voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷12…『着信』

 
アールが目を覚ましたとき、室内はとても静かだった。
体を起こし、ちょっとだけ眠るつもりが随分と長く寝てしまったような気がする。そして、体に掛けられた薄手の布団に気づき、慌てて脱衣所を出た。
 
ベッドがある部屋へ移動すると、カイがまだ布団の中で眠っていた。窓際のテーブルに、メモが置かれている。アールはルイが掛けてくれた布団を畳みながら、メモに目を通した。
 
《買い出しに行ってきます。シドさんはトレーニングだそうです。朝食はモーニングセットがオススメです。僕とシドさんは先にいただきましたので、好きなときにご注文を。洗濯物はロビー横の通路の先に裏庭に出るドアがあります。裏庭は洗濯所で、空いている洗濯機を利用してください。カードキーを置いておきますね。なにかありましたら電話してください。 ルイ》
 
アールは欠伸をして、畳んだ布団を最初に自分が寝ていたベッドの上に置いた。
 
「……あっそう、ふぅーん、信じらんないなぁ」
 そう言ったのはカイだった。
「寝言?」
 と、アールはカイの寝顔を覗き込む。
「あれが? アールの? 違うでしょ」
「私……?」
「だって俺のよりデカいよ」
「なんの夢見てんのよ……」
「…………」
「…………」
「アールがそんな馬鹿でかいベージュのパンツ履かないよ」
「……最低だな」
「ん……え、拾った?」
「…………」
「じゃあアールのかな。」
「なんでだよ!」
 
隣のベッドの枕を掴んで、カイの顔に振り下ろした。バフッといい音がなる。カイの体がビクンッと震えて、枕を外すと目を見開いていた。
 
「わぁ! ビックリしたぁ」
 目を見開いていたカイに驚いたアール。
「アールって結構あれだね、ババくさいパンツ履いてん──」
「それ夢だから。」
 ボフッとカイに枕を放り投げる。「一緒に朝ごはん食べない? ひとりじゃ寂しいし」
「え? てことはアールとふたりきり?」
「モーニングセットでいい?」
「……はい」
 
カイはフロントに電話を掛けるアールの後ろ姿を眺めていた。──ま、まるで新婚生活みたいだ! アールと俺の新婚旅行。早めに起きたアールは暫く俺の寝顔を眺めてニコリと微笑んだ。どんな夢を見ているのかしらと、アールは顔を綻ばす。でもいつまで経っても俺は起きなくて、俺と話しがしたいアールはご機嫌斜めに。だからちょっと強引に起こして拗ねてみたんだけど、結局やっぱり新婚旅行なんだしケンカはよくないよねってことで『一緒に朝ごはん食べない? ひとりじゃ寂しいし……(あなたの寝顔を眺めながら食べるのも悪くないけれどね)』と言ったんだ。
 
「完璧すぎるシナリオだ!」
「モーニングセット頼んだからね」
 と、アールは電話を切った。
「アールぅ、せっかくの旅行なんだし、一緒に混浴なんてどう?」
「旅行? カイまだ寝ぼけてんの?」
 アールはカイの隣のベッドに腰掛けて、シキンチャク袋から袋に詰めた洗い物を取り出した。
「なにもう既に洗い物を運ぶ袋に詰めてんのさ。アールおバカなの?」
「え、楽かなって。ごみ箱と一緒。その辺に散らかして、後で纏めてごみ箱に入れるより、最初からごみ箱に入れといたほうが早いよ」
「それじゃあアールの下着見れないじゃん」
「カイは下着しか頭にないんだね」
 と、洗濯物を持ち上げた。
「いいえ、裸にも興味あります」
「ちょっと洗濯所に持って行ってくるね」
「いってらっしゃいませ」
 カイはベッドから手を振った。
 
アールが洗濯所から戻ってきたときにはちょうど部屋に朝食が運ばれた後だった。
妙にテンションが高いカイに促されて窓際のテーブルの席に座り、食事を済ませた。
 
食器を重ねていると、ベッドに戻ろうとしたカイのポケットから携帯電話が鳴った。
 
「あ……」
 と、カイはバツが悪い顔をする。
「誰から? 食器って取りに来てくれるのかな」
「両方わかんない」
 そう答えてカイはベッドにダイブした。
「電話、出ないの? あ、デンデンからだ?」
 
以前、カイの携帯電話にデンデンという人物からしつこく電話があった。本人の代わりに出たアールに向かってデンデンという男は高笑いや蔑む言葉を罵り「死ね」を連発した。
 
「んー、まぁね」
 カイはわかっていた。おそらくシオンからだと。「ねー、ルイは?」
「お買い物。なにか用事?」
「……べつにぃ」
 と、枕に顔を埋めた。
 
アールはそんなカイに首を傾げた。なんだか様子がおかしい。なにかあったのだろうか。
その間も携帯電話は鳴り続けていた。
 
着信が何度かあり、そのせいで二度寝が出来ないカイは仕方なく電源を切った。それから10分ほどして、ルイが両手にレジ袋を下げて帰ってきた。
 
「おかえり」
 
アールが出迎え、カイの様子が気にかかることを伝えた。“誰かからずっと着信があって”と聞いたルイはすぐに察した。しかし既にカイは眠りの世界に入っていた。
 
「アールさん、朝食は?」
「食べたよ、カイも一緒に。5分くらい前に食器を下げに来たの」
「そうでしたか」
「洗濯物も洗濯機にぶち込み済みであります!」
 と、アールは敬礼。
「ご苦労様です」
 と、ルイは笑顔で敬礼を真似た。
 

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