voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷2…『鳴り続ける電話』

 
寝ていたカイはふいに目を覚ました。ポケットから嫌な振動が伝わってくる。
振動の原因である携帯電話を取り出し、げんなりと一瞥してテントを出た。
 
「ルイー…」
 と、バケツに水をくんで食器を洗っているルイに声を掛けた。
「なんです?」
「今度街についたらさぁ、携帯電話の番号変えたいんだけど……」
「なぜです?」
 と、ルイは手を止めた。
「ここ最近ずぅーっと迷惑電話が多くてぇ……」
「迷惑電話? 知らない方からの電話ですか? 着信拒否はしましたか?」
「えっとぉ……」
 
電話の相手は、谷底村で出会い、グリーブ島で連絡先を教えたシオンだった。
 
「拒否したんだけど、違う番号で掛けてくるんだよねぇ……」
「知り合いなのでは? なにか大事な用があるのかもしれません。一度出てみては?」
「出たよ。出た上で言ってんの」
「知らない方だったんですね」
「…………」
「お知り合いですか? 無視はいけませんよ」
「アールに代われって言うんだ。それが嫌ならアールの連絡先教えろって。すんごい剣幕で怒っててさ……よくわかんないけど雰囲気からしてなんかまずいかなって」
「どなたです?」
 ルイは眉をひそめた。
 
アール宛ての電話をカイに掛けてくる。二人の共通の知り合いとなれば自分も知っている人物だろうと、ルイは読んだ。
 
「……シオンちん」
 と、カイは肩を落とした。
「シオンさん? どうしてまた……何か大切な用事があるのかもしれません。凄い剣幕だったのは急ぎの用があったからでは? 怒っているわけではなく」
「怒ってない人が“あの女”呼ばわりするかなぁ」
「…………」
 ルイもさすがにそれはただ事ではないと察した。「アールさんには?」
「まだ言ってない」
「いつ頃から電話が?」
「1ヶ月前くらいかなぁ……」
「なぜ黙っていたのですかっ」
 と、つい語調が強くなる。
「ごめん……シオンちんのことあまり悪者にしたくなくて」
「とにかく次に掛かってきたら、僕に知らせてください」
 
会話が終わった頃、聖なる泉に浸かっていたシドがさっぱりした様子でテントに向かった。
 
「カイさんも早めに浸かってくださいね。アールさんは?」
「寝てるー」
「ヴァイスさんは……またどこかへ行かれたようですね」
 
ルイは食器洗いを再開し、一度テントに戻って着替えを持って出たカイは泉へ浸かりに向かった。
 
シドがシキンチャク袋から布団を取り出して敷いている片隅で、アールは寝息を立てていた。少しだけ眠るはずが、徐々に深い深い眠りへと落ちてゆく──
 
  * * * * *
 
「いつまでそうしてるつもりなんだよ」
 雪斗がそう言った。
 
夢の中のアールは、何処かの廃墟ビルの屋上にいて、今にも飛び降りようとしていた。
 
「…………」
「行くなら行けよ。お前は向こうの世界を取るんだろ?」
 
背中で雪斗の声を聞く。アールの視線は眼下を見遣る。遥か下に、光が見える。
 
「迷うなよ。こうしてる間も向こうの世界はお前を必要としてるんだろう?」
「…………」
 
一羽のカラスが電線に止まる。
アールの選択を見届けるかのように。
 
アールは待っていた。雪斗からの言葉を。
腕を掴んで引き寄せてくれる力強い言葉。
「行くなよ」その一言でよかったのに。
 
「これはお前の人生だろう? 自分で選択しろよ。人に決めてもらおうとするなよ。きっかけを待とうとするなよ。俺が行くなと言ったら行かないのか? そしてお前は向こうの世界へ行かなかった理由を俺のせいにするつもりなのか?」
 
「違うよッ!」
 
振り返ると、どこにも雪斗の姿はなかった。
ぐらりと足元が歪み、体が後ろへ傾いた。ふわりと浮いて、重力に吸い込まれてゆく。
 
──違うよ雪斗。
私が雪斗といたいだけ。私が家族や友達といたいだけ。私がみんなと一緒にいたいだけ。宝物だから。私にはなくてはならない存在だから。失いたくない存在だから。
 
言い訳に使おうなんて思ってない。
 
それに、忘れることが怖いの。
世界を救うことに夢中になって、気づいたときには雪斗の笑顔を忘れていたらと思うと、怖くて仕方がないの。忘れたくないよ。
この世界で死んだら私の存在が消えてしまうことも、怖くて仕方がない。
頑張っても救えなかったらと考えると怖くて仕方がない。
 
すべてを失うのが怖いの……。
 
電線に止まっていたカラスが鳴いた。
どこか悲しそうに鳴いた。
 
  * * * * *
 
「──さん、アールさん」
 
ルイの声に、アールは目を覚ました。仕切りのカーテン越しにルイが呼び掛けている。
 
「アールさん、起きてください」
「あ……起きました」
 と、アールは体を起こしてカーテンを開けた。
「ヴァイスさんに戻るよう連絡していただけますか? それか、暫く戻らないように。アールさんが泉に浸かっている間に戻って来られたら困るでしょうし……」
「あ……うん。でも連絡しづらいな」
 これから泉に浸かるから帰ってこないで、なんて、覗くこと前提で話すみたいだ。
「でしたら僕から連絡しますので、連絡先教えていただけますか」
「うん」
 
アールはポケットから携帯電話を取り出し、メモリーからヴァイスを探した。
 
「アールさん」
「んー?」
 ヴァイスの連絡先を表示した。
「シオンさんとなにかありましたか?」
「え? なにもないけど……なんで?」
「いえ。失礼します」
 と、ルイはアールの携帯電話を受け取り、自分の携帯にヴァイスの連絡先を入れた。
「気になるなぁ……」
「いえ、カイさんだけシオンさんの連絡先を知っていたようなので。アールさんも仲良くされていたのに」
「あぁ、教えるの忘れてた。そっか、カイは知ってるんだね。そういえば別れるときに連絡先聞かれてたね」
 
アールはルイから自分の携帯電話を受け取ると、ルイはすぐに自分の携帯電話からヴァイスに掛けた。その横顔をなんとなく眺めていたアールの心臓が、突然ドクンと跳ね上がった。
 
──ビデオカメラ。
カメラに映っていたルイを思い出したのだ。
普通に話しているとルイの優しい笑顔からは考えられなくて、想像できなくて、すっかり忘れてしまう。それでいいのかもしれないけれど。
 
「あ、すみません、ルイです。アールさんから連絡先を教えていただきました。これからアールさんが泉に浸かりますが、今どちらでしょうか。いつ頃戻られますか?」
 
学生時代にも似たようなことがあったなと、アールは思い返した。
友達に対して怒っていたのに、いざ直接会うと友達の人柄やテンションに怒っていたことを忘れてしまう。けれどふとした瞬間に思い出してやっぱりイライラする。けれど結局、まぁいっか、で怒りはおさまってしまう。そんなことがあった。
 
ルイに対しては怒りではなく、不安や恐怖だ。
 
「朝に戻るそうです」
 と、ルイは電話を切った。
「ヴァイスは泉に浸からないのかな」
「念のため、僕が泉から出たらまた連絡しておきます」
「ありがとう」
 
アールは着替えを持って泉へ向かった。
小さな星が夜空に浮かんでいる。秋のような涼しげな風が休息所を囲む木々を揺らした。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -