voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷5…『カモミール』◆

 
シェラの故郷《カモミール》は、イメージ通りの町だった。
 
一歩町の中へ入り込めば、そこはメルヘンの世界のようにホワイトとオレンジ色のカモミールの花があちらこちらに咲き誇り、どの家の屋根も鮮やかなグリーン色に統一され、花の香りが風に舞っている。
住人の女性の大半が色とりどりの花の刺繍が施されたボリュームのあるスカートを履いて、頭にはビーズをあしらった赤い布を巻いている。それはポーランドの民族衣装によく似ていた。
 
「やばいやばい可愛い可愛いっ!」
 と、真っ先に心をときめかせたアールに共感するのはカイだった。
「可愛いねぇ可愛いねぇ! こんな可愛い町があったなんて!」
「超やばい……可愛すぎるっ」
「やばいねぇやばいねぇ!」
 

 
シェラも民族衣装を着ていた時代があったのだろうかと、アールは思いを馳せた。
 
「宿を探しましょう」
 と、ルイは町の受付けで貰った町の地図を広げた。
「武器屋ねぇのかよ……」
 ルイの後ろから地図を覗き込んだシドがため息をついた。
「ない町もありますよ。こちらの宿を借りましょう」
 
決して広くはない町に、宿は2カ所だけ。一番近い宿に向けて歩き出すと、アールの表情は綻ぶばかりだった。
蝶がひらひらと飛んでいる。それだけで随分と感動した。
 
「カモミールを使ってつくられた香水が有名なのだそうですよ」
 と、ルイ。
「香水! 詳しいね」
 アールがそう言うと、ルイが地図と一緒に貰った町のパンフレットをアールに手渡した。
「こちらに書いておりました」
「へぇ、パンフレットとかあるんだ」
 開いてみると、イベント欄がある。
「──わぁ! 明日お祭りがあるみたい!」
「ぎゃああぁあ! マジッ?!」
 と、カイが覗き込む。
「驚き方変だよ」
「お祭りっていったら出会いの場じゃーん! あ、アール、違うんだよ。もちろんアールが一番なんだけど、二番手が欲しいってゆうか、いや、アールだけでも俺は全然──」
「ちょうどお祭りのときに来れるなんて運がいいかも!」
 と、アールはルイに言った。
「ですね」
 ルイはにこりと微笑んだ。
「ですね、じゃねぇよ。祭は明日の夜だろ? 武器屋もねぇ町に2泊もするかよ。それにこんなことで運使ってんじゃねーよ」
 シドはそう言ってズカズカと歩く。
「うんち買ってんじゃねーよって聞こえたー」
 と、カイはひとりで笑う。
「そっか……1泊だけ?」
 と、アールはルイを見遣る。
「いえ、2泊しましょう。息抜きも大切ですからね」
「やったぁ!」
「ひき肉も大切ですからねって聞こえたー」
 と、ひとりで大笑いするカイ。
 
そんな彼等の一番後ろを、肩にスーを乗せたヴァイスが黙々と歩いている。
 
一行は町の中心部にある大通り付近の宿にたどり着き、空いている部屋をとった。
宿も可愛らしい内装で、カントリー風になっている。
 
「あぁ……ここに住みたいっ」
 アールは部屋の窓から外を眺めた。その窓もアンティーク調で可愛らしい。
「じゃあ、一緒に住もうか」
 と、カイはアールの横に立って肩に手を回したものの、アールは腰を屈めてスルリと抜け出した。
「シェラのお母さんのお墓、見つかるかなぁ」
 アールはルイに目をやった。ルイはルームサービスのメニューを見ていた。
「家を訪ねて訊くのもいいかもしれませんね。シェラさんの友人だと言えば教えてくれるかもしれませんし。家は……広い町ではないですから、名前を出せば案外早く見つかるかもしれません」
「そっか。そだね」
 
時刻は午後2時半。
遅めの昼食を食べ、一同はそれぞれ思い思いの時間を過ごした。
カイは真っ先に女の子をナンパしに外へ出たものの、シドは武器屋もVRCもないため珍しく昼寝をしている。
ヴァイスはというと、宿に入ってカウンターでルイが部屋の鍵を受けとったとき、部屋の番号を確かめるとすぐに出かけてしまった。
 
アールは暫く部屋の窓から外を眺めていた。
 
「私も外行こうかな。シェラの家探してみる」
「お一人で大丈夫ですか?」
 と、ルイは小さなテーブルで旅の残金の計算をはじめた。
「うん、大丈夫。なるべく早めに帰るね」
「わかりました、お気をつけて」
 
屋根がグリーンに統一されているのは綺麗だけれど、どれも同じ建物に見えるせいで一軒一軒探し回るのは困難に思えた。
けれど、よく見てみると玄関のドアにアレンジを加えている家が多い。玄関のドアを赤色にしている家や、インターホンの下に花を飾っていたり、ドアに絵を描いていたり、お面を飾っていたり、個性豊かなドアプレートだったりと様々だ。
 
「すみません」
 と、小さな女の子を連れて歩いている婦人に声をかけた。
「はい?」
 小さな女の子も民族衣装に身を包んでいて可愛らしい。
「シェラ・バーネットさんってご存知ですか?」
「シェラちゃん? 知ってるけど、この町にはもういないわよ」
 
アールは驚いた。まさか一発目で知っている人と出会えるなんて。
 
「ご実家を探してるんですけど……。私シェラの友人で、頼まれごとがあって来ました」
「そうなの!」
 と、婦人は目を丸くして、楽しそうに笑った。「シェラちゃんは元気?」
「あ……はい。元気でした。もう随分前に会って別れたんですけど……」
 
彼女が逮捕されてしまったことは言わないでおこう。もしかしたら知っているかもしれないけれど。
 
「そうなの、シェラちゃんは昔から活発な女の子でね、小さい頃はずっと髪を短くしていて男の子と張り合っていたから、彼女を知らない人はよく男の子と間違えていたものよ。それがどんどん女性らしくなっていって驚いちゃった。今は彼女を知らない人は少ないんじゃないかしら。お祭りになるとひとりでステージに立って踊っていたから目立っていたの。綺麗なお嬢さんだしね。──でも数年前に町を出て帰ってこないから、シェラちゃんのいないお祭りはいまいち盛り上がらないのよね……」
 
婦人の話を聞いているだけでも、彼女がどれほど愛されていたのかよくわかる。
 
「そうですか……。帰りたいとは言っていたので、いつになるかはわかりませんが戻ってくるとは思いますよ」
 と、アールは微笑んだ。
「そうよね、故郷を捨てるような子じゃないものね。お母様のお墓もあることだし」
「あ、そのお墓ってどちらにあるかご存知ですか? 実はなかなか帰れないからとお墓参りを頼まれて……」
 
そう言ったとき、アールの心に蟠りが出来た。頼まれたわけじゃない。よかれと思って勝手に来たのだ。
 
「ごめんなさい、お墓まではわからないわ。お家なら、大通りを抜けて真っ直ぐ行くと茶屋があるの。茶屋の手前を左に曲がって暫く行くと突き当たるから、そこの右側にある家よ。玄関のドアに蝶のオブジェが掛けられているの」
「わかりました、ありがとうございます。早速行ってみます」
 アールは婦人に頭を下げてから、女の子に手を振ると、女の子も振り返してくれた。
 

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