voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海47…『VOICE RUI』


〜RUI Voice of mind〜

 
この話はカイさんとの秘密でした。
けれど、カイさんの気持ちも痛いほどわかるので、心の中で話させてください。
 
カスミ街でアールさんが魔物を追って行ったあと、僕らは後始末に追われました。
借りていた3号室の中は魔物によって散らかされ、弁償しなくてはならなくなりました。後から聞いた話ですが、ホテル内にいた魔物が、風呂場に身を隠していたカイさんを襲ったそうです。
 
カイさんは不慣れながらに刀を振り回し、戦いました。ですので室内のあの散乱は魔物だけではなく、カイさんががむしゃらに暴れたことにも原因がありました。
 
僕がホテルのオーナーと話をしている間、部屋の掃除をカイさんに頼みました。少しでも業者の手間が省けるように。
 
オーナーと話を進めてゆく上で、もう一度部屋の確認をするため3号室へ行きました。掃除をしているカイさんの姿がありませんでした。
部屋の奥へ行き、脱衣所の戸を開けると、カイさんがお風呂場でこちらに背を向けて立っていました。
何をしているのだろうかと覗き込むと、カイさんはアールさんのシキンチャク袋から、化粧ポーチを取り出し、今にも中身を排水溝に捨てようとしていたのです。
 
僕は咄嗟に彼の手首を掴むと、カイさんが握っていたリップクリームが手から落ちて、危うく排水溝に入ってしまうところをカイさん自身が足で踏むようにして止めました。
 
「カイさん……一体なにを? これはアールさんの私物ですよね?」
「指輪がなかった」
「え?」
「いつもつけてるやつ。あれ、一番捨てたかったんだ」
 
そう言ったカイさんは蓋を外した排水溝を呆然と見下ろしていました。
 
「どうして……」
「自分の世界から持ってきたもの、いつまでも持ってるから執着するんだろ? 執着するから苦しくなるんだよね? 全部捨ててしまえば諦めもつく。そしたらアールはこの世界のことだけ見てられるし、自分の世界のことを思い出して苦しむことも少なくなるよ。アールのためなんだよ。前を向いて進むためにもさ、捨てたほうがいいんだよ。ルイもそう思うだろ? なんか……もういない人のことをいつまでも引きずってるみたいでさ……」
 
一気にそう喋った彼は、足元のリップクリームを拾い上げました。
 
「例え一理あるとしても、カイさんが判断して捨てるのは間違っていますよ」
「…………」
「カイさんも、大切なおもちゃがあるでしょう。それを見て懐かしさに胸を痛めることがあっても、時に心の支えになっているものでもあるのです。それを他人が取り上げる権利はありませんし、間違っています」
 
「……俺、嫌われてもいいや。そう思ったんだけどね」
 
カイさんは寂しそうにそう呟いて、リップクリームを化粧ポーチに仕舞いました。
 
きっとアールさんが知ったら頭にきていたと思います。
ですがカイさんは貴女に嫌われてでも、貴女を縛り付けているものを消し去ろうとした。
寂しかったんだと思います。自分の世界から持ってきたものを大切にしている貴女を見るのが。知るのが。
 
──私はあなたたちとは違うの。どんなに一緒にいても住んでいる世界が違うの。一緒にしないで。
 
そう語りかけてくるようで……

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