voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海46…『忘れていたもの』


──雪斗
 
島にいたときから頻繁に君のことを思い出す回数が増えていた。
理由は心のどこかで気づいていながら、気づかないフリをしていた。
 
気づきたくなかったから。
 
雪斗、君は許してくれるかな。
今でも君に逢いたいと願うこと。君を必要とすること。
君は許してくれるかな。
 
もしかしたら、いい加減にしてくれと怒るかな。
調子のいい私を嫌いになるかな。
 
此処にいると沈静の泉を思い出す。
泉の中で出会った君は偽物だったけど、今はそれでもいいと思えてしまう。
 
だってこのままじゃ私……──

━━━━━━━━━━━
 
カスミ街に戻ったアールは、新しい“防護服”を貰った、とだけルイに伝えた。
カイもシドも早々と眠っていたため、マシュマロが入っている瓶はルイに手渡した。
 
テーブルをキッチンに移動させ、布団を3人分敷いた。2台あるベッドはシドとカイが寝ているため、アール、ルイ、ヴァイスの布団だ。
 
「ヴァイスさん遅いですね」
 時刻は夜の11時を過ぎていた。
「まだモーメルさん家かな」
 
アールが布団に潜ると、部屋のドアが開いた。ヴァイスが戻ってきたのだ。
ヴァイスは自分の分の布団を見遣り、ルイに言った。
 
「シャワーを浴びたら直ぐに出る」
「ここで眠られないのですか?」
「あぁ」
 
ヴァイスはバスルームへ。
 
「ヴァイスはいつもどこで寝てんだろね」
 と、アール。
「えぇ……」
 ルイは戸惑いながらも、ヴァイスの布団を畳んだ。
「木の上とか。似合いそう」
「確かにそうですね」
 と、ルイは笑顔で答えながら布団をシキンチャク袋に仕舞う。そして替わりにあるものを取り出した。
「あ、おしゃべりうさぎ」
「正確にはお返事ウサギですね」
 
首にはアールがあげた花柄のシュシュがついている。
 
「治ったんだね」
 布団の中で横になったまま言うアールの瞼が少しずつ重くなる。
「完全には治せませんでした。中にカラクリの魔法円が描かれた紙が入っていたのですが、復元することが出来なかったので、ただのぬいぐるみになってしまって」
「……ん」
 
アールの瞼が完全に閉じられ、ルイは微笑んだ。
 
「おやすみなさい」
 ルイは立ち上がると、ベッドに眠るカイの枕元にお返事ウサギを置いた。
 
ヴァイスがシャワーを浴び終えて出てきたとき、ルイはまだ起きていた。ヴァイスに訊きたいことがあったからだ。
 
「少しよろしいですか」
 と、ルイが先に廊下に出る。ヴァイスも直ぐに部屋を出た。
 
「ヴァイスさん、ファンゼフさんとエンジェルさんを知りませんか?」
「殺した」
「……殺した?」
「女は魔物と化していた。以前の私のようにな」
「やはりあの魔物たちは……十五部隊の連中だったのですね。ファンゼフさんは?」
「仲間を魔物化させたのはファンゼフだ。これ以上面倒なことはごめんだからな。厄介払いしておいた……問題あるか?」
「……いえ。ヴァイスさんに関係はなかったのですか? 貴方に呪いをかけた魔術師とは」
「……無関係だ」
「そうですか」
 
ルイは小首を傾げた。彼を魔物の姿に変えた魔法と、エンジェルを魔物の姿に変えた魔法は別物だというのだろうか。ヴァイスに対して疑問が残る。まだ、彼、ハイマトス族に関して知らないことが多すぎる。
 
ヴァイスは話し終えると、ルイに背中を向けた。
 
「あ、明日は朝アールさんの携帯電話を取りに行きますので少し遅くなりますが、8時には戻ってきてくださいね!」
 
ルイがヴァイスの背中に向かってそう言ったが、ヴァイスはなんの反応もせずに階段を下りて行った。
 
その日アールは二次元に入り込む夢を見た。
雪斗が読んでいた少年漫画のページをめくると、戦闘シーンの中に吸い込まれ、体中を切り刻まれた。
 
二次元の中に入り込んでしまえばそこは、新たな三次元だった。
 
結局どこでも体は痛み、生温かい血が流れ、人が死ぬ。沢山死ぬ。
ぺらぺらな紙に描いた複雑な線が人の顔や体を造っている世界ではなかった。
 
──深夜、急に目を覚ましたのはカイだった。
 
カイはベッドからむくりと体を起こし、お返事ウサギに気づくと嬉しそうににこりと微笑んでシキンチャク袋に仕舞い、暫くぼーっと壁を眺めていた。お腹を摩り、空腹を感じる。
 
床に布団を敷いて寝ているルイを見て、起こそうかと思ったものの、夕飯の残りがあるかもしれないと思い、キッチンへ。
キッチンには鍋が置いてあった。食べ物を発見したと喜んで蓋を開けるが、中はすっからかん。既に綺麗に洗ってあった。明日の朝また使うために出していたようだ。
 
カイはふて腐れたがすぐに少し離れた場所に大きい瓶がふたつ、置かれていることに気づいた。
 
「──?! マシュマロちゃんじゃん!」
 抑え気味の声で喜び、瓶の蓋を開けてマシュマロを口に放り込んだ。
 
幸せそうに微笑んで、瓶を抱えたままキッチンの隅に腰を下ろした。こっそりと深夜に食べるおやつは格別に美味しい。
 
「あ、そうだ」
 
不意に思い出す。十五部隊のアジトにある倉庫内で見つけたビデオカメラ。
カイはシキンチャク袋からカメラを取り出した。液晶画面付きで、録画したものをその場で見ることができる。
カイはマシュマロをふたつ口に入れてから、瓶を脇に置き、ビデオカメラを眺めた。電源を入れ、探り探り操作する。音量をゼロにして、再生ボタンを押した。
液晶画面に一番新しい録画映像が流れる。
 
カイは脇に置いていたマシュマロに手を伸ばし、動画を見ながらむしゃむしゃと食べた。画面には今のところ足しか映っていない。音量を上げたいところだが、誰かが起きてマシュマロを取り上げられるのは嫌だった。
画面内に映っている足の数を数えていると、新たな足が入ってきた。そして──
 
マシュマロを握るカイの手が止まった。
 
「うっそ……」
「なにしてるの?」
「?!」
 カイは目を丸くして驚いた。「アール……」
「嫌な夢見て起きちゃった。うっ……」
 マシュマロの匂いに、まだ胃が気持ち悪くなる。
「あー…アールも食べる?」
 手に持っていたベタベタのマシュマロを見せる。
「いや、当分は食べたくない。それより」
 アールはビデオカメラを見遣った。「それって拾ったやつ?」
「あぁ……うん」
「何か映ってた?」
 と訊いて、すぐに「映ってたんだね」
 
カイの様子がおかしかったからだ。挙動不審で、マシュマロを勧めながらカメラを背中の後ろに隠そうとした。
 
「……エッチな動画だった」
「違うでしょ。だったら喜ぶでしょ、カイは」
 アールはカイの目の前に腰を下ろした。
「生きた人間が焼き殺されるグロい映像だよ」
 カイはマシュマロを口に入れ、べたついた手をズボンで拭いた。
「……犯人は?」
「映ってない」
「…………」
 
返答が速かった。人は嘘をつくとき、速く答える習性がある。そのことをアールが知っていたわけではないが、それでも明らかに疑わしかった。
 
「見せて」
 と、アールは手を出す。
「やめといたほうがいいよ、ほんとグロいから。アールまた過呼吸になる」
「薄目で見るから見せて」
「それ意味ないじゃん、結局見ることに変わりはないんだから」
 どうしても見せたくないと言った様子だ。
「意味あるよ。例えば玄関に死体があったとして、ドアを開けた瞬間に目の当たりにしたときの衝撃と、鍵穴から覗いて死体があることに気づいたときの衝撃は全然違うんだから」
「あぁ、確かにドアを開けた瞬間に下着の女の子がいたら興奮するけど、鍵穴から見たら物足りない。いや、逆……?」
「いいから早く見せて」
「…………」
 
カイは渋々ビデオカメラを渡した。
 
「──ねぇ、アール」
「ん?」
 再生ボタンを押す前に、カイを見遣った。
「完璧な人間なんて、いないんだよ」
「え?」
 
俯き加減でそう呟いた言葉は、以前誰かにも言われた言葉だった。
 

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