voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷1…『約束の地へ』

 


翌朝、ルイがアールの新しい携帯電話をショップまで取りに行き、ホテルで朝食を済ませた一行は部屋をチェックアウトして直ぐに街を出た。
マスキンにきちんとさようならの挨拶をしたかったが、出来ないままに。
 
理由はただひとつ。シドの機嫌が悪いのだ。
 
「あーあ……マスキンにちゃんとさよなら言いたかったのにぃ」
 そう歎くカイは、頭にスーを乗せてダラダラと歩いている。
「しょうがないよ、シドがそそくさ歩いてくんだもん。待ってと言っても無視、無視、無視」
 と、アールは前方を歩くシドに聞こえるように言った。
「てめぇらがガキを救いたいだのなんだの言い出さなけりゃ豚に挨拶出来たんだろが。これ以上長居するかよ」
 シドは振り返らずにそう言った。
 
カスミ街から見える海の水面が風に揺れる。
一行が去った街の小島では、ひとりの男がキラキラと輝く海の水平線を眺めていた。
 
「これも自分の運命だと笑うのだろうな、ファンゼフ」
 
小島の受付け所の屋上にはヴァイスが銃弾を放ってこめかみを撃ち抜いたファンゼフの死体が横たわっていた。それを背に語りかけたのは兄弟であるヨーゼフだった。
 
「私も、この世界に光が降り注ごうが破滅に向かおうが、どちらでもかまわない。どちらに傾こうとそれを運命として受け入れるだろう。ただ、もしまだこの世界に未来があるのだとしたら」
 
ヨーゼフは振り返り、ファンゼフを見遣った。
 
「漸く自由になった身だが、残り少ない命をエテルネルライトの研究に捧げるとしよう。無限なるエネルギーを隠し持つエテルネルライトは、世界の未来を動かす力をも持っているのかもしれぬ」
 
語り終えると、そのときを待っていたかのようにファンゼフの身体が光を放ち、四方八方に弾け飛んだ。
 

──ぎくしゃくしていたね。
カスミ街を出たばかりの私たちは、それぞれ蟠(わだかま)りを胸に抱いていた。
 
私はルイのことが気掛かりだった。
あのビデオカメラに映っていたルイは、別人のようだったから。
でも紛れも無くルイで、だとしたらあの時、カスミ街で焼け焦げた遺体を見に行ったときのルイは、全て知っている中で知らないふりをしていたってことになる。
 
ルイは嘘をつく人じゃない。
勝手にそんなイメージが出来ていた。
ついたとしても、人を守るための嘘。傷付けないための嘘。迷惑をかけないための嘘。
 
焼け焦げた死体を知らないふりをしたのは、なんの嘘……?
そんな風に思ってた。
 
ビデオカメラにはルイの表情までは映っていなかった。
私には想像もできない。どんな表情で焼き死んでいく彼らを見て、どんな表情でアーム玉を回収していたのか……。
 
仲間たちとはだいぶ打ち解けて、みんなのことをわかりはじめていた矢先だったのに
私はまだ何も知らなかったね。
 
人にはそれぞれの人生があって、今を生きているということ。
彼等にとって私は、脇役にすぎないということ。私は彼等の人生にお邪魔しているということ。

 
これといって何も起きずにただ魔物を倒しては歩く繰り返しの日々も少なくはない。
次の街にたどり着くのに1ヶ月以上かかることもある。
 
見慣れている魔物が現れるたびに「またか」と思いながら武器を握り、走り出す。
見慣れない魔物が現れたときはちょっとしたイベントが起きたような興奮があった。
 
アールは、ビデオカメラに映っていた映像を見なかったことにすべきなのか、直接問いただすべきなのか考えていた。見なかったことにしないで本人に聞いたところでどうなるのだろう。ルイに本人だと確かめて、それが何になるのだろう。あの殺し方は酷いと伝えたところで、重い空気がまとわりついて息苦しくなるだけではないだろうか。だからと言って見なかったことにして、彼がまた誰かをあのような残虐な殺しをしてしまったら……?
 
「アールさん」
 
ルイの声に、アールはどきりとした。
 
「ごはん、冷めますよ」
「あ……うん」
 
アールは慌てて器を持ち、ごはんを口の中へ掻き込んだ。
 
ここは聖なる泉のある休息所。カスミ街を出て1ヶ月以上が経っていた。
時間の流れが速く感じる。暇があればルイのことばかり考えていたからだろうか。
 
食事を終えると、アールはテントに入って仕切のカーテンを閉めた。カーテンの向こう側では既にカイが眠っている。
すぐに泉に浸かれるように着替えを取り出し、隅に置いた。それから手鏡と、化粧ポーチを取り出した。化粧ポーチから毛抜きと剃刀を出し、最近剃刀の切れ味が悪いなと、刃を眺めた。
 
女は大変だ。一時は女を捨てることも考えた。シドに女を気取るなと言われたときに、無意識に女として当たり前の行動をとってしまった自分が嫌になった。
けれど、シェラと出会い、旅をしていても“女性”を捨てていない彼女と、電話でリアから、女の子にとってお洒落は気分のパラメータだものねと言われてから、女でいていいんだと思った。
鏡に自分を映した。顎に出来ていた白ニキビは綺麗に消えたようでホッとする。赤いニキビならファンデーションで消せるものの、白ニキビは隠せない。だからダメだとわかっていながら潰して、その上からファンデーションを塗ったこともあった。
 
前髪をピンで横に止めて、毛抜きと剃刀で眉毛を整えた。眉毛が細かろうが太かろうが、戦闘になんの影響もないけれど、気分の持ち様は大幅に変わる。
今度はボディクリームを足や腕に塗って、ムダ毛を剃った。魔法が存在する世界だ。もしかしたら一度剃ったあとに塗れば暫く生えてこない魔法のクリームがあるんじゃないかと思う。
 
まだ布団を敷いていない床に寝転がった。
 
──シェラ、元気? あなたに会いたい。
 
そう思いながら体を横にして丸くなった。ルイが声を掛けて来るまで、目を閉じた。
 
──シェラ、私たちは約束通り、シェラのお母さんの故郷に向かっています。
あなたから教えてもらった花の名前の街、カモミールへ。
 

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©Kamikawa
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