voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海48…『ビデオカメラ』

 
何人かの足が映っている。どれも踵側が映っている。
つま先が向けられた先にはドアがある。そこから新たに誰かが入ってきた。足しか映っていない。その足は複数の足に近づき、止まった。その後はほぼ動かなかった。だからアールは動画が一時停止になったのかと思ったが、表示されている時間は進んでいる。なにか話しているのだろうか。音量を上げようとしたが、時間も時間だ。
躊躇っているうちに、変化があった。複数の足の下に突如魔法円が広がり、その魔法円の中から複数の足は出られないようだった。慌てふためく様子が映っている。そして、魔法円が火を吹いた。
 
アールは息を呑んだ。直視するにはむごすぎる。炎から逃れようと複数の足が暴れ回る。そして、いきなり画面に目を見開いた男が映し出された。顔は爛れ、未だに消えない炎によってぼこぼこと皮膚が動いている。──倒れて死んだのだ。
そしてまた一人、また一人と倒れてはビデオカメラのフレーム内に映し出される。
 
動かなくなってからも、炎が暫く燃え続けていた。アールは直視できずに何度か目をそらした。そして死体は原形を留めないほど黒焦げになり、漸く魔法円と共に炎が消えた。
 
唯一生きている人間の足が、焼かれた遺体に近づいてきた。その人物は片膝を床につき、焼かれた死体の懐からアーム玉を取り出していた。
男だった。男の顔は映らなかったが、片膝をついたことで着ていた服やアーム玉を取り出したときの手が、腕が、映っていた。
 
アールは、その男が倉庫の出入り口から出て行った後も回り続けているビデオを見ていた。カメラを持つ手が微かに震え、心臓がドクドクと大きく繰り返している。
 
「カイ……」
 ようやく出た声はかすれていた。「なに……これ……」
「…………」
 カイは俯いたまま、なにも言わない。
「これ……映ってるのって……」
 
そういえば、と思い出す。
「ルイは完璧だね」そう言った言葉に彼は、「完璧な人間はいない」と答えたことを。
 
彼らを焼き殺した犯人は、ルイだった。ルイが着ていた服、いつも身に着けているバングルが映っていたのだ。
 
「カイ……」
「だから見るのやめといたほうがいいって言ったのに」
 カイはそう言ってマシュマロが入っている瓶の蓋を閉めた。マシュマロは瓶の半分まで減っている。
「このときって、カイも一緒にいたんじゃないの? 私を助けに来てくれる前だよね?」
 アールは何かの間違いだと思いたかった。困惑して、声が震える。
「別行動してたんだ。アジトに着く前にルイと合流して、アジトに着いてから二手に分かれてアールを捜してた」
「…………」
 
アールは力無く、ビデオカメラを膝の上に置いた。
信じられなかった。あのルイが、こんな残虐な殺し方をするなんて。
 
「他の映像は観たのか?」
 
その低い声に、2人はビクリと体を震わせた。キッチンの出入口にシドが立っている。
 
「……いつからいたの?」
 と、アールは訊く。
「怪しい小さな物音には敏感なんだよ」
 シドはつかつかと歩み寄り、アールの膝からビデオカメラを取り上げ、動画を再生した。
「──なるほどな、動揺するわけだ」
 見終えたシドは、さほど驚く様子もなくそう言った。
「シドは驚かないの?」
 と、アールは不安げに立ち上がる。
「別に」
 シドは尚もビデオカメラを弄っている。「見てみ。これが原因なんじゃねーの」
「え?」
 
アールはビデオカメラを見遣った。画面にはさっき観た映像とは違うものが映っている。
カイも立ち上がり、それを見遣った。アールが拘束され、暴行を受けている映像だった。
 
「うわぁ。これ、俺でも黙ってはいられないなぁ……」
 と、カイ。
「これをルイは観たの?」
 と、アールは眉をひそめ、シドを見遣った。
「いや、観たんじゃない。状況からして聞いたんじゃねぇの? ルイが奴らを焼き殺す映像を観る限りでは、最初からビデオカメラは奴らが持っていたようだし。映像の始めが少しぶれているのと明らかにおかしな位置から撮影されてるのを見ると、持っていたビデオカメラを落としたんだろう。その拍子に録画がはじまった。なんで落としたか、だ」
「ルイが来たからだ」
 と、カイ。
「そう。──で、なんでルイが来たんだ? チビを捜していたからだ。でもそれだけの理由で焼き殺したりはしない。あながち、奴らがお前をボコる映像を観ながら話していたか、観てなかったにしろ話はしていたか、だな」
 シドはそう言ってビデオカメラをアールに渡した。
「だからって……」
「お前も同じことしたろ」
「え……?」
「カイがVRCで男2人に目ぇつけられてボコられたとき、犯人を知って暴れたんだろ? 食堂で。返り討ちに合ってルイに助けられて散々迷惑かけたこと忘れてるわけじゃねーよな?」
「それは……」
 確かにそうだ。あの時は無我夢中で、冷静さを失っていた。
「お前よりルイのが力があった。それを使っただけの話だ」
「待って。それはおかしいよ……なにも殺すことはないじゃない。生きたまま焼き殺すなんて、異常だよ!」
 
アールの言葉に、2人は黙ってしまった。
言い返す言葉がない。言い返すことが出来なかった。確かにルイの行動はいきすぎている。
 
「お前」
 と、シドはキッチンを出ようとして言った。「お前の男が殺されかけてても平気でいられんのか?」
「え……」
 
──雪斗
なんでそこで雪斗が出てくるの。
 
「お前の男をボコボコにして楽しんでる奴がいたらどう思う」
「…………」
「…………」
「殺してやりたくなるよ」
「……だろうな」
 シドはそう言ってベッドに戻って行った。
 
──殺してやりたくなる。でも“思うだけ”と“実行する”のは違う。
今は想像の中だけだから、思うだけで済むけれど、実際目の当たりにしたら思うだけで気持ちを抑えることができるだろうか。
奴らよりも自分の方が強いとわかっていたら、黙って見てるだけなんてできない。きっとすぐに走り出す。
 
絶対に許さない。許せない。
 
「アールぅ」
 と、カイ。「俺ももう寝るよ……」
「カイ……私どうしたらいい? 今まで通り普通に、なにも見なかったことにしてルイと接するなんて無理だよ……」
「うーん……」
 カイは頭を悩ませた。「ルイは怖くないよ」
「……え?」
 
カイはマシュマロの瓶をシンクに置いて、シキンチャク袋から何かを取り出した。お返事ウサギだ。
 
「なおしてくれてた! 喋んないけど!」
 と、アールの目の前まで持ち上げて言う。
「…………」
「お話し聞いて!『わかったピョン!』ルイは怖くないよね?『怖くないピョン。仲間思いで、優しいピョン!大好きだピョン!』俺もルイ大好きだぴょん!」
「……カイ」
「アールはルイのこと嫌いになったぴょん?」
 と、カイはぬいぐるみを下ろして、不安げに訊く。
「……ううん」
 アールは首を振った。「私も大好き」
 
カイのおかげで、少し落ち着いたアールは、「マシュマロ食べたなら歯を磨きなよ?」と言ってキッチンを出た。
 
キッチンに残されたカイは、お返事ウサギをシンクに置いて、面倒くさげにシキンチャク袋から歯ブラシセットを取り出した。
 
「まったくもう。食べたら歯を磨く決まりチョー嫌だ。『わかるピョン』ありがとぴょん」
 
ひとりニ役。
歯ブラシに歯磨き粉を乗せたとき、ポケットに入れてあるマナーモードの携帯電話が鳴った。
 
「む? こんな時間に誰だぴょん』
 カイは歯ブラシをくわえて携帯の画面を見遣った。
 
《着信・・・ xxx-xxxx-xxxx》
 
「……?」
 
知らない番号だ。こんな時間にかけてくる知り合いはいない。間違い電話だろうか。
カイは少し躊躇いながら電話に出た。
 
「もひもひ?」
『──アールに変わって』
「へ? アール? えーっと? 君は誰?」
 どこかで聞き覚えのある女の声だった。
『シオンよ。アールに変わって』
「あ、シオンちん! 携帯電話買ったんだねぇ。でもアールはもう寝ちゃったよ。俺じゃだめなのん?」
『じゃあアールの番号教えて』
「伝言なら伝えるけど?」
『いいから教えろッ! はやくあの女の番号教えろッ!!』
「…………」
 
カイは黙って、くわえていた歯ブラシを口から抜いた。
 

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