voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷8…『ルイの不安』

 
窓際の前に置いた小さなテーブルの椅子に腰掛け、俯いていたルイの携帯電話が鳴った。
しばらく呆然としていたルイはなかなか気が付かなかったが、一度音が止み、もう一度鳴り始めて漸く気づいた。
慌ててポケットから取り出し、着信の相手を確認して躊躇う。──アールからだった。
 
「アールさん……」
 
シドの言葉が何度も繰り返し再生される。
 
  お前が焼き殺したんだろう?
 
なぜ彼が知っているのだろう。あのビデオカメラのことも。彼はアジトにはいなかったはずだ。となると誰かが知らせたことになる。
 
今も尚、携帯電話は鳴り続けている。ルイは意を決して、電話に出た。
 
「……はい」
『あ、ルイ? ごめん、忙しかった?』
 
電話の向こうから聞こえてくるアールの声は明るかった。ルイは安堵し、すぐに否定した。
 
「いえ、大丈夫ですよ」
『そう? なかなか電話に出ないから忙しいのかと思ったんだけど……』
「携帯電話をテーブルに置いたまま、離れておりましたので。すみません」
『ううん、それならいいの。──あのね、シェラの家見つかったよ!』
「本当ですか? 早かったですね」
 ルイは椅子から立ち上がり、窓の外を見遣った。
『一発命中だよ。でね、今シェラの家にお邪魔してて。もしお墓がわかったら、一緒にお参り行かない? こっちの世界のお参りの仕方、わかんなくて。同じならいいんだけど』
「わかりました。ではまた場所がわかりましたら連絡してください。今日行かれますか?」
『うん、遅くならなければ今日中に行こうかなと思ってる』
「わかりました。では連絡をお待ちしております」
 
電話を切ったルイは深く溜息をついた。
彼女の様子からして、あの焼け焦げた死体は自分の仕業だと気付いていないということだろうか。気付いてしまったらと考えると目眩がした。自分でも信じたくはない自分の行動。
知られたくはないと思ってしまう。
 
心臓がドクドクと鈍い音を立てて息苦しい。
ルイは額に汗を滲ませながら、部屋にある洗面所に行って顔を洗った。
 
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「0勝10敗……。なんで俺ってモテるのに女の子の連絡先教えてもらえないんだと思う? やっぱり連絡先教えたらすぐに俺に本気になってしまって毎日逢いたくなって独り占めしたくなってしまうのが怖いからかなぁ。もしくは、連絡先教えた途端に俺が狼になって襲っちゃうとか思われてるのかなぁ、ほら、俺って目の奥に男らしさが見えるじゃない? そういうのに怯えてるのかなぁ。襲ったりしないのにさぁ。それとも本気だからこそ連絡先を教えるのが不安なのかなぁ、もしも遊びだったら私傷ついちゃう!みたいな? 傷つきたくないから簡単には教えてくれないのかもしれないねぇ、モテるって結構辛いよ……」
「…………」
「全然独り占めしてくれて構わないのにさぁ……あ、遠慮してるのかなぁ。『カイ君にはもっと素敵な女の子がお似合いだから……』って泣く泣く身を引いたりぃ、『カイ君はモテるからみんなのカイ君でいてほしいの』とか思われてるのかもしれない。だって女の嫉妬って怖いって言うじゃん?『私のカイ様に手を出さないで!』なんて言う女の子が現れたら大変だから心配してくれているのかもしれないねぇ」
「…………」
「ねぇヴァイスん、聞いてるー?」
「……あぁ。」
 
カイは星影丘にいた。女の子をナンパしても連絡先ひとつ手に入れられなかった彼は高台にヴァイスがいるのを発見して登ってきたのだ。
 
「まぁヴァイスんは残念ながらモテないだろうから俺の悩みなんてわからないだろうけどさぁ。──もっと笑ったり面白いこと言ったほうが女の子にモテるよー?」
「…………」
「いや、ヴァイスんはカッコイイとは思うんだけどねぇ、クールってゆうかさぁ、何考えてんのかわかんない謎めいた感じとかミステリアスでいいんだけどぉ、女の子ウケはしないと思うなぁ。駄洒落とか言ってごらんなシャレ」
「…………」
「例えばねぇ……、ヴァイスの駄洒落はやばいっす!とか」
「…………」
「あ、高度過ぎてわかんなかったかなぁ。ヴァイスの駄洒落は、や“ばいっす”だよ」
「…………」
「うんうん、まぁいきなりは無理だと思うから、徐々に練習していけばいいと思いヴァイス」
「…………」
「笑いたかったら我慢しないで笑えばいいのにねぇ、スーちん」
 
フェンスの上にいたスーはカイを横目で見遣った。──全く面白くない。勘違いもいいとこだ。と、言っている。
 
「お前はアールを好いていたのではないのか?」
 と、漸くヴァイスが口を開いた。
「え? アール? アールはねぇ、特別なんだよ。なんていうかぁ、別腹っていうのかなぁ」
「…………」
「一番とか二番とかってそういう中に入ってないんだよ、別のカテゴリーに入ってんの」
「……よくわからんが、器用だな」
「器用? よく言われるー。俺の手はゴッドハンドでねぇ、粘土を握らせたらなんでも作っちゃうし、女の子を触らせたら……」
「…………」
「腰を抜かすね!」
「無理はするな」
 と、ヴァイスはカイに背を向けると、フェンスの上にいたスーが慌ててヴァイスの肩に移動した。
「無理なんかしてないよ! もう腰ガクガクでねぇ、もうメロメロでさぁ」
「真実味がないようだが」
「むうっ……」
 
ヴァイスは階段を下りてゆく。
 
「もうヴァイスんは俺に嫉妬しちゃって。困ったさんだなぁ」
 
フェンスに寄り掛かり、町の景色を眺めた。柔らかな風が吹いて、心地好い。
 
「隣に女の子がいたらなぁ……あ、アールがいんじゃん」
 
カイは携帯電話を取り出してアールに掛けたが、電話に出なかった。
 
「全く、焦(じ)らし上手なんだからもうっ」
 
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「出なくていいのかい?」
 と、民族衣装に身を包んだお婆さんが言った。
 
若い女性が着ていたものよりも落ち着いてた色合いだが、長い白髪をみつあみにして少しぽっちゃりとした姿が可愛らしい。
 
「いいんです、大事な用なら留守電にメッセージ入れるはずですし」
 アールはそう言って携帯電話を仕舞った。
 
アールの斜め前に、シェラの祖母、カーリーが座っている。話を聞き、全て納得した上でうんうんと頷いた。
 
「シェラはいいお友達が出来たようだね」
「そう思ってくれているといいんですけどね」
 と、アールは苦笑い。
「思っているさ。あの子は友達を作るのが下手だったからね」
「え?」
 
町の人やお兄さんの話と違う。話を聞く限りではみんなから愛されて周りに沢山人がいて、誰とでも仲良くなれるようなイメージがあったのに。今のシェラを見ても。
 
「あの子は明るいから、外に出ればすぐに誰かに声を掛けられていたよ。でもね、心は開いていなかった。その原因はおそらく、父親と、血の繋がらない兄にあったんじゃないかね。子供なりに気を遣っていたし、なにかおかしいことくらい気付いていたさ」
「そうですか……」
「自分ばかり愛されていることに嫌悪感を抱くようになって、自分と兄への態度が違うことに疑問を感じていた。早い段階で父親からの愛情を疑いはじめ、親を信じられなくなると周りの目を疑うようになる。あの子は周りに合わせるのが上手なだけで、溶け込むのは下手だった。いつだって外見では人と楽しそうに笑顔で接していても、心の奥は寂しそうだった」
 

──シェラからの手紙を思い出していた。
彼女の本心が書かれていた手紙。
 
シェラは私のことを友達だと思ってくれていたかな。
少ししか一緒に過ごせなかったけれど。
そんなことを考えながら、おばあさんの話に耳を傾けていたよ。
 
私の知らないシェラがこの町にいて、貴女を知った。
勝手なことをしてしまったかなと少し後悔もした。でも、貴女を知れてよかったとも思う。
 

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