voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール10…『なんで知ってるの』

 
アールはシドと別れ、再び街中をあてもなく歩いた。
 
アールは恋人や友達と買い物に出掛けるたびに、まるで子供に言うように「はぐれないでね」と言われることが多かった。背が低いと捜すのが苦労すると。それなのに、カイといいシドといい、この人混みの中でよくアールを見つけたものだ。
お洒落な人が多い中、今のアールは地味で逆に目立つかもしれないが、背の低い彼女を見つけるのは容易ではない。日頃、魔物の姿を目を凝らして捜している彼らならではなのかもしれない。
 
アールは、綺麗な女性のポスターが貼られた店の前で立ち止まっていた。
 
──綺麗な人。モデルかな。
店内を覗くと、どうやら化粧品やボディケア用品を売っているお店だった。思わず足を踏み入れると、店内は花のような良い香りに包まれていた。
 
薔薇のケースに入っているファンデーションや、クロネコをモチーフにした手鏡など、見ただけでも女性が好みそうな商品ばかりが並んでいる。アールは商品を一つ手に取って値札を確認。予想していたよりも桁がひとつ多かった。他の商品も手に取って見てみると、どれも万単位だった。
 
「……高ッ!」
 
ブランド物だろうか。近くにあった商品をいくつか見てみると、ポスターにも描かれていた同じロゴマークが入っている。改めて周りを見回すと、メイクを施した綺麗な大人のお姉さんばかりが商品を眺めていて、店員も若くて綺麗な女性だった。
 
 私には場違いかな……。
 
勿論すぐに店を出た。窓ガラスに映る自分を見て、入る店は選ばなきゃ、と思った。自分の世界にいた頃は気兼ね無く入れた店も、今の自分では気が引ける。
 
──友達と来たらきっと楽しいだろうな……。色んなお店に入って、あれ可愛い、これも可愛いとか言って……。
 
「そこのお嬢ちゃん!」
 と、声がした方に目を向けると、屋台のおじさんが、アールに向かって手招きをしていた。
「またお嬢ちゃんって……」
 少し不機嫌になりながら近づくと、その店はワッフルのような甘い香りを漂わせていた。
「美味しいよ、買っていかない?」
「良い香り……これは何ですか?」
「知らないとは残念だなぁ。モチキジだよ」
「モチ……?」
 香りはワッフルのようで、見た目は丸いタイヤキのようなものだった。
「モチモチの生地、略してモチキジだ」
「おいくらですか?」
「一個50ミルだよ」
「じゃあ一個ください」
 甘いものには目がないアールは、迷わず50ミルを渡してモチキジを買った。
「もう一つどうだい?」
 と、おじさんが新しいモチキジを焼きながら訊いてきた。
「いえ……ひとつでいいです」
「でも“お連れさん”の分はいいのかい?」
「──え?」
 おじさんの視線の先、自分の後ろを見遣ると、カイが笑っていた。
「カイ!」
「俺の分も買ってぇー! お姉ちゃん!」
「お姉ちゃ……」
「おっちゃん、一個頂戴! いや、待って……やっぱ3つ!!」
 と、カイは身を乗り出して注文した。
「3つも食べるの……?」
 と、アールは呆れながら言った。
「シドとルイの分!!」
「……そっか、了解」
 
1人で3つ食べるつもりなら止めたものの、2人の分も買うというカイの優しさに負けた。といっても、お金は自分が払うわけだが。
 
「このあとどうすんのぉー?」
 と、モチキジが焼き上がるのを待ちながら、カイが訊いた。
「もう帰ろうかな」
「何も買わなかったのぉ?」
 と、カイはそう言ってアールの手元を見た。
「ううん、薬局で買い物したんだけど、シドが荷物を持って帰ってくれたの」
「シド優しい! 機嫌が良い時は優しいんだよねぇー」
「そうなの?」
「うん。機嫌が良い時は、荷物持ってーってお願いしたら、『しょうがねぇなぁ』って言いながら持ってくれるんだけどぉ、機嫌が悪い時は……『なんで俺がお前の荷物持たなきゃなんねーんだ!』って言う」
「あははは! そんな感じする!」
「だから機嫌が良いときを見計らって、お願いするんだ!」
 と、カイは笑って言った。
 
二人は焼き上がったモチキジを持って宿に戻ると、アールが買った荷物はベッドの上に置かれ、シドは床に座って刀を磨いていた。
 
「ただいまぁ!!」
 と、カイが元気よく言った。
「おう、早かったな……って何だその荷物の量はッ!!」
 シドがカイの買い物袋を見て、驚いたように言った。
「新しい旅のお供達だよぉ」
「また無駄遣いしやがって……ルイに怒られんぞ」
「ルイはまだ帰ってないの?」
 アールはベッドに座り、買った物をシキンチャク袋に仕舞いながら訊いた。
「あぁ。もうすぐ帰るんじゃねーか?」
「今日の夕飯はなんだろなぁー」
 と、カイは早速買った玩具を床に広げながら言った。
「あ、シド。モチキジ食べる?」
 アールはそう訊きながらモチキジを袋から取り出す。焼き上がったばかりでまだ温かい。
「あぁ。ありゃウマイよな」
「知ってるの? モチキジ」
「ルヴィエールの名物だ」
「へぇ、そうなんだ」
「俺も食う!」
 と、カイが手を出した。
「うん。……あっ、でも夕飯前に食べてもいいのかな。それにルイまだ帰ってないし……」
 と、モチキジを手渡すのをためらいながらアールは言った。
「んじゃ、夕飯後に食うか」
 シドはそう言って刀を鞘に仕舞う。
「そうだね。後で食べよう」
 アールがそう言ってモチキジを袋に戻していると、カイは残念そうにふて腐れた。今直ぐに食べたいようだ。
「ルイの美味しい手料理、入らなくなったらどうするの?」
「ルイの手料理は美味いからいくらでも入るしぃー…」
 そう言って彼は、出した手をまだ引っ込めようとしない。
「みんなで一緒に食べたほうが美味しいよ?」
「えぇー……」
 と、物欲しそうな顔をして、言うことを聞かない。
「お前、こいつに金借りたことルイにチクるぞ」
 と、シドがカイに言った。
「えぇ?! 何で知ってんの?!」
「やっぱ金貰ったのかよ……そのおもちゃの量、3000ミルじゃ買えねぇだろが」
「カマかけられたぁー!!」
「チクられたくなきゃ夕飯後まで我慢しろ」
「……へーい」
 と、カイは漸く手を下げた。
 
時刻は19時を回り、ルイが両手に沢山の食材を持って帰って来た。
 
「ルイおかえりぃー!」
 と、お腹を空かせて待ちくたびれていたカイがルイに駆け寄っていく。
「ただいま帰りました。いい買い物が出来ました」
「今日の夕飯はなにー?」
「マゴイのお肉が安かったので、マゴイの野菜煮込みです」
 そういうとルイはドサッと買い物袋をテーブルの上に置き、一つ一つ食材を確かめはじめた。
「マゴイ煮込みでいいよぉ……野菜はいらない」
「ダメですよ、きちんとバランス良く食べるべきです」
 
ルイは腰に掛けていたシキンチャク袋を外し、中から更に大きなレジ袋2枚に入った大量の食材を取り出した。レジ袋4枚、全てにギッシリと食材が入っている。小さなテーブルの上に全ては置けないため、テーブルの脇に2袋置いた。
 
「いっぱい買ったんだね……」
 と、ベッドに座っているアールは驚いて言った。
「えぇ。まだ他にも買いました」
「そんなに? 途中で腐ったりしないの?」
「大丈夫ですよ、このシキンチャク袋は食材用の物で、冷凍物もそのままの状態で保管出来ます」
「じゃあ家に冷蔵庫いらないね」
「残念ですが、シキンチャク袋は半年も持たないんですよ」
「そうなの?」
「このシキンチャク袋にかけられている魔法の期限がありますし、食材用のシキンチャク袋の値段は高いので……。あ、アールさんにプレゼントがあります」
 そう言うとルイは、別のシキンチャク袋から、赤い紙袋を取り出し、アールに手渡した。
「……プレゼント?」
 
カイが「なになに?」と言いながら隣に来て、袋を開けるのを待っている。アールはカイの視線を浴びながら紙袋から箱を取り出した。開けてみると、携帯電話が入っていた。
 
「ケータイ!?」
 アールは意外なプレゼントに驚いた。
「別行動をした際に何かあったとき、連絡が出来ないと困りますからね」
「この世界にもケータイあるんだ……」
「何でケータイって言うんだっけぇ? 電話じゃないの?」
 と、カイが不思議な顔をして言った。
「携帯する電話、携帯電話、携帯……」
「じゃぁ、携帯する物は全部ケータイになるのぉー?」
「……でも私の世界じゃ、携帯と言えば携帯電話のことだよ?」
「ふぅーん……変なのぉ」
 そう言ってカイは、ポケットから自分の携帯電話を取り出した。「俺の番号登録しといてー」
「うん。でも使い方が……」
「僕が登録しますよ、僕とカイさんとシドさんの番号を登録しておきますね」
 と、ルイはケータイを手に持ち、アールの代わりに登録した。
 
「ところでアールも自分の世界から電話持って来たー? 音楽聴けたり、ゲーム出来たりするんだよねぇ?」
 

──カイが突然、無邪気におかしなことを訊いてきたから
あの時は心底驚いた。


「え……? 何で知ってるの?」
「カイッ!!」
 シドが慌てたように声を張り上げる。
「あ……えっと……」
 カイは急に動揺しはじめ、言葉を濁した。
 

ルイもシドもカイも、顔色を変えて、
空気が一変したよね。

今ならその理由もわかるけれど
“知らない”ということはとても残酷なことなんだと知った。

 
 なにこの空気……。
 
「おい! 女に謝れ。お前勝手に携帯電話見たんだろ!」
 シドがカイに怒鳴る。
 するとルイも、
「そうですよ……、勝手に見たのなら謝りましょう」
 と言った。
 
アールの目には彼等が何かを隠そうとしているようにしか見えなかった。特にルイは不自然なほど目を合わせようとしない。
 
「あ、うん! ごめんっ!! 実はアールが寝てる間に勝手に見ちゃってぇ……それで知ってたんだ!!」
「そう……」
 
アールの中で、引っ掛かっていることがあった。ケータイを勝手に見たから機能を知っていたとしても、その前に言ったカイの言い方。
 
 アールも自分の世界から電話持って来たー?
 
──アール“も”。
 
「……アールさん、登録しておきましたよ」
 と、ルイが連絡先を登録した携帯電話をアールに渡した。
「あ、ありがとう……」
「お腹空いたぁー!!」
 カイが不自然に叫ぶ。
「俺も腹減った。さっさと作れ」
「はい、すぐにっ」
 
カイの言葉のせいで淀んだ空気を、3人は必死で変えようとしてるようだった。
 

この頃は

知らないことが多すぎた

私はみんなのことを
みんなは 私のことを。

 

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