voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール9…『シドとアール』

 
足元に敷き詰められているレンガ。歩道と車道の間には木が植えられていたり、花壇が置かれている。車道といっても今アールがいる場所は一方通行の細い道を挟んで、左右に洋服店や雑貨屋などが立ち並ぶ場所。そのため、殆ど車は通っておらず、一応信号はあるが横断歩道のない場所から渡っている人が殆どである。
 
アールはカイと別れてから、再びぶらぶらと街を探索していた。
色とりどりの液体が入った瓶が窓際に並んであるお店を見つける。看板を見ると、《薬屋》と書かれていた。アールは迷わず店に入った。
怪我をしてはルイに世話になっている毎日。自分で出来る手当くらいは自分でやらないと、と思ったのだ。
 
買い物カゴを持って、店内を歩いた。包帯を見つけてカゴに入れる。小さな瓶に入った色鮮やかな液体に目を止める。綺麗だが、見るからに怪しい液体。
此処の世界は、アールが住んでいた世界と同じ文字や言葉を扱うが、薬に書かれている文字の殆どは見たことのない文字で、読むことが出来ない商品ばかりだった。
 
「すみません、この液体は何ですか?」
 と、アールは近くにいた店員に尋ねた。
 
ぶしょう髭を生やした店員は驚いたように目を丸くした。
 
「何って……見ればわかるだろう?」
 と、少し半笑いで馬鹿にしたように答えた店員。
 
アールも店員の仕事をしていただけあって、その対応は無いんじゃない? と思ったが、普通の人なら読めるはずの文字を読めないのなら仕方がない。
 
「すみません……私この文字読めなくて」
「えぇ?! 君は何処から来たんだい?」
「……フマラです」
「……フマラか。あそこは大分田舎だが……魔法文字を知らんとはな。緑のは疲れを取る薬で飲むタイプ、青は皮膚の異常を治す薬で塗るタイプ、黄色は痛みを和らげる薬で飲むタイプ、赤は傷を治す薬で飲めば骨のヒビまで治る。傷には塗ればいい……他のより高いがな」
「ありがとうございます」
「他の薬も同じ色だからといって同じ効き目があるわけじゃない。どんな薬を探してるんだ?」
 
──どんな薬が必要だろう。出来れば全部ほしいけど、4000ミルじゃ足りないだろう。
 
「どうした? お嬢ちゃん」
 と、店員が訊いた。
「あ、いえ。優しい方だなと……」
「だはははは! 何を言うかと思えば! そりゃ店員だからな、買ってもらうには何だってするさ!」
「正直なお方……」
 アールは店員の大笑いに圧倒された。
「だはははは! あんた面白いねぇ! 文字を読めないとは怪しい奴だと思ったが、気に入ったぞ!」
 
──気に入られても困るんだけど。
そう思いながら、愛想笑いをしてみせた。
 
「傷を治す薬と……絆創膏を探してるんですけど、ありますか?」
「バンソーコ??」
「……傷口に黴菌が入らないように貼るものです」
「あーぁ、傷テープか」
「傷テープ……単純な名前ですね」
「だははは! やっぱお嬢ちゃん面白いねぇ!!」
 そう言いながら店員はお腹を抱えて大笑いした。
「お嬢ちゃんっていう年齢じゃないんですけどね……」
 と、呼び方が気になっていたアールは痺れを切らして言った。
「えー? いくつだい?」
 と、店員は棚から商品を下ろしながら訊いて来た。
「私もう二十歳過ぎてます」
「?!」
 店員は驚きのあまり、ドサドサと思わず商品を落とした。「いや……冗談だろ?」
「驚きすぎですよ……」
「証拠は? 身分証明見せてくれ!」
「あ……」
 身分証明カードはルイが持っていて、見せることが出来ない。
「……? あんた身分証もってないのか?」
「えっと、今持ってなくて。連れが持ってるんですが……」
「……まぁ、いい。あんたが欲しがってた商品、一応いくつか出しといた。値段ばらばらだから好きなの選べ。俺はちょっと品切れ商品を裏から出してくる」
 そう言って店員はレジの奥にある部屋へと入って行った。
 
さっきまでフレンドリーに話していた店員の表情が急に変わり、嫌な予感がした。適当に商品を選んでレジへ向かうと、レジ奥の部屋から店員の声が聞こえてきた。
 
「──あぁ、身分証を持ってない客がいるんだ。それになんか怪しいんだよ、どうにか引き止めておくから来てくれ。もし指名手配の奴ならいくら貰えるんだ?」
 
──え……? もしかして警察?! うそでしょ?!
アールは思わず商品を置いて店を出た。
 
「あ! おいッ! 待てっ!!」
 店を出たアールに気付いた店員が怒鳴り声を上げた。
 
──冗談じゃない!! 生まれてこのかた犯罪なんかに手を染めたことなんてないのに、警察に捕まるとかシャレになんないから!
 
暫く店から遠ざかるように人をかき分けながら走っていたが、はたと足を止めた。
 
「捕まる? てゆうか何で逃げて来たんだろ……私悪いことしてないのに!」
 その時、後ろから追いかけて来た店員の手がアールの腕を掴んだ。
「捕まえたぞっ!」
「わぁ?! 私……何もしてませんから!」
「なら何故逃げたんだ!」
 
確かにそうだ。店員の言う通りだった。
 
「えっと、その……」
 
アールが困っていると、背後から「そいつ、なんかしましたか」と、声がした。
アールは警官かと思い恐る恐る振り返ると、そこにいたのは見覚えのある顔だった。
 
「シド?!」
「兄ちゃんこの娘の知り合いか? このお嬢ちゃん、身分証もってないようでな」
 と、店員が言うと、シドはおもむろにポケットからカードを取り出して店員に見せた。
「コイツすぐ無くすからな。俺が持ってたんだよ」
「あぁ……そうだったのかい。そりゃすまないね」
 店員は身分証を見遣った。
「逃げたコイツにも問題あるけどな」
 シドはそう言うと、アールの頭をポンッと軽く叩いた。
「ご、ごめんなさい。つい……」
「まぁ良い。ところで商品は買ってくれるのかい?」
 と、店員は営業スマイルでアールに問い掛けた。
「あっ……はい……」
 
アールは店員の後を追って店に戻ると、いくつかの商品を買ってホッとした気分で店を出た。すると、腕を組んで店の壁に寄り掛かかっていたシドが待ち構えていた。
 
「おまえ……何したんだよ」
 と、アールに疑いの眼差しを向ける。
「何もしてないよ!」
「なら、どういう流れで身分証を見せることになんだよ」
「……年齢言ったら見せろって」
「あぁ」
 と、シドは直ぐに納得した。「けどそれだけでスィッタ呼んだのかあの店員……」
「しった? あ、それと、字を読めないことに偏見抱いてた」
「字? シッタじゃなくてスィッタだ。社会の安全や治安を維持する為の活動をしている奴らだよ。大概はどの街にもいる」
「やっぱ警察か……。字は魔法文字っていうの? 魔法円とかにも書かれてたような……」
「あぁ、なるほどな。で、身分証を持ってねぇから不法入国者とでも思われたんだろ」
 そう言うとシドは、アールの手から商品が入っている買い物袋を奪った。
「あっ、ちょっと……」
「なんだ、ルイに頼まれたのか?」
 と、シドは袋の中を見て訊く。
「ううん、違う。ルイに頼ってばかりだったから、自分で出来る手当てくらい自分でしようと思って……」
「包帯や傷テープならルイがいくつも持ってんぞ。無駄遣いだな」
 
そう言われ、確かにそうだとアールはガックリと落ち込んだ。
 
「お前もう帰んのか?」
「もう少しぶらつこうかな……」
「あっそ。じゃあな」
 シドはそう言って、袋を持ったまま背を向け、軽く手を振った。
「待って! 袋……」
「持って帰ってやるよ」
「あ、ありがとう。……ついでに訊くけど身分証明カード、何でシドが持ってたの? ルイが持ってなかったっけ……」
「予備だバカ」
「…………」
 
──何でそこでバカって言うかな。
そう思ったアールだったが、荷物を持って帰ってくれたのは有り難く、意外に思えた。
 
 

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