うし、気付かず踏んしまったとしても、壊したことは確かなんだから謝らないシドもどうかと思う……かな」
 ため息混じりにそう言って、アールはベッドに腰掛けた。
 
カイはシドの胸倉を掴んだ手を離し、膨れっ面で床に散らばったブロックをかき集め始めた。それを見ていたシドが面倒くさそうに口を開く。
 
「……まぁ壊したのは悪かったな。けどそんなとこに置くんじゃねーよ!」
「わかったよ。でも弁償してよねぇーっ!」
 
2人は曖昧に仲直りしたようだった。ルイはホッとした表情で、「すいません、ありがとうございます」と、小さな声でアールに耳打ちをして、部屋を出て行った。これからお風呂に入るのだろう。
 
喧嘩するほど仲が良いというのはこのことなのだろうか。
アールは洗った洗濯物をシキンチャク袋へと仕舞った。
 
 

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©Kamikawa
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