voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷11…『異常だぞ』

 
深夜2時。
 
アールはベッドからむくりと起き上がり、目を擦った。それから棚の上にある置き時計に目を凝らし、首を傾げた。
 
……なんでこんな早く起きちゃったんだろう。
 
0時前に寝て2時間くらいしか寝ていないわりには目が冴えていた。
仕方なくもう一度横になり、布団を被った。床ではルイとシドが布団を敷いて寝ている。隣のベッドではカイが寝ていた。相変わらずヴァイスの姿はない。
なんで一緒に寝ないのだろう。意外と一番寝相が悪かったりして、と、アールは布団の中でクスクス笑った。
 
暫く布団の中で考え事をしていたが、一向に眠くなる気配がなかった。明日はお祭りがある夜までは特に用もなく、もう1泊するわけだから無理に眠る必要はなかった。
 
そういえば最近はめっきり幻聴を聞かなくなったなと思う。一度城に帰されて正解だった。これといって心のケアをした覚えはないから、また再発するかもしれない不安はある。狂いそうだったとき、シェラが支えてくれたことも思い出す。はじめはキツイと思っていた香水の香りが、心地好かった。精神安定剤のようで。
 
シェラはいつ頃、刑務所から出られるのだろう。また会えるだろうか。少しは強くなったってところを見せたい。この世界に来て初めて出来た友達。
 
この世界に来て、大切にしたいものを見つけたいなどと思うことはなかった。出来ることなら仲間とさえ強く消えない一線を引いておきたいと思っていた。情が移ると辛くなるから。帰る頃には手放すものだから。
それなのに少しずつ手に入れていくものが増えて、それが支えにも錘(おもり)にもなったりする。
 
アールは小さくため息をつき、ベッドから下りるとシャワールームへ向かった。
シャワールームの電気をつけて、鏡の前に立つ。鏡に映る自分と目を合わせた。そこにいるのは元の世界にいた頃には見ることがなかった自分の姿が映っていた。紛れも無く良子ではなく、旅を続けてきたアールだった。
 
「う”ぅ〜…シェラに逢いたいよぅ」
 
情けない顔をして、思いを馳せた。洗面所の隅っこに腰を下ろしてなにもない壁を眺めていると気持ちがスッと静まった。
仲間と同じ空間にいると気づかないままに少なからず何かを意識し、気遣っているのかもしれない。独りぼっちになるのは寂しいけれど、こうして壁を隔ててすぐに会える距離にいる安心感の中で一人になる時間は穏やかに思えた。
 
極端に言えば彼らに限らず誰かと一緒にいるときに女性であるアールにとっては大きな口を開けて欠伸さえもできない。今でこそ彼らの前で欠伸くらいは出来るものの、欠伸をすればルイに心配される。それに対して大丈夫だよと反応する。これがひとりならただ欠伸をして終わるところだ。
小さな気遣いや意識が募りに募って疲れを感じることもある。
 
特にアールは、実家に住んでいたとはいえ家族の中で孤立していた。だからこそ誰かと長時間一緒に過ごすことに慣れていなかった。
 
━━━━━━━━━━━
 
翌朝、一番に目を覚ましたのはルイだった。
背伸びをして、開けた窓の枠に引っ掛けるようにして布団を干した。シーツは洗い物と一緒に袋に詰めた。
 
床に寝ていたシドは暑かったのか珍しく掛け布団が放り出されている。ルイはそれを綺麗に畳み、今度はベッドに眠るカイに目を遣った。カイの掛け布団はベッドの下に落ちていた。しかしルイは掛布団よりもアールベッドにいないことに気づいて、優先順位がアールへと変わった。
 
トイレだろうか。それともこんな朝早くに出かけたとか……
のどかな町だ。危険はないだろう。
 
ルイは床に落ちていた掛け布団を拾い上げ、カイに掛けた。
それから室内の通路を通ってトイレのドアをノックしようとしたが、手を止めた。トイレの隣にあるシャワールームの電気がついている。ドアの左上に丸い小さなスモークガラスがあり、そこから光が漏れているわけだが、ドアが微かに開いており、その隙間からもオレンジ色の光が漏れている。
 
「アールさん?」
 
シャワーの音は聞こえない。
反応がなく、開けることを伝えてからドアを開けた。一見誰もいないかと思ったが、ドア側の隅っこでアールが丸くなって眠っていた。倒れているわけではないとすぐに悟ったのは、バスタオルを掛け布団代わりにしていたからだ。
 
「なぜこんなところで……」
 
不安げにアールを見遣った。脱衣所の隅で寝ているわりにはスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
その寝顔に、こんな場所で寝ていたら体を痛めるし風邪をひきますよ、と言えなくなったルイは、自分のシキンチャク袋から薄手の毛布を取り出して寝ているアールの体にそっと掛けてあげたのだった。
 
それから前日の夜に出しておいた彼等の洗濯物をまとめて持ってロービーを訪ねた。
洗濯所は宿の裏口から出た庭にあるという。行ってみると、お客様用の6台の洗濯機が宿の壁に添って並べられており、随分と広い裏庭には大きな物干し竿がずらりと並んでいる。その内の2ヵ所は既に使用されており、布団のシーツや洋服が風に靡いていた。
 
「雨が降りそうなときは屋根を張るから安心ください。屋根といってもテントで使うビニールの屋根ですが」
 と、様子を見に来た宿主が言った。
「そうですか。ですが今日はいいお天気になりそうですね」
 ルイは空いている洗濯機に衣類を一枚ずつ入れていった。
 
洗濯所から部屋へ戻ると、ちょうどシドが布団から起きて背伸びをしているところだった。
 
「シドさんおはようございます。脱衣所で顔を洗うのでしたら、アールさんが寝ていますのであまり音をたてないように」
「はあ?」
 
ルイも、アールに布団を掛けてあげたあと、なるべく物音を立てないように洗顔と歯磨きを済ませていた。
 
「裏庭に水道がありましたのでそこで朝日を浴びながら顔を洗い、歯を磨くのもいいかもしれませんね。鏡はありませんでしたが」
「はあ?」
「朝食はモーニングセットでよろしいですか? 日替わりパンとシチューとミルクだそうです。プラスコーヒーは無料だそうですので」
「まかせるわ」
 と、シドは立ち上がり、軽くストレッチをしてから脱衣所へ。
 
ルイは部屋の電話からモーニングセットをふたつ頼んだ。
脱衣所に入ったシドは思わず動きを止めた。脱衣所の隅っこでアールが寝ている。
 
「…………」
 
猫みたいだな、とシドは思った。
ルイからの忠告を聞く気などさらさらなく、いつも通り洗顔と歯磨きを済ませた。物音を立ててもアールが起きる気配はない。
 
ベッドがある部屋に戻ると、ルイが窓際のテーブルを拭いていた。シドの布団は畳まれている。
 
「シドさんのお布団も、後で外に干しておきますね」
「あぁ」
 
シドは朝食が来るまで床に腰を下ろしてストレッチをした。
ルイがシドの布団を持ち上げたとき、前屈をしながらシドが言った。
 
「ちびっこに訊いたのか?」
「え?」
「びでおてぇーぷ」
 と、半笑いを浮かべたシド。
「……えぇ」
「で?」
「…………」
「夕飯食ってたときの様子からしたら、和解したみてぇだな」
「和解もなにも……」
 ルイは視線を落とした。
「心が広くてよかったな。お前じゃなきゃ、ドン引きしてるところだろうな」
「…………」
「生きたまま焼き殺すなんて、異常だぞ」
 
そう言ってルイを見遣ったシドの目は、忠告とも思えるほど真剣だった。
 
「……わかっています」
 

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