voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海42…『後始末』

 
──雪斗。
 
元気?
動いていない世界で、何をしている途中なの?
お腹痛くてトイレにこもっていなければいいな。
なにか嫌なことがあった瞬間に停止……なんてことになっていなければいいな。
 
私が時を止めてしまったタイミングが悪かったら嫌だから。
 
そんなことを何なぜか今、アールは思った。
ヴァイスのコートで身を包んだ彼女は、身長が低いため足元まで隠れていた。
 
「歩けるか? 抱きかかえるが」
「あ……う、うん、大丈夫。ありがとう」
 
アールはヴァイスから目を逸らし、息絶えた魔物を見遣った。
 
「ヴァイス……これ……」
「元は人だな」
「これってヴァイスをライズの姿にした呪いと同じだったりするの……? その犯人がこの街にいるとか……」
「いや、違う」
「でも似てない? 人を魔物の姿に変えるなんて……」
「…………」
 
ヴァイスは答えなかった。
暫く横たわった魔物を見下ろしていたが、その心中は表に出そうとはしない。
 
━━━━━━━━━━━
 
アールが裸足のままホテルへ戻ると、ホテルの玄関の段差にシドが座っていた。魔物はもういない。
 
「ただいま……」
 
少し警戒しながらアールは声を掛けた。
何かあったのだろうか。カイもルイもいない。そして心なしかシドの機嫌が悪そうな顔つきだ。
 
「戻ってきたか露出狂」
 と、シドが立ち上がる。
「やめてよその言い方。みんなは?」
「カイは部屋の掃除させられてる。部屋が使い物にならなくなったからルイはオーナーと弁償代の交渉だな。せっかく稼いだ金もほとんどパーだ」
「……だよね。魔物はいなくなったんだね」
「ハイマトスはどうした」
「ヴァイスは途中で別れたけど。先に行ってろって」
「へぇ」
 と、シドは微笑した。
「なに?」
「いや、犯人の見当がついてんじゃねーの?」
「え、魔物を寄越した? ひとりで行ったの?」
「しらねぇよ。気になるなら行けよ。露出狂」
 と、シドはホテルに入る。
「今から服着るってば!」
 アールも慌ててホテルに入った。
 
ロビーにはルイとホテルのオーナーが向かい合わせに立っていた。
 
「アールさん……怪我の治療を」
「あ、私はあとでいいよ。ていうか薬で治すから大丈夫」
「でしたら隣の4号室を借りたのでそちらへ。荷物は移動させておきましたから。──ところで弁償に関する金額ですが」
 と、ルイはオーナーと話を進める。
「ねぇルイ、お話中に申し訳ないんだけど、誰が私の荷物を運んだの?」
「カイさんです」
「出してた着替えも……?」
「……おそらく」
「し、下着も……?」
 アールの顔が引き攣った。
「……すみません、配慮が行き届かず」
 
アールは2階へと走った。廊下や階段に血の足跡がつく。
3号室のドアを開けるとカイが鼻歌を歌いながら窓際に散らばったガラスをホウキとちり取りで掃いていた。
 
「ご機嫌ね」
「あ、アールぅ! あれ? タオル姿じゃないじゃなーい」
 と、頬を膨らます。アールはヴァイスのコートを着ている。
「私の着替えは?」
「隣の部屋」
「下着見た?」
「え、なにそれ知らない」
「ホントに見てない?」
「パンツ? 見てない」
「おかしいな。脱衣所に着替えと一緒に出してたんだけど。着替えの上に」
「アールの白いレースのおパンツでしょ? 知らない」
「見てんじゃんバカッ!!」
 
ドタドタと部屋を出て、隣の4号室に入るとシドがタンクトップを脱いでいるところに出くわした。
 
「ぬおっ?!」
 アールは慌てて背を向けた。「なにしてんの!」
「なにってシャワー浴びんだよこれから。汗かいたしな」
「じゃあ脱衣所で脱いでよ!」
「脱いだ服をどーせルイが洗濯所に持ってくんだろうが。ここで脱いだほうが手間が省ける」
「いいから脱衣所で脱いでよ! なんのための脱衣所なの?!」
「まぁいいが脱衣所にはお前の色気のねぇ下着が置かれてたぞ」
「──ッ?!」
 
アールは慌てて脱衣所に行くと、きっちり着替えの上に下着が置かれていた。
 
「もうっ! シドまだ入ってこないで! 今から服着るから! あとそこで脱がないで!」 
「ったく……注文多い女だな」
 と、シドは苛立ちながらタンクトップを着直し、椅子に座った。
 
アールはヴァイスのコートを脱いで、服を着た。汗をかいたからもう一度シャワーを浴びたかったが、我慢することにした。
ふと、なにかが足りないことに気づく。
 
「……ちょっと待って」
 青ざめ、眉間にシワが寄る。
 
“脱いだ服”がないのだ。お風呂に入る前に脱いだツナギと下着がない。
半ば放心状態で脱衣所を出ると、リビングの中心で立ち止まった。
 
「シド……」
「あ?」
 と、席を立つ。
「私が脱いだ服、知らないよね……?」
「…………」
 シドは眉をひそめた。
「ないんだけど……」
「あぁ、ならカイが盗んだんじゃねーの?」
 笑いながらそう言って、シドはシャワールームへ向かった。
 
アールは足の痛みを治すことよりもカイを問いただすことを優先した。3号室に戻り、再び鼻歌を歌っているカイを目の当たりにしてイラッとする。
 
「カイ……」
「ごめんなさい……」
 さすがのカイも、アールの冷めきった無表情には謝るしかない。
「返して私の下着」
「え、盗んでないよぉ」
「じゃあどこにやったの? 私が脱いだツナギと下着!」
「知らないよー…」
「知らないわけないじゃない!」
 と、カイに近づき、足の裏でガリッと音がした。「痛ッ?!」
「大丈夫?!」
 
ガラスの破片を踏んだ痛みで思い出す。
 
「あ、カイごめん、脱いだ服ひとまずシキンチャク袋に入れたんだった……」
「んーもう、俺アールの下着盗むほど変態じゃないからねー? そんなことよりベッドに座って」
「え、うん……」
 
アールがベッドに腰掛けると、カイはアールの前でしゃがみ込み、足の裏を見遣った。土で黒く汚れ、血まみれだ。
 
「これじゃあどれがガラスの破片かわかんないやー…」
「あ、洗ってくる」
「いやいや、待ってて」
 
カイはホウキとちり取りを置いてバスルームに向かった。
アールは待っている間、室内を見回した。テーブルや椅子は横倒し、床には鈎爪の跡、電気も窓ガラスも割られ、壁も汚れている。
 
カイはバスルームから洗面器にお湯とタオルを入れて運んで来ると、アールの足の下に置き、優しく足を洗いはじめた。
 
「あ……いいよ、自分でやるから……」
 足を人に洗ってもらうのはなんだか恥ずかしかった。
「たまには役に立たせてくださいよー」
 と、カイは鼻歌を歌いはじめた。
「優しいね」
「うん。俺ね、すげー優しいの。だからパンツの件、許してほしいなぁ」
「…………」
 アールはクスリと笑った。
「許すよ。もう勝手に触らないでね」
「うん。でもさ、やっぱりアールのブラジャー小さいね」
 
ドスッと鈍い音がした。
アールに腹を蹴られたのだ。
 
━━━━━━━━━━━
 
銃口から放たれた銃弾は、ファンゼフの左目の横を掠めた。
ファンゼフは屋上にこそいなかったが、まだ小島に留まっていた。そんな彼に銃を突き付けたヴァイス。突き刺すような赤い目はファンゼフを捉えて離さなかった。
 
「ホテルに姿を現した魔物はお前の仕業か」
「おぬしはやはり呪われておるな」
「…………」
「魔物の匂いがする。それはハイマトス族だからか? それとも、魔物に姿を変えられたからか?」
「なにか知っているのか」
 ヴァイスは銃口を向けたまま尋ねる。
「お前に呪いをかけたのは組織の人間かもしれないな」
「……他に情報は」
「さぁな。ところでエンジェルやわしの仲間を殺したのは誰じゃ? せっかく邪魔な人間の心を消し去って魔物にしてやったというのに」
 
その言葉をきっかけに、ヴァイスは引き金を引いた。
銃弾はファンゼフのこめかみから入り込んで貫通。ファンゼフの身体は糸を無くした操り人形のようにバタリと倒れた。
 

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