voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷7…『シェラの過去』

 
「──で、途方にくれてたら、ある人に救われたんだ。俺が8才の時だった」
「ある人?」
 と、アールは訊く。
「親父が新しく出会った女。シェラの母親だ」
「え、あなたはお父さんと一緒に暮らしてたんですか?」
「いや。親父は俺を息子だと認めなかったからな」
 男はそう言って、ポケットからタバコを取り出した。「──いいか?」
「あ、どうぞどうぞ」
 と、アールはテーブルの端にあったガラスの灰皿を男の前に移動させた。
「悪いな」
 一言そう言ってタバコを一本ふかしたその手は小刻みに震えていた。 
「親父は悪行に手を染めていた。強盗だったんだよ」
「強盗……ですか」
「シェラが生まれる前……まだシェラの母親と出会う前の話だ。組織で動いていて、あるとき強盗に入った家の住人ともみ合って、仲間が住人を殺してしまったんだ。それにビビった親父は自ら自首した。その時につい仲間の名前を出しちまったんだよ」
 男はそう言ってタバコを深く吸い込み、ふぅと吐き出した。
「親父は刑務所で暮らしている中で更生して、刑期を終え出所した。──で、シェラの母親、ウェンディと出会ったんだ。二人が出会って間もない頃に俺は親父の元を訪れたが、息子だというなら証拠を持ってこいって言われて門前払い。8才だった俺が証拠なんか持ってるわけがない。母親とは連絡取れなくなるし、行き場を失って近くの公園にいたらウェンディさんが声をかけてくれて、事情を聞いてくれた。親父との間に入って説得を試みてくれたけど、ダメだった。そしたら、私の実家を訪ねてごらんなさいって言ってくれだんだよ、ここ、カモミールを」
 
男は今いるこの場所を示した。
 
「ウェンディさんの実家を?」
「あぁ。母には話しておくからって。ウェンディさんのな。そしたらウェンディさんの母親であるカーリーさんが快く俺を引き取ってくれた。感謝仕切れねぇよ」
「そうだったんですか……」
 
シェラの母親の優しさに心を打たれる。なかなか決断できることではないと思った。本当に付き合っている男の息子かどうかもわからないし、例えそうだとしても他の女との間に生まれた子供だ。普通に考えれば彼女が面倒を見てやる義理などないのに。
 
「それから暫くは俺が心配だからとウェンディさんも実家に戻っていたんだ。そこに親父が度々やってきた。俺にはなんの挨拶もなしに、ウェンディさんと映画なりなんなり出掛けるために」
「デートですね……」
「俺は正直、ウェンディさんが母親になってくれるなら本望だった。まぁ親父には息子として認めてもらうのは難しいだろうけどな」
「それで……シェラはいつ生まれたんですか?」
「そんなに後じゃない。ウェンディさんの妊娠がわかってから、親父は昔とはだいぶ変わって必死に働くようになった。家族で暮らす家を買うんだと言ってな。その家族の中に俺は含まれていなかったが、理想の父親のように子供が出来たことを喜んで汗水流して毎日働いているようだった」
「…………」
 
シェラは愛されて生まれてきたのに、彼は愛されなかった。アールは晴れない思いでその話に耳を傾ける。
 
「ウェンディさんは何度も説得を試みてくれたよ。俺も一緒に住もうって。けど親父が頷くことはなかった。なかなか資金が貯まらなくて、ウェンディさんはこの町で子供を産んで、シェラと名付けた。町の住人からも愛されて育った。親父の過去を知らない住人は親父に対しても親切にしてくれて、親父は親父で結構この町を気に入っていたんじゃないかと思う。俺さえいなければ、この町に住んでいたはずだよ」
「どうしてお父さんは貴方のことをそんなにも避けていたんですか? なにか理由があるように思えるんですけど……」
 と、アールは恐る恐る尋ねた。
「いくら更生してもダメ人間な部分は変わらない。──過去を忘れたかったんだろう。過去の過ちは捨てて未来だけ見て、ウェンディさんと、その間に生まれた子供と3人で新しい人生を生きたかったんだ。過去も受け入れて前に進むとか、そういう器用なことが出来る親父じゃなかったんだよ」
「本当にそれだけで……?」
 と、アールは納得がいかなかった。
「なにかしら理由を付けたくなるのはわかるよ。俺も始めはそうだった。他にちゃんとした理由があるはずだって。そうであってほしいってな。けど、ただそれだけだった。今ならよくわかる。俺も親父に似て不器用だからな」
 
男は短くなったタバコを灰皿に押し潰して火を消した。紅茶を一口飲み、写真立てを見遣った。
 
「別の街に家を建てて、親父はウェンディさんとシェラを連れてこの町を出た。──そのときに親父が俺に言った一言は今でも忘れないよ」
「なんておっしゃったんですか?」
「“元気でな”」
「え、それだけですか?」
 と、アールは拍子抜けした。
 
男は笑って、ソファの背もたれに寄り掛かった。
 
「それだけだよ。けど嬉しかったんだ。息子として受け入れてはくれなかったが、決して俺を嫌っていたわけじゃなかった。申し訳なさそうに言った親父の顔を見て、俺は少し笑いそうになったよ。──おっとやべぇ」
 と、男は柱の掛け時計を見遣り、慌てて立ち上がった。「ばあさんがもうすぐ帰ってくる。ちょっとシャワー浴びていいか?」
「え? あ、はい……」
「作業着のままソファに座ってると怒られるんだよ。ばあさんは物分かりがいいから、もし俺がシャワー浴びてる間に帰ってきたらシェラの友達だって言って事情を話せば受け入れてくれるから」
「はい……あ、あのっ」
 と、アールは慌てて声を掛けた。
「なんだ?」
「シェラが今……どうしているのかご存知ですか……?」
「……あぁ、殺したんだろ? 親父を」
 意外にもあっさりと男はそう言って苦笑した。
「知ってたんですか……」
「殺すかもって言われてたからな。好きにしろって答えた俺も同類だ」
「…………」
「話は全部聞いてた。俺もウェンディさんのことは母のように慕っていたから、親父が見殺しにしたと聞いて正直、殺意を感じたよ」
 
アールはシェラが話してくれたことを思い出していた。
父を恨んでいた男が突然家に押しかけてきて、母を人質にしてお金を要求してきたことを。けれど父親は顔色ひとつ変えず、助けようともしなかった。そして母は殺された。父親と自分の目の前で。
それから父親は逃げるように家を出て行った。
シェラは一度母方の祖母、カーリーさんに引き取られたが、父に対する憎しみは増すばかりで、復讐を誓った。再び3人で暮らしていた家に戻ると、父親が帰ってきた。酒に酔い、成長したシェラを見て誰かもわからず、口説いてきた父親にカッとなって、殺した。
 
「そのことをおばあさんは……?」
「知ってるよ。全部お見通しだ」
 

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©Kamikawa
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