voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷6…『それぞれの時間』

 
カモミール第一広場ではカイが同い年くらいの女性とベンチに座っていた。
 
大きな円を描くように植えられた花が咲いている。円の中央には女性の銅像が立っており、円の外側に道が作られていて一定間隔にベンチが置かれている。
 
「あの銅像はなにかなぁ」
「あれは、この公園を作った女性です」
 と、カイの隣に座っている少女はしおらしく答えた。
「へぇ、敬ってるんだねぇ」
「えぇ」
 
ほのぼのとした空気が流れる。
カイは確信していた。今回のナンパは成功する!
 
「ところで君、お名前は?」
「秘密でございます」
「ヒミツさん?」
「そう呼んでくださってかまいません」
 と、膝を見つめながら恥ずかしそうに笑う。
「じゃあヒミツさんの年齢はいくつだろー?」
「秘密でございます」
「ヒミツ歳? ──あ、132歳? ヒとつ、ミっつ、ツーで132歳?」
「面白い方ですね、ふふふっ」
 少女は片手で口元を隠しながら上品に笑った。
「なんで、とーつって言わないんだろうねぇ」
「え?」
「ひとつ、ふたつ、みっつ……跳んで、ななつ、やっつ、ここのつ、とーつ」
「確かにとーつとは言いませんね」
「でしょー? ところで恋人とかいるのー?」
「秘密でございます」
「好きなタイプは?」
「秘密でございます」
「連絡先教えて」
「秘密でございます」
「…………」
 
その頃ヴァイスは町を見下ろせる小高い丘の上にいた。この丘に上る長い階段があり、頂上は小さな展望台になっており、中央には背の高い電灯と、電灯を背にベンチがひとつ、置かれている。
町の小さなデートスポットだろう。《星影丘(ほしかげおか)》と名付けられていた。
 
ここからは大通りもよく見える。出店らしきものが並んでいる。
祭りは大通りであるようだ。
ヴァイスの肩にいたスーがぴょんと跳ねてフェンスの上に降り立った。スーも景色を眺めている。
 
一方シドは部屋のベッドで鼾をかきながら眠っている。
ルイはそんな彼を横目に、小さなテーブルを窓際に寄せて紅茶を入れると、椅子に座って街を眺めながら嗜んだ。
シドが寝返りを打つ。眠たそうに開いた目に、窓際に座るルイが映った。むくりと起き上がり、頭をかきながら言った。
 
「お前、チビからなにか聞いたか?」
「え?」
 と、ルイはシドを見遣る「なにかとは?」
「ビデオカメラのこととかよ」
 シドは鼻で笑いながらそう言うと、ベッドから下りてストレッチをはじめた。
「……ビデオカメラ」
 そう呟いたルイの表情は強張っていた。
「中、おもしれぇもんが映ってたぞ」
「…………」
 ルイは怪訝な表情を向けた。
「チビが暴行を受けてる映像のことじゃねぇよ」
「え……?」
 
シドは軽いストレッチを終え、壁に立てかけていた刀を腰に差した。
 
「お前が焼き殺したんだろう?」
 
その言葉に、ルイは目の前が眩んだ。
シドはそのまま部屋を出て行った。部屋に取り残されたルイは呆然とシドが閉じたドアを眺めるのだった。
 
━━━━━━━━━━━
 
「ここか……」
 
アールは子供連れの婦人に教えてもらった家の前にきていた。言っていた通り、銀色のプレートで作られた蝶のオブジェが飾られている。
 
ドアをノックする前に深呼吸をし、頭の中でシミュレーションをした。
 
──えっと、「はじめまして、突然すみません。私、シェラの友人のアールといいます。実はシェラの代わりにお母様のお墓参りに来まして……」よし。
 
ドアをノックしようとしたとき、庭に入る門扉から、険しい表情をした男が近づいてきた。
 
「誰だ。なにをしている」
「あ……えっと……」
 
誰だ?と思ったのはアールも同じだった。男は推定30代後半。少し無精髭を生やして、作業着を着ている。可愛らしい町には不釣り合いな薄汚い格好ではあるが、彫りが深い顔立ちで、所謂ハンサムな部類に入るだろう。
 
「シェラの友人で、アールといいます」
 慌ててそう答えて頭を下げると、男はまじまじとアールの頭から足までを見遣った。
「シェラに友人などいないはずだがな」
 と、男はアールを押し退けて玄関のドアを開けた。
「あの……?」
「あいつは町を出て行くときに、もう戻らないかもしれないと言ったんだ」
 男は玄関で靴を脱ぎながら言う。「この町や世話になった住人、友人、家族、全部捨てるつもりで出て行くってな」
「…………」
 アールは首を傾げた。父親に復讐を決めたから、そう告げたのかもしれない。誰にも迷惑はかけたくないとか、捕まる覚悟で。
「なに突っ立ってんだ、入れよ」
「え? あ、お邪魔します!」
 

──シェラ
貴女の故郷は、とても鮮やかで、心安らぐ場所だった。
 
シェラがどれだけみんなに愛されて育ったのか、よくわかったよ。
そんな愛すべき家族や、町の人達をも捨ててまで、父親を許せなかったんだね。
ずっと、憎んで生きていたんだね。
 
でも、貴女が父親を恨み、憎み、復讐を誓ったことで、真実を見る余裕がなくなっていたんじゃないかなと思う。
 
自分の娘を赤の他人だと思って下心を持って近づこうとしたそのだらし無さは、私もどうかと思うけどね。

 
アールは居間へと通された。
オレンジカラーのソファがお洒落で、鮮やかなチロリアン柄の刺繍が施されたクッションもインテリアのひとつとして飾られている。
ソファに腰掛けると、目の前に大きめのテーブルがあり、中央にはカモミールの小さな花が白い花瓶に挿してあり、その向こう側にテレビや木製の箪笥が置かれている。箪笥の上にはいくつか写真立てがある。思わず身を乗り出して目を凝らした。
 
「気になるなら近くで見るといい。シェラの写真ばかりだよ」
 と、男は台所から声を掛けてきた。
 
ダイニングキッチンになっているため、アールがいる居間から男が飲み物を用意してくれている姿がよく見える。
 
「あ、じゃあ失礼して……」
 
アールは箪笥に近づき、写真を見遣った。どれも幼い頃のシェラばかりだ。目が大きいところや顎のラインなど、今と変わらない。
 
「可愛いですね」
 アールがそう言うと、男は紅茶を運んできてテーブルに置いた。
「母の自慢だったからな」
「母……?」
 アールは振り返り、ソファに戻った。
 
L字型のソファに男も腰掛け、紅茶をアールに勧めた。
 
「俺はシェラの兄貴だ。腹違いだけどな」
「ということは、お父さんが同じ……」
「あぁ」
 男は短く返事をして、紅茶を啜った。
 
アールも突然訪れた沈黙に耐え切れずに紅茶を飲んだ。少し独特な味がする。
 
「まぁ、親父は俺を捨てたんだけどな」
「え……?」
「いろいろ複雑なんだよ。親父は昔、女遊びが酷かった。それで適当に遊んだ女の腹に子供が出来たんだ。それが俺だよ。親父は子供をおろせと言ったんだが、母は産んだ。当てつけでな」
「そんな……」
「でもまぁ最初は当てつけで産んだんだが、腹を痛めて産んだ子供に母性本能が芽生えて、ひとりで育ててく決心をしたらしい。でも、俺が成長するにつれて顔も仕草もちょっとした癖だとか、親父に似てきたわけだ。そんな息子を愛せなくなった母は、馬鹿正直に俺に全てを話して、『もうあんたを愛せない。父親の元へ行け』と言ったんだ。勿論、門前払いされたけどな」
 

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