voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷10…『ルイの痛み』

 
宿までの帰り道、大通りに入ると町の男たちが集まってお祭りに出す出店の準備をしていた。
 
「お祭りは明日の夜だよね?」
 と、アール。
「えぇ。準備が忙しいのでしょうね。明日になればきっと余所の街から観光客が来て人が増えますから今のうちに準備に取り掛かっているのかもしれません」
 と、ルイは答えた。
「へぇ、結構大きなお祭りなのかな? 楽しみだなぁ。ルイ、お祭りといえば?」
「お祭りといえば……そうですねぇ、わなげですね」
「意外なとこきたね。お祭りといえば、かき氷!」
「夏のお祭りには欠かせませんね」
「あそっか。これはなんのお祭りなの?」
 
2人は肩を並べて大通りを抜けてゆく。
 
「町にゲートボックスが開通した記念日だそうですよ。田舎町ほど開通が遅かったので」
「へぇ、意外……。りんご飴とかある?」
「あると思いますよ」
「焼きとうもろこし、焼鳥、から揚げ、ヨーヨーすくい、金魚すくい……お面に焼きそば」
「色々出てきますね」
 ルイは楽しそうに微笑んだ。
「全部ある?」
「あると思います」
「なにか買ってもいい?」
「もちろんです。帰ったらお小遣を渡しますね。──カイさんにはいくら渡すべきか悩みますが」
「カイはお祭り大好きなんだろうなぁ」
 と、アールは笑う。
「大はしゃぎでしょうね」
 
2人が宿に戻ったときには既に外は薄暗く、午後8時を迎えていた。
この宿には台所がついていないためルームサービスになる。部屋に取り付けられている固定電話が置かれた棚の上に、メニューも置かれている。
 
「アールさんお風呂どうなさいますか?」
 ルイはメニューを開きながら言った。「夕食先にいただきますか? ルームサービスが10時までで、部屋に一応シャワールームは付いていますが浴槽はフロント横の共同でそちらも10時までだそうですが」
「私はシャワーでいいや」
 
本当はお風呂にゆったりと浸かって旅の疲れをとりたかったが、共同ならシャワーのほうがマシだった。人目が気になっておちおちゆっくり入っていられない。
 
ルイはアールにヴァイスへの連絡を頼み、自分はシドとカイに掛けるつもりだったが2人は一緒にいたため、シドに掛けただけで済んだ。
 
電話を切ったアールはルイの隣に歩み寄ってメニューを見遣った。
 
「ヴァイスは外で食べてくるってさ」
「そうですか、こちらのお二人は今から戻るそうです。メニューどうぞ」
 ルイはメニューをアールに手渡した。
 
アールは窓に寄せてあるテーブルにメニューを置き、椅子に座ってから夕飯は何にしようかと一品ずつ写真を眺める。
 
「どれも美味しそう!」
 
ルイはアールがメニューを決めるのを窓に寄り掛かって待っていた。不意に、ビデオカメラのことを思い出す。シドが言ったセリフも。
 
「アールさん……」
「んー?」
 アールはメニューを見ながら相槌をうった。
「つかぬ事をお尋ねしますが……」
 ルイは胸が詰まる思いがした。急に不安が襲い、言葉がつっかえる。
「どしたの?」
 アールはルイを見遣り、首を傾げた。
「あ……アジトで死体を見たと思うのですが」
 
ドクリと心臓を跳ね上げたのはアールだった。動揺で一瞬、目の前が眩んだ。
 
「それがどうかした?」
 
動揺を隠そうと意識しすぎて、無意味ににこりと笑ってしまう。
そんなアールの心境を、ルイは薄々感じていた。──彼女は何かを知っている。
 
2人は不自然なほど見つめ合っていた。
 
「シドさんが、ビデオカメラのことを話していたので」
 漸く口に出したその声は微かに掠れていた。
「…………」
 アールはアールで、まさかルイから訊かれるとは思っていなかったせいでうまく反応出来ずにいた。
 
ビデオカメラのことを、そこに映っていた映像のことを、知らないふりをすべきなのか、正直に知っていると言って気にしないふりをするべきなのか、なせあのような殺し方をする必要があったのか問うべきか……
アールはルイの目から反らさないようにしていた視線を、落としてしまった。
 
その途端に、ルイは崩れ落ちてしまう──
 
「え……ルイっ?!」
 
アールは椅子から下りて、胸を押さえながら四つん這いになっているルイの背中に手を置いた。過呼吸のように荒々しい呼吸を繰り返しているルイの体が何かに怯えるようにガタガタと震えている。
 
「ルイ……」
「すみません……すみません……すみません……」
 
繰り返し謝り続けるルイに、アールは戸惑いながら背中を撫でた。
 
「僕が……僕が……」
「……大丈夫」
 
アールは横からルイを包むように抱きしめると、肩をポンポン、と優しく叩いた。
 
「大丈夫。大丈夫だから。落ち着いて」
「僕が……」
「わかったから。大丈夫だから。ね? ルイ、ゆっくり呼吸して。私みたいに過呼吸になったら大変。大丈夫だよ、よしよし」
 
アールはルイの肩をポンポン、ポンポンと軽く叩いて宥め続けた。
 
「2人が帰ってきちゃうよ。──ルイ、聞いて? 不安だろうからちゃんと全部話すね。あのね、ビデオカメラはカイが回収したの。それでね、私も録画されていた映像を見たの。シドからどこまで話を聞いたのか知らないけど、あの倉庫で亡くなっていた人達と、ルイが映ってた」
 スラスラと全てを話し、アールは言った。
「驚いたけど、シドが言ったの。私が暴行受けてた動画を見たか、奴らが見てるのを目撃してカッとなって……手を下したんじゃないかって。そういえば私もね、ほら、ログ街のVRCでカイが知らない男たちに目をつけられたとき、カッとなって一人で立ち向かって行っちゃったんだよね。あのこと思い出しちゃった」
 
アールは話し終えたとき、ルイの呼吸は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
 
「……ありがとうね、ルイ」
 
アールは、お礼だけを言った。やり過ぎだとか、そう言ったルイを責めるようなことは口に出さなかった。ルイが一番後悔しているのを感じたからだった。
 
ルイはルイで、アールが気を遣ってくれていることに気づいていた。小さな体に抱きすくめられて、落ち着きを取り戻しはじめた。
 
「──ルイ、私決めた!」
「え……?」
「本日のオススメ、チーズ入りハンバーグのご飯セットにするよ!」
「…………」
「やっぱり高い?」
 と、アールはルイから手を離して顔を見遣った。「1000ミル近いもんね……」
「いえ、僕もそれにしようと思っておりました」
 
微笑んだルイは額から、汗が流れ落ちた。
 

トラウマというものは知らず知らずに自分の心に植え付けられていたりする。
外部から受けた圧力に耐え切れなくなってそれから逃げようと守りに入る。そうすることでトラウマは心の奥深い場所に根付いてく。
 
特に心が成長しきれていない幼少期に植え付けられることが多い。
 
自分で気づいていないトラウマを、私はいくつ抱えているんだろう。
みんなには当たり前に出来て私には出来ないことの原因の根元を辿っていけば幼い頃に受けたトラウマにたどり着くこともあるのかもしれない。
 
今の自分を形成するのはいつだって過去の自分だ。
どんなにトラウマと向き合っても誰も完璧な人間になんてなれない。でも完璧な人間に、理想の人間に、近づくことはできる。
 
ルイ
 
この時はまだ、ちゃんと痛みと向き合うことが出来ずにいたんだよね。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -