voice of mind - by ルイランノキ |
時刻は午後7時。
3号室の掃除を終えたカイが、4号室で眠っている。その隣のベッドでシドはカイの漫画雑誌を読んでいる。
「新しい携帯電話ですが、お店で以前の携帯電話に入っていた番号を移してくださるようです。透明マントを探しに行ったついでに回収いたしました」
と、ルイは椅子に座っているアールに言った。
「え、壊れてたのに?」
「中のメモリーチップは無事だったようです。ただ、本体がかなり破損しているので取り出すのに時間がかかるとのことです。明日の朝には受け取れるようなので、僕が朝一で取りに行ってきますね」
「ありがとう……助かるよ」
アールは笑顔で言った。
「夕飯は何時頃に致しましょうか」
「8時くらいかなぁ」
「シドさんもよろしいですか?」
「あぁ、もっと遅くてもいい。昼飯遅かったからな」
「わかりました。では洗い物を洗濯所へ持って行ってから一応下準備を」
と、ルイは部屋の隅に置かれていた袋を担いだ。中には彼等の洗い物がぎっしり。
「私もっ」
アールも自分の洗い物を持ってルイの後をついて行った。
階段を踏み外さないように気をつけて下りながら、アールは訊いた。
「あのさ、カスミ街からモーメルさん家までゲートボックスを使うといくらくらい?」
「なにか用事でも?」
「ううん、用っていうか、ヴァイスがモーメルさん家に行ってたみたいで、気になっただけ。ゲートボックスに並んでたの」
1階に下り、フロントの横を通って洗濯所へ。
「ちょっとわかりませんが、2,000ミルほどで行けるのでは?」
「それって高いの? 安いの?」
「街のゲートボックスから個人のゲートへ移動する場合は、街同士の移動より少し値段が張りますが……」
「そっか」
2人は洗濯機の蓋を開けて洗い物を詰め込んだ。
夕飯時になり、カイをたたき起こして食事をはじめた。ダイニングテーブルにはアール、カイ、ルイ、シドの4人と、スライムが1匹。
ヴァイスの姿はない。
食事を終えたとき、ルイの携帯電話にモーメルから電話が掛かってきた。キッチンにいたルイは水道の水を止めて電話に出る。
『すまないんだがね、アールをこっちによこしてくれないかい』
「アールさんをですか?」
『電話したんだが繋がらなくてね』
「あ、すみません。今アールさんの携帯電話が壊れていまして」
『そうかい。とにかくよろしく頼むよ。いつでもいいがね』
と、一方的に電話が切れてしまった。
ルイはキッチンから顔を出すと、電話のことをアールに伝えた。
「なんの用だろう……」
「わかりませんが、街を出たら当分行けそうにないのでこれから行ってみますか? シドさん、よかったら一緒に」
「なんでだよひとりで行けよ」
シドは面倒くさそうにベッドに横になった。隣のベッドでは既にカイが眠っている。
「では洗い物をすぐ済ませますね」
と、ルイ。
「いいよ、ひとりで行ける……と思う」
「大丈夫ですか?」
「うん。確かモーメルさん家に行くときの暗号、ノートにメモしておいたし」
アールはシキンチャク袋からノートを取り出し、パラパラとめくった。
「では鍵を渡しておきますね。それから一応僕の携帯電話を持っていてください。なにかありましたらシドさんに連絡を」
「巻き込むな」
と、シドは雑誌をめくる。
「わかった。じゃあちょっと行ってくる」
「お気をつけて」
アールはホテルを出て、ゲートボックスに向かった。途中、ヴァイスがいないかと周囲を気にしていたが、彼の姿を見かけることはなかった。──どこに行ったんだろう。
ゲートボックスの前に並び、自分の番が来て少し緊張気味にボックスの中へ。はじめてひとりで使うゲートボックス。鍵を差し込むと足元に魔法円が広がり、お金を入れる機械の液晶画面に値段が表示される。お金を入れ、ノートを開いて暗号を言った。
「ミクレシムレ」
忽ちアールは光に包まれ、ボックスの中から姿を消した。
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「ミシェル、悪いんだが裏の畑からスリープトマトを採ってきておくれ」
モーメルは台所にいるミシェルにそう言った。
「あ、はい」
ミシェルは台所に置いてある笊を持って外へ。
モーメルはモニターの前に立ち、タバコを吹かした。
家を出たミシェルの目に、ちょうどゲートに現れたアールの姿が映った。
「アールちゃん!」
「ミシェルさん! お久しぶりです!」
と、アールはミシェルに駆け寄った。
「元気そうでよかった!」
「ミシェルさんも!」
「モーメルさん待ってるよ、私は畑でトマト採ってくるね」
「うん」
ミシェルが慌てて畑へ走っていった後ろ姿を見送ったアールは、ワオンとのことを気にかけていた。
あれから2人はどうしただろう。
モーメル宅の戸をノックすると、中から「開いてるよ」と声がした。
「お邪魔します」
戸を開けて入ると、タバコの煙りが外へ流れるように出て行った。
「元気そうだね」
モニターに向かったまま、モーメルはそう言った。
「はい、なんとか」
「あんたに渡したいものがあってね。そこの箱の中を見てごらん」
モーメルは部屋の隅に置かれた段ボール箱を見遣った。
アールは段ボールの前でしゃがみ込み、蓋を開けた。
「こ……これはっ」
「下着だよ。サイハの毛で作ってあるから防護に優れてる」
「下着が?!」
可愛い柄の下着が綺麗に並んである。どれも上下セットだ。比較的花柄が多く、レースもある。
「大事な部分を守る下着ほど防護に優れていたほうがいいだろう? 尻が傷だらけの女になりたいかい?」
「なりたくないッ!」
誰に見せるわけではないけれど。
「全部シキンチャク袋に入れるとかさ張るだろうから、一先ずいるだけ持って行きな。あとは預かっておくから」
「ありがとう! ──ひとりで来てよかった」
アールは下着を広げてお気に入りのデザインを選んでシキンチャク袋に入れた。
「防護に優れた女性ものの下着なんて売ってないからね。男物はあるが」
「やっぱり女性で旅をしてる人は少ないんですね?」
「そうだね。昔よりはいるようだけどね」
「ふうん……あ、ところでヴァイス来てました?」
「ヴァイス?」
と、漸くモーメルはアールを見遣った。
「昨日ゲートボックスに並んでるのを見たから、てっきり……」
「あぁ、多分ムゲット村だよ。今はもう焼け野原のはずだがね」
ムゲット村。
ヴァイスが住んでいた村だ。
「……そうですか」
「今もあの子は来てるのかい?」
「え? あ、わかんない。昨日はたまたまゲートボックスに並んでるの見たけど……いつもいなくなるからどこに行ってんのかわかんなくて」
「じゃあまた村にいるかもしれないね。ついでだから呼んできておくれよ。いなけりゃいいさ」
「……でも、行き方がわからない」
「ゲートから行けるよ。昔はよく村へ行っては何日も帰って来なかったから、ムゲット村への道を開けてやったのさ」
アールはあまり気が進まない思いで外に出た。
薄い雨雲を被せて暗みがかった夕焼け空が広がっている。風にざわめく樹々の音と自然の香りに少しだけ、心が落ち着いた。
Thank you... |