voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海41…『魔物の正体』

 
携帯電話ショップから出てきたルイは、スーパーに寄って食材の買い足しをしてからホテルへ戻る道を歩いていた。
 
突如住宅街から悲鳴が聞こえてきた。
ルイは念のため荷物はシキンチャク袋に仕舞ってからロッドを構え、悲鳴がした方へ向かった。その途中、後ろから走ってきたシドがルイの隣に来て言った。
 
「3匹目だっ」
「なにがです?」
「俺らが泊まるホテルに向かってる魔物の数だよ」
「えっ?」
 
ホテルへ向かう2人を視界に入れたのはヴァイスだ。建物の上を飛び越えながら彼もホテルへ向かう。
そして3人はホテルの前で足を止めた。
玄関前でバスタオル姿のアールが血まみれになりながら4匹の魔物と戦っていた。
 
「4匹だったな。まだまだ来るんじゃねーのか」
 と、シドは刀を構えてアールに駆け寄った。
 
上空から銃声が聞こえ、シドが言った通りに更に姿を現した魔物がヴァイスの銃弾によって撃ち殺された。
 
「そそられねぇなぁ、乳がねぇから」
 と、シドはアールの背後に回っていた魔物を斬り裂いた。
「うるさいっ!」
 叫んだアールは結界で囲まれた。
「大丈夫ですか?!」
 ルイが慌てて駆け寄った。「なにがあったのです?」
「部屋に閉じこもってるカイに訊いて! 脱衣所の鍵閉められて着替えも取れないの!」
 
アールが用意していた着替えもシキンチャク袋も、脱いだ服の上に置いていた。
 
「わかりました。とにかくその格好では──」
 と、飛び掛かってきた魔物をロッドで弾いた。「危険ですので……」
 
しかし息つく間もなく頭上からガラスが割れる音がして、カイが魔物と一緒に落ちてきた。
 
「カイッ?!」
「カイさんッ!」
 ルイは慌ててロッドを振るう。
 
窓ガラスを割って2階から落ちてきたカイは地面にたたき付けられる前にまるい剛柔結界に守られ、ふわりと着地した。
タンクトップだったカイの背中の皮膚が魔物の鈎爪によって切り裂かれている。ルイがカイに駆け寄り、互いを一つの結界で囲んでから治療をはじめた。
シドとヴァイスは今も尚、どこからともなく現れる魔物に武器を向ける。
 
アールは息を整えていた。そして結界の中から頭上を見遣る。ヴァイスが上から銃を構えている。
不意に目が合った気がして、アールは自ら目を逸らした。次から次へとやってくる魔物がどうしても“ライズ”と被る。そっくりというわけではないが……。
 
「一気に来れば一気に倒せんだけどな」
 シドが苛立ちながら言った。
 
アールは周囲を見遣った。横たわる黒い狼の魔物に首輪がしてあることに気づく。光を失った目が虚に開いている。
彼女の視界の端に一匹の魔物が入り込んだ。視線をずらし凝視する。12メートル離れた場所に立っている。こちらに来る様子はないが、アールをじっと見ている様だった。
アールが訝しげな視線を送ると、その魔物は突然方向転換をして走り出した。思わずアールは地面を蹴って追いかけた。
 
バスタオル1枚で街中を走るアールは注目の的だったが、本人はそれどころではなかった。それに女性のファッションは多様で、チューブトップというものがある。肩紐等が無く、胸の上できつく締めて着る筒状のノースリーブ。そのワンピースと形状はさほど変わりはない。体に巻いたバスタオルの腰にベルトでも巻けば遠目からではバスタオルだとわからない。
ただ、チューブトップワンピースを着ている女性とただのバスタオルを巻いているだけのアールの大きな違いは、下着を身につけていないことと、落ちないように巻いてはいるものの下手すれば簡単にはだけてしまうことだ。
それでも下着姿で走り回るよりは全然いい。
 
「あいつ露出狂か?! どこ行きやがった!」
 シドが気づいたときにはアールは死角に入るところだった。
 
ルイはカイの治療を終え、慌てて立ち上がった。アールを捜すように周囲を見遣る。バスタオル1枚の彼女だ、色んな意味で心配になる。
 
「アールんは魔物を追いかけて行ったよ。その後ろ姿は勇ましくもあり、お尻のラインが美しかった」
 と、カイ。
「捜してきます」
「ヴァイスんが向かったよ。その後ろ姿は勇ましくもあり、嫉妬せざるおえなかった」
「……そうですか」
「残念だったな」
 シドが魔物をぶった斬りながら言った。
「いえ、助かりました」
 ルイは呟くようにそう言って、アールが走って行った方角を見遣った。
 
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カスミ街、南。
アールは森に入る道の手前で1匹の獣と向き合っていた。互いに見つめ合い、距離を取る。
アールはその魔物を訝しんでいた。ホテルに現れた魔物は皆、襲い掛かってきた。それなのに今目の前にいる1匹の魔物、まるで一対一で戦うことを望んでいるかのようだった。
 
アールは刀剣を握る手に力を入れ、戦闘態勢になった。魔物の姿勢を構え、タイミングを計る。
この魔物にも首輪がしてあった。飼い主がいるかの如く。
 
どちらが先に動き出すか無言の駆け引きがあった。そして──
 
先に痺れを切らしたのは魔物の方だった。地面を蹴り上げ、牙を向ける。アールは咄嗟に身を交わした。その時に魔物からふわりと花の香りがした。嗅いだことのある匂い。
 
「エンジェルさん……?」
 
アールは振り返り、魔物を見遣った。血走った魔物の目を見てゾクリと背筋が凍る。エンジェルの力強い目にあまりにも似ていたからだ。
動揺したアールに魔物は飛び掛かった。剣を振るうことも突き立てることも出来ないまま両腕で防御する。魔物の前脚がアールの腕に引っ掻かり、押し倒される。
身をよじって振り払おうとしたが、獣は唸りながらアールの首に噛み付こうとした。防護服を着ていたなら首周りを守るようにつくられているため、すぐに貫通することはなかったが、今はタオル1枚だ。肩を上げ、頭を傾けて首を塞ぐ。魔物の牙がアールの右頬を削った。
 
アールは武器を離して魔物の首を絞めるように押し退けようとしたが、うまくいかない。
 
「どうして……保育士になりたかったんじゃないの?!」
 
絞り出した声に一瞬、魔物の力が怯んだ。その隙をみて一気に振り払う。
アールは武器を拾って後ずさった。確信せざるおえない。目の前にいるのは、魔物と化したエンジェルだった。
 
魔物は再び呻きながらアールを目掛けて走り寄り、高らかに跳び上がった。アールは武器を構えておきながら、エンジェルである魔物に刃を立てることが出来ずにいた。
必死に魔物からの攻撃を交わし、逃げることしか出来ない彼女の足は血で滲んでいた。裸足だと足の裏の皮膚が小石で切れてしまう。
 
鉤爪を交わして住宅街に走った。後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。足の痛みに顔を歪ませながら、剣を鞘に戻し、抜けないように固定した。
角を曲がり、足を止めて振り返る。魔物が姿を現した瞬間、アールは鞘に納めた剣を振るった。鞘は魔物の腹部にめり込み、弾き飛ばされて住宅の壁に体をぶつけて地面に倒れ込んだ。
再び起き上がろうとする魔物から数歩下がる。
 
「エンジェルさんなんでしょ……? その姿、自分でそうなったの? それとも誰かに──」
 
言い終える前に魔物は鉤爪を剥き出しにして飛び掛かった。もう一度鞘を振るうが、魔物は瞬時に体を捻って交わすと、一旦着地してアールの背中に回って飛び掛かった。鋭い爪がバスタオルに引っ掛かり、ずり落ちると同時に背中の皮膚が裂かれた。
アールが胸の前でタオルを抑えた瞬間、銃声と共にふわりと暖かい衣類に包まれた。
ヴァイスがアールを抱き寄せるように自分のコートを掛け、魔物の頭を撃ち抜いたのである。
 
いつの間にか建物内から住人が覗き込んでいた。その大半が何かを期待して眺めていた男共だった。

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